YOUTH
3年目2月下旬 受験
琉夏side
試験会場の門を出た瞬間、冷たい空気が頬を打った。
ずっと張り詰めていた神経が、ふっとほどける。
俺が伸びをしながら息を吐くと、すぐ横でカエデがにこっと笑った。
「お疲れさま」
まっすぐにそう言って、俺の手をそっと取る。
手袋越しでも、あたたかい温度が伝わってくるようで、一瞬息が止まりそうになった。
「……あのね」
カエデの声は、雪の上に落ちる羽根みたいに静かで優しかった。
「実は僕、今でも琉夏と大学受験ができたことが信じられないくらい嬉しいんだ」
言葉の終わりと同時に、カエデが手袋を外す。
冷たい空気にさらされたその白い指が、俺の指に絡んできた。
目の前で、柔らかな睫毛がふるえている。
「だから、落ちても受かっても。ここに君と来れたことが、これ以上ない思い出になったよ。本当にありがとう」
「それは俺のセリフ。オマエがいなかったら、大学受けようなんて思わなかった。ここに連れてきてくれたのも、俺にはっぱかけてくれたのも、全部カエデだ。」
「ふふ…そうかな」
ゆっくり、息を吸い込む音がした。
カエデが何かを決心したように、顔を上げる。
「琉夏」
呼ばれて、俺も自然に返す。
「うん?」
カエデは顔の半分を隠していたマフラーを、指先で少しだけ下げた。
真っ白な息が吐かれて、その中から、唇のかたちが見える。
目の奥までまっすぐに覗くような、茶色の瞳。
そこに、俺の顔が映っていた。
少し笑っていた。けど、それが自分の表情だと気づいたとき、胸がぎゅっとなった。
「…好きだよ、琉夏」
喉が締まった。
小さな音すら、外に出せなくなる。
今まで何度も言われてきた好きとは、全く響きの違うものだとすぐにわかって、心臓が変な音を立てた。
「君が、好きだ。きっと僕の曖昧な態度に、ずっと君を、やきもきさせてたと思う」
どんなに嬉しい言葉よりも、胸の奥がぎゅうっとして。
心がやわらかくなっていくような、息苦しさだった。
カエデが言葉を続ける。
「ごめんね。ずっと君を苦しめて、ごめん」
絡めた指が、少しだけ強く握られる。
俺もそれに応えるように、指先に力を入れた。
カエデは、肩の力を抜いたように小さく笑った。
それは自信なさげで、どこか頼りなくて、それでも間違いなく幸福に満ちた笑顔だった。
「こんな僕だけど、君の帰る場所に、させてくれませんか」
その一言で、胸がいっぱいになった。
言葉を返す前に俺の手が、自然にカエデの頬に触れていた。
雪にさらされて冷たくなっていたその頬が、今、少しだけ熱を持っている。
目の前で笑うカエデの姿が、眩しすぎて。
俺は言葉を失ったまま、その輪郭を目に焼きつけた。
雪が降っている。けれど、それすら気づけないくらい、頭の中はぐるぐるしていた。
でも手を握っている感覚だけは、しっかりあった。
そのぬくもりが、俺の背中を押した。
「……っ」
ゆっくり、カエデの身体を抱き寄せる。
マフラーがふわっと顔にあたった。
「……ありがとう」って、小さくつぶやいた。
聞こえてたかわからない。でも、どうしても言いたかった。
彼の言葉ひとつひとつを、頭の中で何度も繰り返す。
それからそっと腕をほどいて、カエデの身体から距離をとる。
今度は俺の番だった。
「……うん」
一度、頷いた。
でもそれだけじゃ足りなくて、もう一度、ぎゅっと目を閉じてから頷く。
「俺も──オマエが。カエデが好きだよ」
伝えるたびに、胸の奥が熱くなる。
「ずっと前から、オマエはもう、俺の帰る場所だ」
その言葉を聞いた瞬間、カエデの目尻がすっと下がった。
唇を噛んで、潤んだ瞳で俺を見つめる。
「……うん」
喉の奥だけで搾り出すように、震えた声でそう言った。
風がふわっと吹いて、マフラーの端が揺れる。
でも俺は、今ここで聞いておきたいことがあった。
「……俺も、聞きたいことある」
カエデが瞬く。首をかしげる仕草すら、愛おしい。
「うん?」
俺は目を逸らさずに、少し照れながらも言った。
「落ちても、受かっても……俺と住まない?」
静かな空気の中に、俺の声だけが落ちていく。
心臓がうるさくて、自分の声がよく聞こえなかった。
「物理的にも、俺らの帰る場所を……一緒にしたい」
やっとの想いで言葉を結ぶと、カエデは少しだけ目を見開いて、
それから、まるで冬が一瞬で春になったみたいに、ふわっと笑った。
カエデは俺の両頬を包むみたいに触れる。ゆっくりとそのまま、綺麗な顔を寄せてきた。
誘われるように、俺も目を閉じる。
暖かい、柔らかい感触が、唇に触れた。
何かが込みあがって、俺はカエデのコートを握る。
愛してる。
キスをしながら、カエデがそう囁いた気がした。
