take easy




 今年は誕生日プレゼントに欲しい物を本人には聞かない。それだけは決めていた。でもやっぱり納得いくものが選べなくて時間もなくて、それどころかいつの間にかこうして拗れた状況が出来上がってしまっていた。
 三井は目の前の、いつになく頑固な広い背中を睨みつけつつ策を練った。
 耳元に囁くのは効果がなかった。そのまま頬スレスレにキス音を立ててもダメだった。
 相手の体に触れてはいけない。これはどうしてなかなかに難敵だった。
 三井は息を吐いておもむろに立ち上がった。すると気配を察したのか少し離れた部屋の隅の肩が小さく揺れる。
 十分相手は意識してる。ならばやっぱり勝機は自分にある。
 三井はニヤリと笑い、相手の目の前に歩いて行こうとすると、仙道は胡坐をかいたまま体を両手で支えて逆方向に向きを変えた。三井の唇がむぅぅと尖る。
「おまえ逃げんのナシだろ」
「ルールは触っちゃダメ、だけですよね」
 ツーンと他所に顔を向けたまま、仙道は憎たらし気に答えた。
 いつもどうしてたんだったか、と三井は顎に手を当てつつ、思い出そうとするがそう都合よく頭の中に蘇ってはくれない。
「なあ、こっち向けって。勝負になんねぇだろ」
「なってます」
 猫撫で声もダメ。取り付く島がない。
「…もしかして怒ってんの?」
「ません」
 嘘つけ。とは思うけれども、実際怒っているのだとしてもなぜ仙道が怒っているのかは三井にはわからない。なんとなくその理由には触れたら自分の不利になるような気がして、仙道の機嫌は頭の隅に追いやった。
 直近だと2週間前だった。少しだけ自分でも気になっていたのだ。そういえば仙道が手を出してこないな、と。
 そうだ、いつも仙道から誘われていた。だから思い出そうと思っても思い出せなかったのだ。そもそもそんな記憶がないから。
 それか? 仙道はそれが言いたかったのか?
 三井は息を吐き、着ていたトレーナーをその下のTシャツごと一気に脱ぎ去った。そっぽを向いたままの仙道めがけて投げつけると、洗った直後で今は濡れて降りている前髪の上から顔にかけて投げた衣服がかかった。仙道の肩が揺れ、片手が上がって顔にかかっていたトレーナーを掴んだ。そのまま不自然なぐらい間が開いて、ようやく頭からトレーナーが取りさられた。
「…嗅ぐなよ」
「ません。…ボディソープの匂いしかしないし」
 嗅いでんじゃねぇか。風呂に入ったばかりでよかった。いつもの仙道らしい言動が少し戻ってきてホッとしながら、三井は仕方ねぇなぁ、と履いていたスウェットのウェストに手をかけた。が、その時、脇のベッドの上に畳んで置いたままの洗濯物が目に入り、少し考えてニヤリと笑い、そっちの方へと手を伸ばした。
 掴んだ物を投げつけると、仙道は小さく息を吐いて、頭に飛んできたものに手をやり目の前に持ってきて、手に掴んだそれが何かわかると、勢いをつけて真剣な顔を三井に振り向けた。
「ハハッ! ひっかかってやんの」
 上半身のみ裸の三井を見て、あれ?と驚いた表情に変わった仙道を指をさして笑うと、仙道は自分の手に持った三井が投げつけたものに目を落とした。
「テメーのパンツだ」
 勝ち誇って言うと、今度こそ仙道の眉尻が斜め上に上がって再度三井へ背を向けてしまった。
 あ、しまった。と思った時には遅い。せっかく近くに来た仙道の体がまた遠くに行ってしまったようで、三井は頭に手をやって髪を乱暴にかいた。
「あー…。ごめんて」
 返事がない。これは本格的に怒らせてしまったかなーと思い、三井はベッドに腰をかけた。
 日頃仙道は怒るということがない。もしかして付き合ってから初めて怒ったかもしれない。自分が怒ってばかりだから、そのヒマがなかったのかもしれない。
 怒った仙道の顔はやっぱり男前で新鮮だったけれども、今はTシャツの白い背が自分を拒否しているようでちょっとだけ怖かった。
「…仙道?」
 返事のない背中に、先刻思い出した最後にセックスした日が2週間前ということもまた頭に蘇り、胸の中がキュウと絞られるように苦しくなった。
 そりゃあ怒ってばかりの、自分と同じ固い体の男なんかつまらないだろう。しかも誕生日に相手の欲しい物も用意できずに、要求されたことすら素直に差し出せない。
