しあわせな世界


 拷問台の影に押し込まれた対象の身体が、鉄の冷たさと痛みに震える。
 扉がゆっくり開く音に、騎士はゆっくりと振り返った。

 「――っ!!」

 現れたのは、魔法使いだった。 
 騎士はすぐに片膝をつき、呼吸を整えつつ視線を落とす。

 「ここは…貴方のような方が来るところでは――」

 魔法使いは眉一つ動かさず腰掛けた。
 重々しい空気の中、淡々とした気配を漂わせ、冷たく言い放つ。

 「続けろ」
 「…承知しました」

 騎士は頷き、立ち上がった。
 彼の瞳は凍てつき、刃のような光が宿ている。

 刹那、闇に包まれた部屋に、冷酷な秩序だけが漂った。
 魔法使いに向ける視線を一切隠し、冷徹な戦士としての顔に戻った騎士は、ためらいなくその任務を遂行する。

 切り裂く音、苦悶の声、鎖の響き――それらすべてを彼は計算し、淡々と操作していく。
 あるじの前では決して見せないその冷酷さが、闇に浸る部屋を一層深く、重く染めていった。
 暗い拷問部屋の中、意識のなくなった対象を二人は並んで見下ろしていた。魔法使いは淡々とした声で言う。

 「腕をあげたな」

 騎士は瞬時に背筋を伸ばし、眉をわずかにひそめて答えた。

 「恐縮です」

 記録係は記入を終え、いそいそと部屋を出て行った。
 魔法使いは部屋中の血液を魔法で洗い流し、通気口を開けて冷たい空気を入れ替える。
 興味なさそうに再び椅子へ腰を下ろす姿は、まるで日常の一コマを消化するかのように淡白だった。

 彼がぺらぺらとめくる記録を横目に、騎士は少し腰をかがめる。

 「紅茶でも淹れましょうか。よろしければ、研究室へお持ちします」

 魔法使いは手を止め記録を閉じると、ゆっくりと騎士を見上げた。
 じっと青い瞳が、同じくらい青い彼の瞳を覗き込む。その光は冷たくもあり、同時に探るような鋭さを帯びていた。

 騎士は一瞬、たじろぎ、頬に薄く朱を浮かべる。

 「な…なんでしょうか」

 彼は鋭いから逃げるように、斜め上を見つめる。
 魔法使いは記録をテーブルに置き、低く言った。

 「…前から思っていたが」

 騎士は一瞬、身を硬くする。

 「お前は本当に。俺の前では猫をかぶっているな」

 騎士はわずかに息を呑んだ。しかしすぐに、口元を引き締める。

 「…猫をかぶっているわけでは」

 魔法使いは彼に背を向け、扉を開いた。

 「今日はコーヒーでいい。お前の好きなものを持ってこい」

 騎士はぱっと顔をほころばせ、軽い足取りでその背中を追った。
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