しあわせな世界


 戦勝を祝う音楽と笑い声が渦を巻く広間。
 煌びやかなシャンデリアの下、宮廷のメイドたちに磨き上げられた魔法使いは、もう王族と見まがうほどの威容いようを放っていた。
 その背後、いつもの定位置に立つ騎士は、ひそかに目を細める。日ごろの鬱屈とした主とは思えない、静かな光のようなたたずまい――気づけば、うっとりと見とれていた。

 貴族の男たちは、次々と彼へ言葉を投げかける。一方で、騎士に声をかけるのは令嬢たちばかりだった。

 「踊りませんか?」
 「遠慮いたします」

 幾度となく差し伸べられる手を避ける騎士に、魔法使いは呆れたように言った。

 「……ダンスぐらいしてこい」

 仕方なく騎士は誘いを受け、一通り舞踏をこなす。だが終わるや否や壁際に戻り、ワインを片手にする魔法使いのもとへ一目散。
 彼の周りに誰一人いないのを確認して、ようやく胸をなでおろした。

 「気になる令嬢はいたのか?」

 何気ないふうを装った魔法使いの問いに、騎士は目を瞬かせる。宙を見つめてしばし沈黙し、やがて首を横に振った。

 「いいえ」

 正直なところ、誰の顔も覚えていない。
 今度は騎士が問い返す。

 「気になる話はありましたか?」
 「いや、権力と欲まみれの下衆しかいない。追い払っても、たかってくる」

 吐き捨てるような声に、騎士は深く頷いた。

 「……虫は光に集まるものですから」

 魔法使いは言葉を失い、グラスを見つめたまま黙り込んだ。

 出し抜けに、一人の貴族が彼に声をかけてきた。まだ若い男だ。
 音もなく、騎士はすっと一歩前に出る。魔法使いを背に隠し、曖昧な理由を添えて男を追い払った。

 「……」

 魔法使いは騎士を見上げ、無言のまま説明を待つ。
 気まずそうに視線を逸らしながら、騎士は答えた。

 「――貴方に近づく人間が、政治的目的かそうでないかくらいは、わかります」

 魔法使いは、少しだけ目を細めた。

 「……他人のことには、妙に鋭いんだな」

 そう呟いて、ワインをあおる。
 小首をかしげる騎士。その様子に魔法使いは短い吐息を漏らすと、空になったグラスをテーブルへ戻した。

 「お前に声をかけるのが令嬢ばかりであることに、気づいているか」

 唐突な問いかけに、騎士は一瞬たじろぎ、頷いた。

 「ええ」
 「何故だと思う」
 「…わかりません」

 言葉少ななやり取りのあと、魔法使いは別のグラスをウエイターから受け取り、ひとくち口に含む。
 そして、淡々とした声で告げた。

 「それはな――お前が私のモノだからだ」

 騎士はきょとんとしたまま、魔法使いの言葉を理解しようとしていた。
 その鈍さに、魔法使いは諦めたように小さくため息を吐く。

 「……いいか。私のモノである騎士に手を出せる奴などいない」

 低い声が、ワイングラスの縁に響いた。

 「だから自身の娘を使って、お前に取り入ろうとする」

 騎士は黙って考え込む。やがて、ゆっくりと眉間をしかめた。

 「そういうものですか」

 魔法使いは肯定も否定もせず、ただ無言でワインをあおる。
 騎士はその白い喉が上下するのを目で追っていた。
 そして――ふっと、張りつめていた糸が解けるように笑う。

 「わざわざ貴方の名前で牽制などせずとも……私に話しかける者など、おりませんのに」

 やや腰を折り、茶化すような、けれど真摯な声音。
 魔法使いがふと顔を上げた。
 同じ色を宿すふたりの蒼い眼差しが、空中で交わる。
 騎士は柔らかな笑みを称えたまま、胸に手を当て目を閉じた。

 「私は貴方のものです」
 「……ふん」

 宴のざわめきが遠ざかり、ただ静かな時間だけがそこにあった。
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