しあわせな世界

 石畳の通りに面した花屋は、午前の光をやわらかく受けとめていた。小さな鈴蘭の鉢が入口にずらりと並び、風に揺れるたびにかすかな鈴の音のような匂いを撒き散らしていた。
 扉の上に吊るされた古びた真鍮のベルが、誰かの手に触れなくてもふとした拍子に鳴りそうな気配を持っている。

 その花屋に、場違いなほど大きな鎧の音を響かせながら、一人の騎士が足を踏み入れた。背後には、ひょろりとした宮廷仕えの魔法使いがついてくる。
 魔法使いの長いローブは床を掃くように擦れ、そこにまとわりつく埃の匂いまでが、この清潔な花屋の空気に淡く混ざった。

 花屋の女主人は二人をちらと見て、眉を動かした。
 鎧とローブ。血と煙の匂いがついていそうな組み合わせが、彩り豊かな花々の間に立つと、どこか寓話めいて見えた。

 騎士は無骨な指で赤いガーベラをつまみ上げ、しばし黙り込む。彼の視線は花の鮮やかさではなく、隣の魔法使いの顔を探していた。
 魔法使いはというと、まるで自分がこの空間に紛れ込んだ遺物のような顔で、店の端から端までを眺めている。

 「なぜ俺たちは花屋にいるんだ?」と彼は小声でつぶやいた。
 「貴方の為です」と騎士は答える。

 魔法使いは一瞬意味がわからず、少し間を置いてから顔を上げる。

 花の香りは、不意に過去を洗い流すように彼の胸へ流れ込んでいく。
騎士は無骨な手に花束を握り、少し不器用に差し出した。まるで戦場で盾を構えるみたいに。

 その場の空気は、外の通りの喧騒とは別の時間を刻んでいた。
 花屋のベルが、ふいに小さく鳴った。風か、それとも誰かの見えない指先か。

 「貴方の生誕記念日です。おめでとうございます」

 魔法使いは花を受け取り、それと騎士の顔を交互に見てため息を吐いた。
 「毎年毎年よく飽きないな。今年は花か」と魔法使いがこぼす。
 「来年も私が生きていたら、別のものを送らせていただきます」と騎士は目元で笑って頷いた。
 「花はもういい」と魔法使いは言う。

 「……俺は花に詳しくない」
 「……私もです」

 魔法使いは鼻先を花へ近づけて、すん、と息を吸う。
 「ウソつきめ」と騎士を睨む瞳は、すっとすぐに細められた。

 「お前の実家は花屋だろ。俺が知らないとでも思ったか?」

 騎士は大きく目を見開いた。
 まるで予想してなかったことだと語るその瞳に、魔法使いは盛大な舌打ちを漏らす。
 「ご存じだったんですね」と騎士はこぼした。

 「この赤い花は何だ」
 「ガーベラです。これは………限りなき挑戦という花言葉を持っています」

 魔法使いは騎士を一瞥し、諦めたようにため息を吐いて言う。

 「…大層なことだ」

 片手に花を握ったまま、彼は店を後にする。
 騎士は女主人に会釈をし、鎧の音を響かせてローブの背中を追った。

 「貴方にぴったりだと思います」

 騎士の言葉に、魔法使いは振り返らなかった。





ガーベラの花言葉は色によって異なります。
赤いガーベラ: いつも前向き・限りなき挑戦・燃える神秘の愛。

オレンジ色のガーベラ: あなたは私の輝く太陽。

黄色のガーベラ: 究極愛・親しみやすい。

ピンクのガーベラ: 感謝・思いやり。

白いガーベラ: 希望・純潔。


全体として、ガーベラの花言葉は「希望」「前向き」「常に前進」とされています。
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