嗚呼、素晴らしき哉、人生!
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風間千景視点 不思議な色気
息を吸うような音を立てて口を開く。頭からかぶりついて、噛み切りやすい生地を割く。鮎を模した夏の定番菓子を俺に奢らせて、伊織はとろんと目を細めた。
「中のもちもちしたやつが、もう堪らないくらい美味しいです。」
「求肥 餡だ。和菓子が好きならそのくらい覚えろ。」
「はーい。」
大して真面目に聞いていない。味わうことに全神経を集中させているのだろう。心置きなく味わって、日に焼けない喉がこくんと上下した。
「召し上がりませんか?」
「…お前にやる。」
「ありがとうございます。」
後から言っても返してあげませんよ、と続けながら、彼女は俺の皿に手を伸ばした。形のいい唇が、鮎の体を飲み込んでいく。噛むたびに目尻が下がり、普段からは想像のできない、蕩 けた表情になる。
頬を紅潮させて目を潤ませる容姿は、抗ってもどうにも目を引くらしい。それは主に悪い意味で。
「…お前、もっと黙って食えんのか。」
「え?静かに食べてるじゃないですか。」
「そうではない。」
不満を灯した面持ちにため息が漏れる。どこまでも鈍い奴を相手にするのは正直面倒だ。
「周りを見ろ。」
「?」
首を傾げつつ、突然辺りを見回した彼女に、男達は慌てて目線をそらす。隅に座っている男は忙しなく足を組み替えたり伸びをしたりしていた。
「…足を組み替える男の人…が、多…い…?」
ふいと俺に視線を戻した伊織の頬は、先程とは違う赤に染まっていた。
「………。」
「気づいたか。」
こくりと頷いて、「何が起こっているんですか。」と小声で尋ねてくる。気づけてもここまで鈍感だと最早説明するのも億劫になる。態々こんなくだらない事を言葉にすることに辟易 した。
「お前の食べ方に煽られるのだろう。」
「………鮎菓子の食べ方に?」
おそらく言っても理解しないのだろうその阿呆さ加減は、俺が救える域ではない。ため息を吐いて茶を啜ると、伊織は真っ赤な顔で湯呑みを両手で包んだ。
「…全く気が付きませんでした。」
「だろうな。」
「ただ味わってただけなのに。」
どこから目を引くものがくるのかは疑問だったが、確かに扇情的 なのは否定できない。
「こんなこと今まで…全く無かったのに…きっと田舎者臭さが…」
ぼそぼそと何か言い訳をしながら、居心地悪そうに視線を鮎菓子だけに集中させて伊織は食べ続ける。
盆で手前を隠した店員が、お茶のおかわりを持ってきた。その舐めるような視線に、伊織は身を縮こませている。
じわりとなにか不快なものが、心のうちに広がった。腕を掴んで立たせると、釣り上げられた人形のような不安定さで伊織は立ち上がる。
「かざ」
「黙っていろ。」
彼女は最早、何故自分がこんなことになっているのかが全く理解できないといった顔つきだ。
此奴はそれほど頭が弱い。
店を出て歩き始める。伊織は顔も上げられないらしい。
「………。」
「………。」
沈黙だけが、慰めるように降りる。
「あんなことになったのは、本当に今回が初めてです…。」
そんなわけないだろう。気づいていないだけだ。などとは言う気にもならない。
「どうしよう…もし次もあんなことになったらもう…。」
絶望の声色で頭を抱える伊織に、俺は盛大にため息を吐かざるを得ない。
「一人じゃなければ良い」
「ん?…ぶぇっ」
急に立ち止まったせいで、彼女が変な声を上げて俺の背中にぶつかった。
いたたたたた、と鼻を押さえている。目は少し潤んでいた。
「…俺がいるだろう。」
「………………………え?」
素っ頓狂な声を上げて、伊織は変なものを見る目で、俺の足先から頭までを何度も見た。全く失礼なやつで、思わず眉根を寄せた俺に慌てて眉間を開く。
「そんな…おこがましいことできま」
「奢らせておいてよく言う。」
「あっ………はい………すみません」
俯いてしまったつむじを見て思う。思い返せば今日は、こいつのつむじばかり見ている気がする。
伊織は頭を少しかいて、しかしぱっと面を上げて妙に神妙な目つきで言った。
「次もご一緒させてください」
それでいい。
どうせ変に遠慮がちなこいつのことだ。よろしく頼みながら申し訳ないと誘ってこないに決まっている。
「好きにしろ」
「はい!」
しかし後に俺は、自分がこいつを軽んじていたことを知る。
