嗚呼、素晴らしき哉、人生!
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くずきりと仏の顔
蝉の声がうるさく耳に響く、そんな日だ。
朝餉の食器を片し終わって伊織は、久しぶりに甘味でも食べようかと財布の中をみた。もちろんこの時代のお金などないわけで、総司からもらっていた甘味のストックも底を尽きている。
「甘いもの食べたいなぁ。」
そんな心のつぶやきを拾った男がひとり。
「なんだよ、なら食べに行くか!」
そうして連れ出したのは永倉新八だった。
「もうすっかり夏ですね。」
「あぁ全くだ。暑くて敵わねぇ。」
伊織は空を見上げた。抜けるような青い空が、どこまでも広がり雲の追随を許さない。眺める京の町は、じりじりと地面から上がる陽炎に焼かれているように見えた。
「いただきます!」
つるつるとくずきりを食べながら、ゆっくりと口内で噛んでみる。
黒蜜の甘さが口内を満たし、脳に直接糖が沁みるようだ。伊織は目を細め、新八はそれを横目で眺めた。
「伊織ちゃんってよ、本当に旨そうに食うよな。」
「そうですか?自分じゃわからないんですが、確かによく人に言われますね。」
ふふ、と女らしく笑って顔を上げた伊織は、新八の顔を見て「あ、」と声を上げた。
「なんだ?」と少し驚いた新八の口元に、彼女の指が伸びる。口の横をぐいと親指で拭って、「黒蜜ついてましたよ。」と。
「あ、あぁ、悪ぃな、ありがとうよ。」
目をそらしてしまう新八に、「いえいえ。」と伊織はかぶりをふる。そして唐突に言った。
「私も、新八さんのおいしそうに食べる顔が好きです。」
「えっ。」
「いつも美味しそうに、綺麗に召し上がっていただけるので。」
やけに恥ずかしそうな声色に、新八は首を傾げた。
「当たり前だろ。伊織ちゃんの飯って、本当に旨いんだぜ。どれだけ疲れてても、毎日身体が軽いし、こんなこと言うの変かもしれねぇが、食べたら食べただけ腹が減るんだ。」
目を見開いて伊織は、頭をかいた。ふいと目をそらして、「ありがとうございます。」と小さな声で言う。
何を照れることがあるんだと内心で眉を顰めて新八は、つるつるとくずきりをすすった。コシのしっかりとしたその触感が、この店の品格を語る。時間をかけて作られているのであろうその手の込みように、金を払う価値があるもんだと頷いた。そして次の瞬間、はっとして伊織に向き直る。
「そういえば伊織ちゃんってよ、給金とかもらってんのか。」
もぐもぐと口を動かしたまま、伊織はふるふると首を横に振った。
「いただいてません」
「マジで?」
それはおかしな話だろう、と新八は眉間を狭める。毎日バランスのとれた完璧な三食を作り、掃除洗濯をして過ごす彼女に、それを無償で続けさせるのはどう考えてもおかしい。
「ええ」
「くそ…」
何故今まで気が付かなかったんだと、大して噛まずに呑み込んだくずきりが気管に少し苦しい。奥歯を噛み締めたその緊張したような面持ちをのぞき込んで、「どうしたんですか、急に。」と伊織は笑った。
「お前さんの善意に甘えすぎてたと思ってよ。」
「…善意、ですか?」
「あぁ。伊織ちゃんがあまりに何でもこなしちまうから、俺たちはそれを当たり前のように甘受してたけどよ。」
残りのくずきりをすべて口の中にかきこんで、新八はそれを呑み込んだ。
「俺たち新選組は、そのお前さんの優しさに何か形あるもので返さなきゃいけねぇと思うんだ。」
「別に構いませんよ、そんなこと。屯所に置いてもらっている時点で十分です。」
「そんなわけにいかねぇ。俺が近藤さんに言ってやるさ。」
「いえそんな」
「いいって。俺が勝手にやるんだ。伊織ちゃんは何も気にしなくていい。」
胸の前でこぶしを握った新八は、伊織が食べ終わるまでずっと、その様子を眺めていた。
「お前さんみたいな純粋と善意の塊みたいな存在が、こんな近くにいたなんてな。それに今まで気づかなかった俺は馬鹿だぜ本当に。」
しみじみとつぶやく新八に少し咳込んでから、伊織は目線を彷徨わせた。照れたような面持ちで、言葉を探し、選んで、考えて、そして破顔する。
「身に余る光栄です。」
あぁなんて眩しいんだと、新八は目を細めた。
その夜近藤に呼び出された伊織は、これまでの給金を一括で手渡され、日ごろの感謝にと休みをもらうことになる。
