ロブロイ




 インタビュー先に指定された都内のホテルは遠征先の滞在にはまず選ばれないような星付きで、仕事が終わった後もキョロキョロと周囲に頭を巡らす三井に牧は背後から声をかけた。
「一杯飲んで行くか?」
 それに素早く振り返った三井の表情に牧は笑って上を指した。
「ここのバーは眺めもいいらしいぞ」
「まあ、いいか。ついでだしな」
 そっけない言葉とは裏腹にそれはもう満面の笑みで、提案した牧もつられて微笑んだ。
 並んで腰を掛けたカウンターの向こうには湾岸の夜景が広がっていた。三井は自分の前のビールグラスを呷って空にすると、眺めていた夜景にも飽きたのか、牧の飲んでいるグラスに興味を示してきた。
「それうまいの?」
「どうかな、個人の好みもあるし。モルトが好きなら、」
「あーそーいうのわかんねー。ちょっと一口」
 返事をする間もなく、すいっと牧に身を寄せて目の前のグラスをさらっていく。
「あ、おい、」
 止める前に半分ほど残っていたストレートのグレンリベットを飲み干し、三井は動きを止めた。
「大丈夫か?」
 チェイサーを差し出して顔色を伺うと、三井は舌を出し顔を顰めている。
「う~腹がカッとするー」
「一気に飲んだら当たり前だ」
 チェイサーの水を飲み干してまだ顔を歪ませている三井を見て笑いが浮かぶ。この男といると本当に飽きない。
 バーテンに視線を流し、空にされたグラスに人差し指を上げて合図する。頷いて、問うように三井に向けられたバーテンの視線を受けて、牧は三井に声をかけた。
「おまえはどうする。同じものか?」
「あーなんか違うもん欲しいな。でもそれキツいし」
「ああ。…じゃあこれにベルモット入れて」
 牧が続けると、バーテンは心得たように頷いた。
 三井は前に置かれた赤く透明に光るショートカクテルに鼻を近づけた。さっき口の中に流し込んだものと同じ匂いもするし、それ以外にも何か複雑な香りがする。おそるおそる口をつけて、三井は目を見開いた。
「これなら飲みやすい」
「飲みやすいだろうが度数は高いからな。もう呷るなよ」
 注意した言葉には「へーへー」と横柄に頷いているが、グラスに口をつける様は慎重で、また笑いが漏れる。
「なあ、カクテルにも言葉があるって知ってるか?」
「はぁ?花言葉的な?」
「そうだ」
 そんなん知るわけねー。尖らせられた唇に止まった視線を離して、牧は目の前のグラスに口をつけた。
「そんなんでいっつも口説いてんの」
 からかうように問われて眉を上げると、むっとして前を向く。
「これは?これなんて名前?」
「ロブロイ」
「ふーん」
 気のなさそうな声で返事をして、懐からごそごそとスマホを探し出す。長い指がタップしているのは自分が今言った言葉だろう。検索して、それがわかったときの三井の顔を想像して、牧はまた笑ってグラスを傾けた。

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