 今日も仙道は両手に持ちきれない程の紙袋を持って、困った笑顔で帰ってきた。紙袋の中は見なくてもわかる。誕生日とバレンタインデー。どういうことなのか、モテ男に拍車がかかるような日にこいつは生まれやがった。三井がそのプレゼントの山を気に入らないのも気の回る仙道はわかっているから、まず三井の目の届かない部屋の隅の押入れに詰め込む。それは三井の目に触れないまま、仙道がどこかに持っていっていつの間にかなくなっているのだ。そして何にもないような顔をして三井の前に来て、優しい笑顔を浮かべる。
 その男に自分は。
 堂々巡りの頭を振って三井は仙道の背に近づき、その前に腰を落として同じように胡坐を組んで座り込んだ。ボスッと額を背に押し付けてもやっぱり仙道は黙ったままだった。同じボディソープの匂い。今はそれが切ない。
「なー…。こっち、向けって」
 背中は変わらず動かない。不覚にも何かがこみ上げてきそうになって三井は唇を噛み、それからポツリポツリと言葉を押し出した。
「…だってよ…俺…」
 返事は相変わらずなかったが、聞いていはいるようで背中が揺れた。
「…おまえより1個上だぜ?」
「ですね」
 ようやく返ってきた返事の抑揚のなさに怯みつつ、三井は続けた。
「体だって…おまえのがデカいし。厚みもあるし」
「…ハ? ナニ?を言って…」
「…でさ…女役じゃん…俺。言えるわけねーだろそんなの…」
「三井さん…!」
 1アクションで向き直った仙道の腕が伸びて三井の上体を抱え込んだ。相変わらずの力強さに、慕わしさとは別のいつもの羨望も顔を覗かせる。が、その暖かさに心の底から安堵して、それでも思い至った自分の心情を説明する三井の口は止まらなかった。
「おまえにしたらつまんねーこと気にしてっかもしんねーけど。でも俺だって男だし、」
「ごめん、ごめんなさい。俺考えてなかった。そんなこと…いつも俺ばっかりって幼稚過ぎて、」
「俺だって、」
 まだまだ醜い感情が噴き出そうともがく。例えばそんなおまえに相応しいのは俺なんかじゃなくてチームのみんなに紹介して自慢できるような女の子なんじゃないのかとか。
 とても聞かせられない。そもそもなんでこんなことやる状況になったのだったか。
 そう、誕生日。
「おまえ…、本当に欲しいもんないの」
「うん、三井さんからもらえるものは全部うれしいよ。何もなくても、今シアワセだから」
 言いながら三井に回した長い腕に力を籠め、大きい体を懐くように擦り付けてくる。
 そうだ、物がナイなら俺から誘えと言いやがったんだコイツは。
 沸々とその時納得いかなかった蟠りが性懲りもなくまたしても腹の底に沸き始めたが、この今の温かさを手放すのは惜しかった。それに自分も男だ。やりたい盛りの。決してやりたくないわけではなく。ただつまらないプライドが邪魔して言い出し難いだけだった。挙句の果てに間が開けば不安に駆られてそれすらも自分に誤魔化した。
「…さみー」
「あ、そうだ、脱いだままじゃないですか! 待ってさっきのトレーナー…」
 慌てて腕を解き、立ち上がろうとした仙道の片腕を三井は掴んだ。
「いいよ」
「え、だって、」
「おまえが…あっためろよ」
 さすがに顔を見ながら言う勇気がなくて、ベッドの上の崩れた洗濯物の山を睨みつけながら三井はボソリと吐きだした。が、しばらく待ってみても反応がない。恐る恐る仙道を伺うと、仙道は仙道で顔を真っ赤にして三井を凝視していた。
「え…え。…待って…ちょ待って…」
 挙句の果てに自分の顔を覆って大きな長い手足を小さく畳んで丸まってしまった。
「ちょ、…どういうこと。…ナニソレ」
「ナニソレってなんだよ! テメーが誘えって言うから!」
「だって! それ! ヤバい…ヤバ過ぎる…」
 そんな直接的なことを言った覚えはなかったが。
 短く刈った首筋まで赤い仙道を見ていると、こっちまで気恥ずかしさが移ってくるようだった。
「…早く来ねーと服着る」
「あ、待って」
 言うが早いか。あっという間に伸びあがった体にベッドの上にあおむけに倒されていた。
「じゃ、じゃあ…いただきます…」
「おう…」
 仙道の赤い顔を見るのがやっぱり妙に照れ臭い。
 でも体は欲しくて堪らない。両腕を伸ばして仙道の首の後ろに回して自分へと引き寄せた。首筋に顔を埋めさせて熱く吐かれる息に三井は体を震わせた。
「誕生日おめでとう」
 なんとか耳に吹き込むと、今度は仙道が体を震わせた。
「うん、うん…」
 その後にも言葉がなにやら続いたようだったが、すぐに降ってきた仙道の唇で三井の頭はもうその意味を理解しようとする努力を放棄した。



end

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