バレンタインプレゼント





 仙道の長い腕が伸びてスイッチを入れると白々とした照明が灯り、三井は目を瞬いた。
 誰もいない夜のミーティングルームは静かで寒くて、日中の騒がしさを思い出すとどこか不気味だ。
「…なぁ、ホントにやんのか」
「もう始まってますよ」
 ガチリという音が響いて施錠されたことを知ると三井は息をついた。
「なあ、仙道。…やっぱり、」
「黙って。バラされたいんですか」
 口元にはいつもと同じような笑みが浮かんでいるのに目が笑っていない。
「…バラすっておまえ、」
「あんたじゃないとダメなんです。三井コーチ」
 ダンッ!と背後の壁に手をつかれて近づいた仙道の顔を、三井は苦く見上げた。
「考え直せって」
「ムリです」
 反対の手が三井の腰に回され、性急にウェストから素肌に入り込んで脇を撫で上がってくる。大きな手が胸の周りを撫でて人差し指が乳首を掠めた時、思わず声を上げていた。
「おい!」
「ずっと…ずっと好きだったんです」
「ちょっと待て」
「もう待てません」
「立ったまんまやんの?」
 聞いた途端、それまで熱っぽく真剣に寄せられていた仙道の眉がヘロッと下がった。
「もー! もうちょっとそれっぽいこと言ってくださいよー」
「それっぽいってなんだよ」
「あんたは今チームの男に無理やりやられそうになってんですよ?!」
「『いやっ、やめて』?」
「…口調はいつも通りでいいんです。俺のチームのヘッドコーチなんだから」
「大体ヘッドコーチってなんだよ。俺まだ大学生だし」
「もー三井さんってばー!」
 高校の最終学年から付き合い始めた仙道の好きな物ならば、それこそいくつでも挙げられる。
 だがそれだからこそ、今年の誕生日に用意するプレゼントに手詰まった。
 もう思いつくものはプレゼントにしていて、困った挙句に本人に聞いた。それが今にして思えば間違いだったのだ。
「んーそうだなー」
 真剣に悩んでいた仙道の顔が突然ニンマリと笑った。それを見てイヤな予感はした。
「俺14日、鍵当番なんですよ」
「あ…そっか、残念だな。じゃあアパートで夕飯用意して待ってっから、」
「違う違う。練習の後三井さんもちょっと残って付き合ってくださいよ」
 そう言われてプレゼントの代わりになるなら、と安易に承諾してしまっていた。
 それがまさかのAVごっこ。
「俺は実業団の選手で、三井さんはコーチね」
 ちょっと自分でもおもしろそうかも、と思ってしまっていたのだ。
 だが実際にやろうとしてみると戸惑うことの方が多くてのめり込めなかった。
 大体ミーティングルームってなんだよ。そもそも受ける方が身体的にキツいんだってこいつはわかっているのか?
「やっぱさーフツーでいいじゃん。プレゼントは他に用意してやるからさー」
「えーせっかくここまで来たんだからやりましょうよう~! さ、ホラ、三井コーチは秘密を握られて脅されて、自チームの選手に体を要求されちゃってるんですよ」
「だからなんで俺コーチなんだよ」
「えーだって。立場が上なのに体を要求されちゃってるって燃えません? そういうの見たことない?」
 ある。あるけど、あれはセクシーなおねえさんだったし。
「秘密ってナニ?」
「んー、なんかバラされると困るヤツですよ。そこはこだわらないからテキトーに流してください」
「雑だな」
 言いながらも仙道は性急に首筋に唇を落としてくる。その感覚はいつもの知った唇なのに、ゾクゾク来る感触は同じなのに、なんでか居心地が悪い。
 いつもと違うシチュエーションに確かに興奮はするけれども、いつも優しい目をしている男が知らない顔をした人間のようで落ち着かないのだ。
「ホラ、気分出してよ」
「うーん、やめたまえ?」
「もっと感情籠めてくださいよー。ホラ、もう俺こんなんですよ」
 擦り付けられてくる腰は興奮していて、確かにキツそうだった。
 手を伸ばしてスルッと撫でると仙道は「うぅ」と声を上げて、でも「脅されてるのにそんなことしちゃダメです」と怒られて、三井は困って唇を噛む。
「もう…やめろって」
「そんなのムリです」
「んっ…やだ…やめろ…よ」
「コーチだって感じちゃってるんじゃないですか?」
