年下彼氏




 たまに重なった休みの日の朝。今日はデートだ。ちょっとカッコつけた服を着て、いつもは行かない街に行って茶して映画でも観て食事をしに行く。その後ちょっと敷居が高いような小洒落たバーなんかに飲みに行ってもいい。いつもの居酒屋じゃなくて。バスケはなし。そんなフツーのことがしたい。
 そう宣言すると仙道はニッコリ笑って、「俺もです」とうれしそうに、垂れ気味の目尻を更に下げて頷いた。
 一緒に住んでいるから自分の支度の一部始終を見られているわけだし、逆もまた当たり前のことだがあるわけだった。鏡の中の自分にある程度満足がいって、横目でこっそり様子を覗っていると、仙道はいつものジーンズを穿き、部屋着にしているおかしな英語が描かれたTシャツを脱いで、それよりは少しだけましないつものTシャツに手を伸ばしたところで、ピシッとその手の甲をぶった。
「て。なに? 三井さん」
 そんなに強く打ったわけでもないのに、ヘロリと眉を下げて聞いてくる。突然打たれて怒っているというより、撫でられて喜んでる感じ。あーこの顔好きだなーと思いつつ、今は一歩も揺るがないという意思を乗せて、口調には厳しさを含ませた。
「それいっつも着てんじゃん。今日はデートなんだからさー、もうちょい特別感出せよ」
「そっか。えーと、どこ行きます?」
「え? あー…」
 そこは考えていなかった。目が覚めて今日は休みだ、と思い出して、隣の仙道の、口が半分開いただらしない寝顔に朝日の当たる様を眺めていて「デート」という単語が頭に閃いた。こんな緩みきった顔ですらカッコいいこの男にめかし込ませたらそりゃもう人目を引くだろう。異性からの視線は複雑ではあるが、密かな自分の自慢でもある。
 が、これといって行きたい、というほどのところはない。明日は二人とも休みじゃないからあんまり気張り過ぎたとこもNG。頭の中にふわふわと漠然としたイメージがあるだけだが、仙道に「行きたいところあるか?」と聞いたところで、「三井さんの行きたいところ」と返ってくるのは簡単に想像できた。仙道はコートとベッド以外ではあまり自分の欲求というものを突き付けてこない。歯がゆいほどに。
「誕生日にやったやつあるじゃん。アレは?」
「あー…あれ…」
 頭を掻きながら仙道は視線を彷徨わせた。その態度に眉が寄る。
「んだよ。着てねーの?」
「んー…その…」
 浮かれていた気分が一気に反転して苛立ち、簡単に癇癪に火がついてしまいそうになるのを感じる。
 アレいくらしたと思ってんだ。いや、値段じゃねぇ。人からのプレゼント、使ってないわけ。気に入らなかったんならそう言やいいじゃん。
 瞬時に頭の中に並んだ言葉はグッと堪えた。これから貴重なたまに重なった休日のデートだ。大人になれ、自分。
「…別に着たくないならいい」
 それでも声の調子は低く底を這いずるように落ちる。
「着たくないわけじゃないです。全然そんなことない。じゃなくてそのー」
 仙道は背を向けて、クローゼットからハンガーにかかったままの件のプレゼントを取り出した。ハイブランド、とまではいかないけれども、まあまあのブランドのまあまあのお値段のものだ。麻のシンプルなカーキ色のシャツ。仙道はシンプルな洋服が似合うと思った。体躯がもうモデルかそれ以上にカッコいいから。本人には絶対に言わないけれど。
 仙道はシャツに腕を通し、前ボタンを閉め…ようとして、またヘロリと眉を下げた。
「…閉まらなくて」
「…へ?」
 仙道の前まで2,3歩で歩いていって、シャツを両側から引っ張って腹の辺りのボタンをとめた。とまる。その上を順に一つ一つ嵌めていって、上から5番目辺りでボタンに穴が届かなくなった。フンッと力を入れるとなんとか届く。ボタンをとめて仙道の顔を見上げると、ちょっと苦しそうにやっぱり眉を下げて笑っていた。
「ちょっと…」
「ん?」
「苦しい…かな」
 言ってる傍からボタンが弾けるように取れた。確かに店員に「細身の作りです」と説明を受けたような気がする。選んだ時は袖の長さしか気にしてなかった。長い腕に間に合えば、あとは仙道なら着られるだろうと深く考えなかった。
「また肉ついた?」
「んーそうかなー」
 肉、というか筋肉だが、つまらない意地がそう言えなかった。なのに仙道は特に気にした様子もなく頷いている。
「へー…?」
 自分の身体に思うように筋肉がつかないのはもう諦めていた。いくら食べても鍛えてもダメだ。そもそも食べられる量があまりいかない。そういった体質なのだ。だが仙道は縦も横も羨ましいぐらいに伸びやかだった。高校の頃から比べても見違えるほどだ。
「じゃあさ、」
 クローゼットまで歩いていって、首元の少し開いた白地のシンプルなカットソーを探し出して、仙道に渡した。
「これ着てその上に羽織れば」
「なるほど」
 仙道はカットソーを一旦ベッドに投げて、シャツを脱いだ。またその様子を横目で見守る。
 体に厚みがまたついた。元々薄くはなかったが、まだ心許ないところがあった胸筋の下の肋骨部にも滑らかに筋肉がのって、カットソーの袖口に伸ばす腕に従う動きが素直に、きれいだ、と思った。
「なに?」
「なんでもねー」
 一度慌てて背けた顔をまたそろそろと仙道へと向ける。
 締まったウェストラインから少しズリ落ちて腰履きになっているジーンズに繋がる体のラインに見惚れた。
「三井さん」
「なんだよ」
「そんな顔で見られたらさ、」
