YOUTH
3年目12月中旬 クリスマスパーティ
琉夏side
毎年恒例、理事長の天ノ橋邸で開かれるクリスマスパーティー。
大広間には天井のシャンデリアとツリーの光が揺れて、生徒会や下級生、先生たちまで混ざって、ざわついていた。
その輪の中心にいたのが、やっぱりカエデだった。
長身のせいでどこにいてもすぐに目につく。
今日は珍しく、髪を軽く巻いていて、深いワインレッドのジャケットに黒のタートル。
シンプルな服装なのに、抑えきれないオーラみたいなモノがあってきらきらして見える。
その隣には、今年のローズクイーンに選ばれた美奈子。
いつの間にそんなに仲良くなったんだってくらい、自然に笑い合っていて、
二人の周りには信じられない数の生徒が集まって、ちょっとした撮影会みたいになってた。
「なんだよ、あれ…」
カエデに声をかけたかっただけなのに、遠巻きに眺めてるうちにどんどんタイミングを逃してしまって。
自分でも子供みたいだってわかってるけど、ちょっとムッとしてしまう。
「競争率高すぎて、全然カエデんとこ行けないんだけど」
そうぼやくと、隣で皿の寿司を食ってたコウがもぐもぐと口を動かしながら、横目で俺を見た。
「行きゃあいいじゃねぇか」
咀嚼し終えて皿を置くと、そのまますっと立ち上がった。
「俺は楓とはさっき話したし、美奈子に挨拶しとくわ」
片手を軽く振って、群衆の中へ歩いていく。
その瞬間、人の波が左右に分かれた。コウが歩くのに沿って、人の波も揺れる。
半分くらいはそのまま他所へ散っていく。
「はは、コウ、モーセかよ」
会話が動き、笑い声が弾ける中、カエデの横にいたコウが、美奈子の方へ身体を向けたのが見えた。
チャンスだ。
気づいたときには、人の隙間を縫っていた。
胸の奥が焦るように熱くて、自分でも訳のわからない勢いで、カエデの手首をつかんだ。
「……やだ、行かないで」
驚いたように振り返ったカエデの目が、ゆるく揺れる。
声に出してしまった瞬間、顔が熱くなる。
けど、その手は振り払われなかった。
その温度に、少しだけ救われる。
今日みたいな日は、みんながカエデに惹かれてしまうから。
ちゃんと隣にいなきゃ、変な虫が付く。
「少し出ようか?」
手を引かれた。
カエデの手。あたたかくて、しっかりしていて、それだけで胸が跳ねる。
「琉夏、今日のスーツかっこいいね」
静かな声で、そう言われた。
至近距離で目が合う。
瞬間、髪をかきあげられて、どうしようもなく心臓が騒いだ。
「カ、エデの方が何倍もカッコイイよ」
慌てて言葉を返す俺に、カエデは「ありがとう」って笑った。
その笑顔が、ずるいくらい綺麗で。
ああもう、やばい。キスしたい。
それ以外に、自分の気持ちをちゃんと伝えられない。
俺達はお互いを好きだと言うけど、カエデはコウにもおんなじノリで好きだっていうし。
本当のところ、どういう意味で俺のことを好きだっていうのか、わからない。
黙って固まっていた俺の顔を、カエデがじっと見つめた。
その瞳が、少しだけ真顔になる。
そして、次の瞬間にはふわりと抱きしめられていた。
「……あ」
頭が追いつかないまま、でも嬉しくて。
反射的に腕をまわすと、カエデのジャケット越しに柔らかな洗剤の香りが鼻をくすぐった。
胸が、ぐうっと詰まる。
「琉夏、その顔のまま行ったらだめ」
耳元でささやかれて、俺は思わず見上げる。
「え?」
カエデは、くすっと小さく笑った。
少し頬を染めて、困ったように眉を寄せながらも、どこか楽しそうだった。
「きっと女の子達が、一目で君に落ちる」
じっと覗き込むような視線。
カエデの真っ直ぐな目が、俺の奥の奥まで覗いてくる気がした。
心臓が、どくどくと鳴る。
