YOUTH

アフター
主人公side


 春の風は、都会の片隅にある小さな一軒家にも、分け隔てなく光を運んでくる。

 瓦がところどころ欠けた屋根、ギシギシ鳴く階段、玄関のドアはたまに引っかかる。
 それでもこの家には、誰にも侵せない穏やかな時間が流れていた。

 「ただいま」

 昼下がり。琉夏がバイトから帰ってくる音がして、僕はキッチンから顔を出した。

 「おかえ……り?」

 玄関から歩いてくる琉夏の片手には花束。ラッピングの中には、白い小ぶりの花が詰まっている。

 「カエデ。いつもありがとう」

 言葉よりも照れたようなその顔が、全部を語っている気がした。

 「ありがとうって……今日、なんの日?」

 僕が笑いながら受け取ると、琉夏はソファに飛び込んで、「なんでもないけどさ」と、頬をかいた。
 クチナシの花束だ。僕が初めて琉夏に送った花で、花言葉は”とても幸せ”。それを今度は彼から送られたことに、言いようのない多幸感がこみ上げて。
 僕はおもむろに、今は黒く短くなった琉夏の髪を撫でる。琉夏は気持ちよさそうに目を細めて、僕をうるんだ目で見上げた。

 卒業後、僕たちは古い一軒家を二人で借りて、一流大学に通いながら住んでいる。壊れかけたり古いところは、琉夏と一緒に手入れするのが日課だ。

 琥一は卒業後実家に戻って、不動産業の親父さんの手伝いをしているらしい。たまに遊びに来てくれるけど、彼がくるとだいたい大掛かりなDIYになる。

 僕たちは今でもたまに時間を作って3人で過ごしながら、近況を話し合ったり僕の料理を食べたりしている。

 ゆるく風が吹き抜けて、窓辺のレースカーテンがふわりと揺れた。

 ふと、思い出す。
 高校生だったあの頃、屋上で寝転がって見た空のこと。
 夜の砂浜で、いか焼きの煙にまみれながら花火を見上げたこと。
 名前を呼んで手をつないで、迷って、怪我して、それでも隣にいたこと。

 「……ねえ、琉夏」

 「ん?」

 「僕たち、今もちゃんと、“青春”の中にいるのかな」

 そう言うと、琉夏は少しだけ考えてから、ぽそりと笑った。

 「わかんない。でも、たぶん……ずっと本番って感じ?」

 「そうだね、」と僕も笑った。
 きっとこれは、ずっと続いていく “青春” の、まだ途中なんだ。

 あの頃感じていた、胸の奥がきゅっとなるような痛みや喜び。
 名前を呼ばれるだけで、少しだけ頬が熱くなるような感覚。
 それは今も、日常のすき間にふいに顔を出して――

 きっと僕らはまだ、ときめきを運んでいる。

 春の風がカーテンを揺らし、クチナシの香りが部屋に満ちていく。
 少しだけ大人になった僕たちは、これからもずっと、いつだって。

 そうやって生きていくんだろう。





YOUTH 完
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