ときめきメモリアルGS 2nd Kiss

もしデイジーがヒットマンだったら

 オレンジ色に染まり始めた帰り道。
 偶然見つけたクラスの生徒、小波さんの姿に、僕はいつものように歩幅を合わせた。

「今回もおめでとう。また学年一位でしたね」

「先生のご指導のおかげです。これ、お礼です」

 差し出されたのは、小さくて丸い飴玉。
 僕はそれを受け取って、銀紙を剥いて口に含む。

「おや、コーヒー味だ。よく知っていましたね」

「ええ。……あ、ゴミいただきます」

「いいえ、僕が持っておきますよ」

 適当にポケットへ押し込んで、手を抜いた瞬間。一緒に突っ込んでいた付箋が、ひらりとアスファルトに落ちた。

「あ」

 二人の声が重なる。

「ゴミですか?ついでにいただきますよ」

 ふふ、と悪戯っぽく笑いながら、彼女が腰をかがめて手を伸ばした——その時だった。
 彼女の背負っていたカバンに、唐突に「穴」が空き、衝撃で彼女の体が弾かれたのは。
 どしゃっ、という鈍い音。
 地面に投げ出された彼女の膝から、じわりと赤い血が滲む。

「小波さん!?」

 咄嗟に駆け寄ろうとした僕の手を、彼女が強く引き寄せた。そのまま、抗う間もなく道端の物陰へと引きずり込まれる。

「伏せていて」

 動揺のかけらもない、氷のように冷たい声だった。
 彼女は鋭い視線を周囲に走らせながら、僕を壁の奥へと押し込んだ。
 ふと目に留まった彼女のカバン。そこに穿たれた小さな穴は、かつてアメリカにいた頃に何度か目にした、忌まわしい記憶を呼び起こす。

(銃痕……?)

 あり得ない。ここは日本で、彼女はただの女子高生だ。
 けれど何よりも異常だったのは、狙撃を受けたこと以上に、目の前の彼女が「全く動揺していない」ことだった。

「私が戻るまで、ここを動かないでください」

 表情の抜け落ちた顔。無機質な響き。
 僕が頷くよりも早く、彼女は音もなくその場から駆け去っていった。
 それから、およそ三十分。
 なぜか僕は、警察に通報することは得策ではないと確信していた。
 研究機関から密かに送られたボディガードだろうか。いや、それならもっと早い段階で僕を連れ戻すアクションを起こすはずだ。彼女は今まで、僕に対して必要以上の接触をしてくることはなかった。

「先生」

 視界に、汚れ一つないローファーが映り、僕は顔を上げた。

「っ……」

 言葉が詰まる。
 彼女の白い頬に飛び散った鮮烈な赤。それが何を意味するのかを理解できないほど、僕は平和にボケてはいない。

「……聞きたいことが、山ほどありますが」

 立ち上がり、震える指先でその返り血を拭う。
 まだ乾いていない生温かい液体が、僕の親指にべっとりと付着した。

「黙秘します。今日はここで、失礼します」

 丁寧に、いつものように会釈をして去ろうとする彼女の手を、僕は思わず掴んでいた。
 指先に触れた肌はひんやりと冷たく、ひどく硬い。

「……君の担任として、生徒がトラブルに巻き込まれているのを、大人としても、ただ傍観するわけにはいきません」

 絞り出すような僕の声に、小波さんは静かに首を横に振った。

「見なかったことにしてください。明日からはまた、普通の先生と生徒でいてくださると……私は嬉しいです」

 ふわり、と彼女が笑った。
 いつも見ているはずの、穏やかで優しい笑顔。
 なのに、どうしてこれほどまでに「別人」に見えてしまうのだろう。

「先生、お願いします」

「…………もう、安全なんだね?」

「はい」

 縋るようなその瞳に、僕は。
 ただゆっくりと、その冷たい手を離すことしかできなかった。



もしデイジーがヒットマンだったら 完
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