蝉の声がうるさく耳に響く、そんな日だ。
朝餉の食器を片し終わって伊織は、久しぶりに甘味でも食べようかと財布の中をみた。もちろんこの時代のお金などないわけで、総司からもらっていた甘味のストックも底を尽きている。
「甘いもの食べたいなぁ。」
そんな心のつぶやきを拾った男がひとり。
「なんだよ、なら食べに行くか!」
そうして連れ出したのは永倉新八だった。
「もうすっかり夏ですね。」
「あぁ全くだ。暑くて敵わねぇ。」
伊織は空を見上げた。抜けるような青い空が、どこまでも広がり雲の追随を許さない。眺める京の町は、じりじりと地面から上がる陽炎に焼かれているように見えた。
「いただきます!」
つるつるとくずきりを食べながら、ゆっくりと口内で噛んでみる。
黒蜜の甘さが口内を満たし、脳に直接糖が沁みるようだ。伊織は目を細め、新八はそれを横目で眺めた。
「伊織ちゃんってよ、本当に旨そうに食うよな。」
「そうですか?自分じゃわからないんですが、確かによく人に言われますね。」
ふふ、と女らしく笑って顔を上げた伊織は、新八の顔を見て「あ、」と声を上げた。
「なんだ?」と少し驚いた新八の口元に、彼女の指が伸びる。口の横をぐいと親指で拭って、「黒蜜ついてましたよ。」と。
「あ、あぁ、悪ぃな、ありがとうよ。」
目をそらしてしまう新八に、「いえいえ。」と伊織はかぶりをふる。そして唐突に言った。
「私も、新八さんのおいしそうに食べる顔が好きです。」
「えっ。」
「いつも美味しそうに、綺麗に召し上がっていただけるので。」
やけに恥ずかしそうな声色に、新八は首を傾げた。
「当たり前だろ。伊織ちゃんの飯って、本当に旨いんだぜ。どれだけ疲れてても、毎日身体が軽いし、こんなこと言うの変かもしれねぇが、食べたら食べただけ腹が減るんだ。」
目を見開いて伊織は、頭をかいた。ふいと目をそらして、「ありがとうございます。」と小さな声で言う。
何を照れることがあるんだと内心で眉を顰めて新八は、つるつるとくずきりをすすった。コシのしっかりとしたその触感が、この店の品格を語る。時間をかけて作られているのであろうその手の込みように、金を払う価値があるもんだと頷いた。そして次の瞬間、はっとして伊織に向き直る。
「そういえば伊織ちゃんってよ、給金とかもらってんのか。」
もぐもぐと口を動かしたまま、伊織はふるふると首を横に振った。
「いただいてません」
「マジで?」
それはおかしな話だろう、と新八は眉間を狭める。毎日バランスのとれた完璧な三食を作り、掃除洗濯をして過ごす彼女に、それを無償で続けさせるのはどう考えてもおかしい。
「ええ」
「くそ…」
何故今まで気が付かなかったんだと、大して噛まずに呑み込んだくずきりが気管に少し苦しい。奥歯を噛み締めたその緊張したような面持ちをのぞき込んで、「どうしたんですか、急に。」と伊織は笑った。
「お前さんの善意に甘えすぎてたと思ってよ。」
「…善意、ですか?」
「あぁ。伊織ちゃんがあまりに何でもこなしちまうから、俺たちはそれを当たり前のように甘受してたけどよ。」
残りのくずきりをすべて口の中にかきこんで、新八はそれを呑み込んだ。
「俺たち新選組は、そのお前さんの優しさに何か形あるもので返さなきゃいけねぇと思うんだ。」
「別に構いませんよ、そんなこと。屯所に置いてもらっている時点で十分です。」
「そんなわけにいかねぇ。俺が近藤さんに言ってやるさ。」
「いえそんな」
「いいって。俺が勝手にやるんだ。伊織ちゃんは何も気にしなくていい。」
胸の前でこぶしを握った新八は、伊織が食べ終わるまでずっと、その様子を眺めていた。
「お前さんみたいな純粋と善意の塊みたいな存在が、こんな近くにいたなんてな。それに今まで気づかなかった俺は馬鹿だぜ本当に。」
しみじみとつぶやく新八に少し咳込んでから、伊織は目線を彷徨わせた。照れたような面持ちで、言葉を探し、選んで、考えて、そして破顔する。
「身に余る光栄です。」
あぁなんて眩しいんだと、新八は目を細めた。
その夜近藤に呼び出された伊織は、これまでの給金を一括で手渡され、日ごろの感謝にと休みをもらうことになる。
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