bad medicine




 他校の勝手のわからない部室棟は、休日のせいもあって人の気配がなかった。建物内に足を踏み入れると静まり返った冷たい空気が長谷川の体を取り巻いた。
 玄関を入ってすぐ左手にある階段を上がって、2階の一番奥の右手にある部屋。そこまで辿り着いてドアノブを握ると、いつの間にか自分の鞄に入っていたメモに書いてあった通りに鍵はかかっていなかった。
「三井、いるのか?」
 ロッカーで仕切られた部屋の奥の方からガタッと物音がして、確かにここに三井がいるのだ、とわかって、長谷川の戸惑ったような歩調が、確信に変わって早くなった。
『来週、陵南と練習試合あんだろ? 観に行ってやるからよ』
 そう言っていつもの揶揄うような笑顔で三井が顔を覗き込んできた時には、その言葉に半信半疑ながらも闘志が体に満ち渡るのを長谷川は感じた。
「勝ったら!」
 思わず叫んでいて、その声の大きさに驚いたように三井が目を大きく瞬いた。
 この瞳がいつも自分だけを映していればいいのに。
 そう思いながら、長谷川は三井と偶然再会してから偶に会うようになったこの数か月、ずっと温めて続けてきた想いを口に出していた。
「俺の話しを聞いてくれるか?」
 いつも笑って躱す三井が驚いた顔から真顔に変えて、長谷川のすぐ目の前にあった。
「…勝てんのかよ」
「勝つ」
 長谷川の断言を聞いて、三井は花が綻ぶような満面の笑顔を浮かべた。
「よーし、陵南は手強いぜ? ゼッテー勝てよ?!」
 それに自分はどう答えたのだったか。
 今日、三井の姿は言葉を違えずに陵南の体育館の中にあった。長谷川を認めてあの時と同じ、満面の笑みで大きく手を振ってきた。
 宣言通り、翔陽は、自分は、勝った。そして陵南から引き上げる時に鞄の中にいつの間にか入っていたメモを見つけたのだった。長谷川はなんとか言葉を繕い、仲間と途中で別れて陵南に取って返した。
 他校の部室棟の様子になぜ三井が詳しかったのか、余計なことを考えることもしなかった。仙道と特別な関係にあることは三井から聞いて知っていたから、その伝手で聞いたのかもしれない。それぐらいに思っていた。
 そんな関係を続けさせるのも今日までだと。それも三井に伝えたい言葉の中に入っていた。
「三井、」
 仕切りになっていたロッカーを進むと、またガタガタと音が聞こえてくる。人のくぐもった言い合うような声も聞こえて、誰か陵南の人間に見つかったのか、三井だけではなかったのかと長谷川が慌てて、背の高いロッカーを回り込むと、続くロッカーの配置の途絶えた正面に古いソファが置かれてあった。
 そこには人が二人。ソファに仰向けに寝てこちらを見ていた男。目が合い、その瞳が信じられない物を見たかのように見開かれてすぐに背けられた。
 が、それは間違いなく三井だった。その体に覆い被さるよう広い背を向けて、片膝をソファに乗り上げていた男がゆっくりと、顔だけを長谷川へ向けた。
「…ああ、長谷川さん。今日はどうも」
 ずり落ちかかった制服のズボンを直そうともしない。試合中と同じように上気した顔の仙道は、落ちてくる前髪を鬱陶しそうに顔を振って払った。その肩に不自然に白く見えたものが暴れ始め、靴下を穿いた三井の足だとわかって、長谷川はソファへ駆け出そうとした体の動きをギクリと止めた。
「今日勝ったら三井さんにお話しがあるんでしたね。あー、俺いたら話せません? もうちょっと待っててくださいね。三井さんもうじきイクから」
 尚も暴れる三井の足首を仙道は掴んでキスを落としてから抱え直し、一度三井へ戻した顔を何かに気づいたようにまた長谷川へと向けた。
「…それとも混ざります?」
 長谷川は一歩、後ろに下がり、背けられたままの三井の頭を見た。それがもうこちらを見ることはないのだと気づき、背を向けてその場から走り出していた。



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いつか仙道視点も書けたら…いいナ…ワルいコじゃないのよ…きっと…
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