 ハッと気づくと、開け放したクローゼットの中の姿見に映った仙道が三井を見ていた。笑った目に昨夜も見た熱をみつけて焦る。
「おま…これから出かけるって、」
 振り返るとすぐ後ろにまで仙道が近づいてきていて思わず後ずさった。が、狭い部屋の中ではすぐ背中が壁について逃げ場がない。
「うん、そうなんですけど…」
 悩んでようやく選んだシャツのボタンをまた一つづつゆっくりと外されていく。下に来ていたTシャツを引き出されて中に潜り込んだ大きな手がけしからん動きをするのに、強く怒れないのは。
「お洒落してる三井さん久しぶり。なんだかいつもと違うシチュエーションみたいで」
 そうなのだ。なんかいつもと違うから。
「三井さん、髪の毛立ててるのも似合いますよね」
 そう言いながら折角立てた前髪にキスを落とされ崩されていく。
「この整髪料とか久しぶりの匂い」
「そりゃ…おまえがいつも使ってるヤツじゃガチガチに固まりすぎっから…」
「普段アクセサリーとかつけないし」
 言いながらチェーンを首の後ろから唇で咥えられて思わず体が揺れた。
「…バスケすんのにそんなのつけてらんないし…」
「コロンつけたね」
「…仙道、やめ」
「いい匂いだけど三井さんの匂いの方がもっといい」
「ヤメロー!」
 尻たぶを鷲掴みされたところで、仙道の顎に頭突きをくれた。軽く。軽く入れたつもりだったそれは予想以上にクリーンヒットしたらしく、仙道は涙目を浮かべて顎を押さえた。ようやく解けた腕の拘束から抜け出し、一歩下がって仙道を睨み上げる。
「ヒドイ…三井さん」
「今日は外行くんだろ! あーもうせっかくキめたのにおまえー!」
 姿見を覗き込み、崩された前髪を指でつまんで元通りに立ち上げようとするがなかなかうまく上がらない。
 仙道は意外に実生活はポンコツだ。料理はできないし物はよく失くす。働かないわけじゃなくて、悪いと思っているのか料理も手伝ってはくれるが、何かしら壊す。なんでもこなす小器用なイメージがあったから、一緒に住むようになって驚くことの方が多かったが、ベッドへ誘う所作だけは忌々しいほどに上手かった。頭突きで止めなければまたなし崩しにベッドインだ。
 足音も荒く洗面室に入って鏡を覗き込み、乱された前髪に指を入れて立ち上げた。すぐにパサッと落ちてくる髪の毛に苛ついて、目に付いた仙道のスーパーハードのワックスを手に取った。蓋を開けて指に少量掬い取ると、その匂いを先に鼻が拾った。いつもは憎たらしいことに自分より上背のある男の髪の匂いなんかほとんどしない。この匂いを感じるのはその頭が自分の胸元に来る時だった。
 思い出すとじんわりと体の内側から這い上る熱があった。背を逸らし部屋の中を覗き込む。仙道は顎をさすりつつ、件のシャツを手に取って広げていた。その顔に不機嫌な気配はなく、楽し気に口元が上がっている。それを確認して少し考え、腕時計の時間を確認し、洗濯機の上に置きっぱなしになっていたティッシュの箱から一枚引きだし、指に取っていたワックスをそれで拭った。
 そばに寄っていってシャツの襟をチェックするふりをして、仙道の首筋に触れた。そっと見上げて様子を窺うと、仙道はいつもの笑顔で自分を見降ろしていた。自分が消した熱がもったいなく思えて、唇が自然に尖る。
「行きたいとこどこか思いつきました?」
「んー…わかんねぇ。おまえは?」
「そうですねぇ。映画は? なんか今観たいのないですか?」
「…今日は映画って気分じゃねぇなー」
 こういうとこは鈍い。人がせっかく誘ってやってんのに。
「なぁ…」
「なんですか? あ、水族館は?」
「ベタじゃね?」
「そっかー。あ、じゃあ買い物行きましょうか。三井さん気になる店あるってこの間言ってた」
「や、いい」
「そっかー。じゃあじゃあとりあえず駅行きましょうか。それで行くとこ決めれば」
 こうなると仙道はホンッとに鈍い。まぁその前に拒否った自分が悪いんだけども。
「…なぁ仙道ー」
「なんですか、三井さん?」
 その何かを堪えているような言葉の調子にふっと気づいて仙道を見上げた。このニヤニヤ笑い。こいつ…。
「おまえ…わかってやってる?」
「三井さんかわいいから」
 すぐに押し付けられてきたそこはもう固い。恥ずかしさと悔しさと、認めるのも癪だったが嬉しさと。メチャクチャな感情になって、強めにそこを撫でた。
「て。三井さん、もっとやさしく~」
「うるせぇバーカ!」
 照れ隠しに乱暴にジーンズのボタンを外し、そこからは丁寧に慎重にジッパーを下げた。事故ったらと思うと自分の顔まで引き攣る。
「だって三井さんから誘ってくれるのあんまないし貴重だし」
 寛げるとすぐに飛び出してきたものが手を打った。いつの頃からか。当たってくるソレを、かわいいと思ってしまっている自分がいた。かわいいなんてレベルのモノではないのに。そのモノ自体ではなく自分を求めて擦り付けてくるようなことをする一つ下のこの大男がかわいい、と思ってしまっているのかもしれない。
 終わってる自分。思いながら仙道の前に跪いて唇を寄せた。上の方で「え? え?」と慌ててる大男がいる。バーカと今度は内心で呟いて舌で先っちょを突つく。気をつけても落ちかけている前髪に陰毛がついた。
 外に出かける前にまた立ち上げねぇとな。
 そこは頭の中にメモして、憎たらしくてかわいい男のペニスを咥えた。





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