 調子に乗った手がジーンズのボタンを弾き、ジッパーを引き下ろしていく。
「ん…なぁ、」
「なんですか」
「マンネリなの、俺たちって?」
「はぁ?」
 仙道がびっくりして手を止め顔を上げた。
「なんで?! なんでそんなこと言うの?」
「だってこんな…」
 三井も本気でそう思っているわけではない。
 事実大学に上がってから三井の申し入れにより、練習のない日の前日だけ挿入してよいと決めていたことが仙道の押しの強さでなし崩し的に、午前中に練習のない日(平日午前中は授業があるんだから練習なんてないに決まってる)になって、それすらも最早形骸化している。
 三井は乗り上げさせられていた机に腰をかけたまま部屋の中を見渡した。
 今日もここで練習前にミーティングがあった。監督の訓示を受けてから学生だけになって卒業の追い出しコンパの説明があり、現主将から次期幹部達への引継ぎがあった。
 この部屋でクソ真面目な顔をして主将を引き継いだのは、目の前の今、眉を下げてニヤけているこの男だ。
「そんなこと絶対ないです! これは誕生日のご褒美だと思って」
「ご褒美って」
「他愛ない男の子の夢じゃないですか」
「夢…ねぇ…」
「いつもみたいに部屋でゆっくりするのもいいんですけど。だって…三井さん、もうじきここからいなくなっちゃうじゃないですか」
 言いながら悄気た犬のようになった大柄な体を擦り付けるように、仙道は三井を抱きしめた。
「どうしたって一年の違いは埋められないから」
 急に健気なことを言い出した目の前の図体のデカい男がかわいくなって三井は溜息をつき、腕を広い背中に伸ばして抱きしめた。
 そんなこと気にしてたのかと思い、残していくとは考えていなかった年下の男が愛しく感じられる。
 だが。
「それでAVごっこか?」
 部のシャワールームの安いシャンプーの匂いのする脳天に唇を突っ込んで言うと、「それは…!」と慌てて仙道が顔を上げた。が、またすぐにしおしおと三井の首元に顔を突っ込む。
「…三井さんが…イヤだったら…いい…です…」
「んー…イヤってか、ここはやっぱなー。いろいろ準備もいるだろ?」
「持ってきてるけど」
「持ってきてんのか!」
 仙道が顔を上げて指さした方向には、スチール机の上に何やらが入っていると見受けられる紙袋が唐突なまでに不自然に置かれていた。
「でもさー俺は、おまえの匂いのするおまえのベッドで安心してやんの好きだなー」
「三井さん…」
「それに今日ってまーおまえの誕生日だけどバレンタインじゃん? 俺も用意してたもんあるしさ」
「え、なにを?」
「去年失敗したヤツ。あっためなくてもやわらかいままのチョコってのがあったから。でもここじゃーちょっとなー」
「わかりました。帰りましょう」
 去年のバレンタインというか、自分の誕生日に仙道が用意したものはチョコペンだった。
 ワクワクしながら嫌がる三井の肌の上にチョコペンを使ってなにやらを描こうとして、温めなければ使えないということを知って、いろいろと切羽詰まっていた仙道は泣く泣く断念したのだった。仙道の素早い路線変更を聞いて苦笑が漏れる。
「シーツぐっちゃぐちゃになるぜ?」
「そのぐらい。いい思い出を作りましょう」
「ってか、おまえそれでジーンズ穿けんの?」
「もーこのまま。練習着で帰ります。コート着ればわかんないし」
「ずっとおったてていく気かよ」
 三井は笑み崩れて、手を仙道の胸から下に滑らせた。
「三井さん…!」
「…三井コーチって呼べよ」
 悪戯に笑うと、仙道が眉を下げる。
 ここで最後までってのはちょっと遠慮したいけれども。だって。
「脅されてる設定だとキスできないだろ。イケナイ三井コーチが新人誘惑すんのはどうだ?」
「…サイコーです………!」
「抜くだけな」
「えぇ~!」
「もう黙れよ、新人」
 首の後ろに手をやって強引に顔を近づけると、男前の顔が赤く染まってかわいい。
「…みんなにはナイショだぞ?」
 薄く開いた唇で誘えばすぐにキスが降ってきて、普段よりたどたどしくも乱暴に暴れまわる舌を、三井は笑って迎え入れた。






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