それは俺のセリフだろ、って言いたいのに。
口がまるで動かなくて。
代わりに、頭のどこかが浮かれて叫んでいる。
お前俺のこと、好きなんじゃないの。
なんて。
しょうがない。なんか今日のカエデは、すごく甘い。
じっと見つめ合ったまま、気づけばじわじわと、お互いの距離が近づいていく。
唇の先が、ふに、とふれて。
離れようとしたカエデの唇に、思わず手が伸びた。
俺は、もう一度だけ、と願うみたいに触れた唇にそっと声を落とす。
「……もっと」
一度だけじゃ、全然足りない。
カエデがふっと息を吸って、今度は向こうから角度を変えてくる。
ぐい、と背中が壁に押しつけられる。
深く、迷いのないキス。
その強さに、ひとつ息が漏れた。
「……っ」
もっと食べられたくて、薄く口を開いた瞬間。ぬる、と温かいものが、口内に入ってくる。
「んっ…、…っ」
背筋がびりびりと震えた。
足の間に差し込まれたカエデの膝。
髪をかきあげられ、視界が開けると、すぐそこにカエデの目があった。
その目と、真正面から目が合った。
やばい。
瞬間、腰が抜けそうになった。
何かが、下腹の奥で強く脈を打っていた。
ごり、ってカエデのが押し付けられている。
手を伸ばして、カエデの背中をぎゅっと掴んだ。
ずっとこうしていたい。この先を知りたい。
けれど、怖いくらいに溺れそうで。
「ん、琉夏……泣いてるの?」
優しく、頬をなぞるカエデの指の腹。
触れられて初めて、自分が涙を浮かべていたことに気づく。
感情の出口がわからず、ただ熱がこぼれたみたいに、目元がじんわりしていた。
カエデの唇が、わずかに離れて糸を引いた。
カエデはそれを舌で拭うようにして、ちゅ、と音を立ててもう一度離れる。
ほんの短い時間なのに、永遠みたいに深く感じた。
「なんかカエデ…慣れてる…?」
苦し紛れに出た言葉に、カエデは心底予想外みたいな顔をして「まさか」って言った。
「……はじめてだよ」
その目が、さっきまでのカエデとはまるで違っていた。
心の奥までまっすぐに見透かすような目。
あまりの熱に、思わず「あ」と声が漏れた。
その場に落ちそうになった俺を、慌てて支えるカエデ。
呼吸が上手くできなくて、感情がせりあがる。
視線をそらすと、カエデの頬も少し紅く染まっていて。その仕草すら、どうしようもなく愛しかった。
「ごめん。……したくなった」って、俺の髪を整えながら、カエデは静かに言った。
「なんで謝るの」
自分でも驚くくらい切羽詰まった声だった。
「琉夏、泣いてるじゃん……嫌だった?」
「そんなわけない。……もっとしたい」
つい口から出た本音に、自分でもドキリとした。
けれどもう止まらない。
甘えるように体を寄せて、カエデの温度を確かめると、硬くなったモノがお互いに当たった。
二人して、視線を絡めて──不意に、ふっと吹き出した。
「なにこれ、俺ら。必死かよ」
「……このままじゃ、会場戻れないね」
照れ隠しみたいに笑い合いながら、
「ズラかる?」って言った俺に、カエデは少し目を泳がせてから、肩をすくめて言った。
「戻ろう。……まだデザート食べてないし」
名残惜しくて、「ちぇ」と拗ねたように口を尖らせると、カエデが笑った。
壁にもたれてスーツを直すその仕草も、今はちょっとした特別に見えて仕方なかった。
俺はそっと、まだ熱を持つ唇に触れる。
深呼吸しながら、自惚れそうになる自分の心を抑えていた。
こんなことをしながら、どうしても聞けない。
きっと望まない言葉をカエデから聞いてしまえば、奈落の底に落ちたみたいな気持ちになってしまうから。
「そろそろ戻れそう?」
カエデが俺の手を取った。
ちら、とズボンの前を見られて、笑ってしまう。
「…うん。もう行ける」
俺達はホールへ向かった。
