YOUTH
3年目9月上旬 ばあちゃんの手
琥一side
敬老の日ってやつで、楓のばあちゃんの家に顔を出しにきた。
ただ言ってしまえば、俺と琉夏にとっちゃここはもう“よその家”じゃない。勝手知ったるってやつだ。
古びた引き戸をガラリと開けた瞬間、奥の方から元気な声がした。
「琥ちゃん、いらっしゃい」
楓のばあちゃんは、相変わらず小さい体でせかせかと動いてて、でもその顔にはあったかいシワがたっぷり刻まれてる。
俺たちを本当の孫みたいに扱ってくれて、ちょっとくすぐったいくらいだ。
「いつもメシ食わせてもらってありがとうございます」って、俺は一応、礼儀として頭を下げた。
「まぁまぁ、そんなこと言わないの」
ばあちゃんは嬉しそうに笑って、俺の腰をポンと叩いてくれた。
縁側じゃ、先に来ていたルカが楓の膝枕でまどろんでいる。
目をしぱしぱさせて、でもどこか幸せそうで。楓はそんなあいつの髪を、何も言わずに撫でてた。
楓は、誰かの弱さを黙って受け止めるようなところがあって、ルカはそういうのにすっかり甘えてる。かく言う俺も、それに甘えさせてもらっていて。
俺もルカも。楓が好きで、離れがたい。
ばあちゃんがぽつりと言った。
「琥ちゃん、喧嘩はもうやめたのかい?」
俺は屈んで、ばあちゃんの目の高さに合わせる。
「やめました。ちゃんとケジメもつけました」
ばあちゃんは目を細めて、ゆっくりと頷いた。
「そうかい。よかったよ。……琥ちゃんも、琉夏ちゃんも、いい顔になったねぇ」
その言葉に、なんか背中をじんわり撫でられた気がした。
縁側の外じゃ、庭の柿の木が少し色づき始めていて、蝉の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。
俺は思った。きっとこういう時間のことを、静かに幸せって呼ぶんだろうなって。
ばあちゃんはしみじみと俺を見上げて言う。
「…特に琥ちゃんは、今が一番、いい顔してるよ」
俺はちょっとだけ笑った。照れ隠しのクセで、口元がひん曲がる。
「そりゃ、前がひどかったってだけっすよ」
「そうかい?」
ばあちゃんはそう言って、麦茶をすすった。
じわ、と。
ガキの頃のことが思い出される。
親を亡くして、うちに来たルカ。あいつは最初、誰とも目を合わせられなかった。だから俺は、“兄貴”でいなきゃって思ったんだ。
強くて、頼られて、なんでも平気なヤツで。
でもそれってつまり、自分が必要とされてたいってだけだった。誰かのために"こうあらなきゃ"って役割を演じることで、自分の存在意義を保とうとしてただけ。
俺の中には、そういう、汚ぇ部分があった。
俺でさえ誤魔化し誤魔化しでやってきたそんな一面を。
楓は――気づかせた。
あいつは俺の横で、誰に媚びるでもなく、自分を飾るでもなく、ただ自然体でいた。
俺が仮面かぶってても、気にしないでいてくれた。
逆に、それをそっと剥がす機会をくれて。
ソレでいいと、言ってくれた。そんな俺が好きだと、当たり前の事みたいに。
「嬉しそうにして、どうしたの」
ばあちゃんが言った。
「なんでもねぇです」
縁側の二人に目を向ける。
俺はもう、ルカが楓のことを好きだって気づいてる。それは俺が楓を想う気持ちとは少し違っていて。
多分、楓も気づいてる。
でも、どっちもそれを言葉にしない。
ただ、それでもちゃんと通じてる。
男同士がどうとか、そんなことはもうどうでもよかった。
そのくらい、あの縁側にある空気は暖かくて、優しい。
出会えてよかったって。はば学を受験した意味はここにあったんだって。
そんならしくないことまで思ってしまう。
「俺も……たまには、てめぇのまんまでいりゃいいっすかね」
女々しいことを呟いた俺に、ばあちゃんは何も言わずに、ただにっこり笑った。
それだけで、もう十分だった。
「……自分のしたいことを、自分らしくしたらいいんだよ」
ばあちゃんの言葉は、夏の終わりの風みたいに、俺の横っ面を優しくなでていった。
「琉夏ちゃんも、かえちゃんも、そのほうがずっと喜ぶだろうねぇ」
ばあちゃんは、そう言って俺の腕をそっとさすった。しわくちゃで、あったかい手だった。
俺は黙ってしまう。喉の奥がつまる感じがして、すぐには返事ができなかった。
けど、どこかで決めてたんだろう。
俺はもう、他人の期待の中だけで生きるのをやめようって。
俺は笑った。自分でも驚くくらい、自然に笑えた。
縁側に視線をやる。
俺は少し声を張って、二人に向かって言った。
「俺は大学には行かねぇぞ」
その言葉が出てくるまで、案外あっけなかった。
楓が肩越しに、ふいっと俺を見る。ゆるい表情のまんま、目だけがちゃんとこっちを見てた。
「…知ってるよ」
そう言って、楓はクシャッと笑った。
あの笑い方はずるい。何でもないような顔で、全部見透かされてる気がするから。
ルカは相変わらず動かない。でも、絶対聞こえてた。きっと目、開いてる。
でも、それでいい。それが俺たちだ。