美食家と謳う伊織はこれから何度でも、俺を甘味屋や定食屋に巻き込むようになる。
息を吸うような音を立てて口を開く。頭からかぶりついて、噛み切りやすい生地を割く。鮎を模した夏の定番菓子を俺に奢らせて、伊織はとろんと目を細めた。
「中のもちもちしたやつが、もう堪らないくらい美味しいです。」
「
「はーい。」
大して真面目に聞いていない。味わうことに全神経を集中させているのだろう。心置きなく味わって、日に焼けない喉がこくんと上下した。
「召し上がりませんか?」
「…お前にやる。」
「ありがとうございます。」
後から言っても返してあげませんよ、と続けながら、彼女は俺の皿に手を伸ばした。形のいい唇が、鮎の体を飲み込んでいく。噛むたびに目尻が下がり、普段からは想像のできない、
頬を紅潮させて目を潤ませる容姿は、抗ってもどうにも目を引くらしい。それは主に悪い意味で。
「…お前、もっと黙って食えんのか。」
「え?静かに食べてるじゃないですか。」
「そうではない。」
不満を灯した面持ちにため息が漏れる。どこまでも鈍い奴を相手にするのは正直面倒だ。
「周りを見ろ。」
「?」
首を傾げつつ、突然辺りを見回した彼女に、男達は慌てて目線をそらす。隅に座っている男は忙しなく足を組み替えたり伸びをしたりしていた。
「…足を組み替える男の人…が、多…い…?」
ふいと俺に視線を戻した伊織の頬は、先程とは違う赤に染まっていた。
「………。」
「気づいたか。」
こくりと頷いて、「何が起こっているんですか。」と小声で尋ねてくる。気づけてもここまで鈍感だと最早説明するのも億劫になる。態々こんなくだらない事を言葉にすることに
「お前の食べ方に煽られるのだろう。」
「………鮎菓子の食べ方に?」
おそらく言っても理解しないのだろうその阿呆さ加減は、俺が救える域ではない。ため息を吐いて茶を啜ると、伊織は真っ赤な顔で湯呑みを両手で包んだ。
「…全く気が付きませんでした。」
「だろうな。」
「ただ味わってただけなのに。」
どこから目を引くものがくるのかは疑問だったが、確かに
「こんなこと今まで…全く無かったのに…きっと田舎者臭さが…」
ぼそぼそと何か言い訳をしながら、居心地悪そうに視線を鮎菓子だけに集中させて伊織は食べ続ける。
盆で手前を隠した店員が、お茶のおかわりを持ってきた。その舐めるような視線に、伊織は身を縮こませている。
じわりとなにか不快なものが、心のうちに広がった。腕を掴んで立たせると、釣り上げられた人形のような不安定さで伊織は立ち上がる。
「かざ」
「黙っていろ。」
彼女は最早、何故自分がこんなことになっているのかが全く理解できないといった顔つきだ。
此奴はそれほど頭が弱い。
店を出て歩き始める。伊織は顔も上げられないらしい。
「………。」
「………。」
沈黙だけが、慰めるように降りる。
「あんなことになったのは、本当に今回が初めてです…。」
そんなわけないだろう。気づいていないだけだ。などとは言う気にもならない。
「どうしよう…もし次もあんなことになったらもう…。」
絶望の声色で頭を抱える伊織に、俺は盛大にため息を吐かざるを得ない。
「一人じゃなければ良い」
「ん?…ぶぇっ」
急に立ち止まったせいで、彼女が変な声を上げて俺の背中にぶつかった。
いたたたたた、と鼻を押さえている。目は少し潤んでいた。
「…俺がいるだろう。」
「………………………え?」
素っ頓狂な声を上げて、伊織は変なものを見る目で、俺の足先から頭までを何度も見た。全く失礼なやつで、思わず眉根を寄せた俺に慌てて眉間を開く。
「そんな…おこがましいことできま」
「奢らせておいてよく言う。」
「あっ………はい………すみません」
俯いてしまったつむじを見て思う。思い返せば今日は、こいつのつむじばかり見ている気がする。
伊織は頭を少しかいて、しかしぱっと面を上げて妙に神妙な目つきで言った。
「次もご一緒させてください」
それでいい。
どうせ変に遠慮がちなこいつのことだ。よろしく頼みながら申し訳ないと誘ってこないに決まっている。
「好きにしろ」
「はい!」
しかし後に俺は、自分がこいつを軽んじていたことを知る。
美食家と謳う伊織はこれから何度でも、俺を甘味屋や定食屋に巻き込むようになる。
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