午後三時の紅茶と、その温度について
午後三時の紅茶と、その温度について
僕の家には執事がいる。
冗談ではない。本当にいるんだ。黒の三つ揃いを着て、白い手袋をして、ウェーブのかかった髪をかき上げたようにセットした男。
名前は
彼は僕が生まれた時にこの家にきたと祖父に聞いた。
祖父の遺言で、屋敷と財産と一緒に「
「九条には逆らわないほうがいい。彼は誠実すぎるんだ。常軌を逸するほどにね」
その意味を、僕は当時、まだ理解していなかった。
*
午後三時。僕がリビングで本を読んでいると、九条は必ず紅茶を持ってくる。
彼が淹れるアールグレイは完璧すぎて、逆にどこか不気味だった。湯気の立ち上る角度まで、毎日まったく同じように見える。まるで時間が一瞬だけループしているかのように。
「本日も、紅茶の温度は83度でございます」
「ありがとう」
「お飲みになる際、火傷されぬよう、お気をつけください」
「うん、気をつけるよ」
彼はいつも一歩後ろに下がり、僕の飲む様子をじっと見ている。
その目は、執事のものではなかった。
もっと、そう、きっと猛禽類は、ああいう目をしている。
*
ある日、僕は学校を休んだ。
風邪だった。熱が出て寝汗をかき、食欲もなかった。
九条は朝からずっと僕の部屋の椅子に座り、黙って僕の額に冷たいタオルを当てていた。まるでそれが、彼の存在理由のすべてであるかのように。
「休まれるのは、初めてですね」
「まあ、たまには……」
「いいえ。具合が悪いというのは、
「そうなの?」
「もちろんです。あなたの脈拍が乱れるだけで、
その時、僕は少しだけ、ゾクッとした。
彼は、本気だった。
*
夜中、ふと目を覚ますと、九条がベッドの端に座っていた。
手には体温計が握られていて、彼の目は静かに僕の額を見つめていた。
声をかけようとしたが、彼は先に口を開いた。
「熱は、37.4度。微熱です。悪くない数字です」
「……こんな夜中に、どうして」
「あなたの全ての情報は、
「情報……?」
コンデションの話にしては、業務的な言い方だと思った。
「体温、食事の量、読んだ本、歩いた歩数、視線の動き。すべてです。あなたが誰にどんな笑顔を見せたかも、全部」
彼の手が、僕の頬に触れた。
手袋越しだったけれど、その温度は不気味なほど均質で、まるで計算された愛情のようだった。
「ですからあなたは
彼の声は、夢の中のように柔らかかった。
でもその言葉には、静かな狂気が染み込んでいた。