YOUTH

3年目8月上旬 花火大会
琉夏side


 「ラムネー。ラムネ買ってー」

 コウのバイト先のお得意さんに頼まれて、俺とコウは花火大会の露店の手伝いに来ていた。
 きゃぴきゃぴした浴衣の女の子たちが、上目遣いにラムネを買っていく。

 「アッチィ……全然売れねぇぞ…もうやめだ、やめ」

 焼き台の前は灼熱地獄だ。
 火の粉と油が弾ける中、コウはひたすらイカを返してる。汗が顎から垂れて、地面に滴った。

 そこへ、ふわりと醤油とバターのいい匂いが漂ってきて。ひょこ、とカエデが屋台の裏から現れた。
 片手に焼きそばとたません、じゃがバター。
 もう片手には冷えた炭酸を3本抱えて。

 「お待たせ。手伝うよ」

 浴衣の袖を軽くまくって、前髪をかき上げた仕草に、ぐっと喉が鳴った。
 俺は思わず見惚れながら言う。

 「カエデ、ホント今日もかっこいい…」

 「?ありがとう?琉夏も今日もかっこいいね」

 「ゔっ」

 あぁ、ダメだ。今日はずっと、俺の動悸がまともに機能してない。視界に入るたびにこんな調子で、ふわふわしてる。

 「いいって。頼まれてんのは俺とルカだけ──」

 ってコウが言いかけたその時には、もうカエデは前に立っていた。

 「いらっしゃいませー!いか焼き焼きたてありますよ」

 見なくても、笑顔なのがわかる呼び声。
 最初の客が「あの……一つください」って声をかけてきて、そこからは、もう。

 「はい、ありがとうございます。焼き立て、アツいから気をつけてね」
 「大変お待たせしました。お姉さん、醤油強めでいい?」

 カエデの柔らかい声と、笑顔と、手際。
 次の瞬間には行列ができてた。

 「……結局、顔かよ」

 コウがイカを返しながら、隣でボソッと愚痴った。

 「焼くのはイカだけにしろよ」

 俺が肩越しに言ったら、カエデが肩を震わせて笑う。
 「うまくねーんだよ」ってコウが舌打ちした。

 「ありがとうございます。美味しかったらまた買いに来てくださいね」

 カエデの笑顔に、受け取ったお姉さんたちは目尻を下げて「はい♡」って返事する。

 正直、わからなくもない。

 たくし上げた浴衣の袖からのぞく筋肉質の白い腕、額に光る汗。
 滴る汗をぬぐう仕草さえ、なんか映画のワンシーンみたいで。

 「………」

 その湿った首筋に、触れてみたいと思った。
 いや、冷やしたラムネの瓶をそっと当てたら、どんな顔をするだろう。

 「ありがとう。また来るね!」
 「かわいい~!彼女いる?」
 「写真撮ってもいいかな!?」

 群がる女子の声に、内心うっすら舌打ちするのは俺の番だ。
 カエデはいつも通り、にこやかに丁寧に応じてるけど、あの顔で、あの愛想で、笑われたら。そりゃ好きになるやつもいるだろ。

 カエデの横に立って、俺はごく自然な顔で、周囲の視線をぐるりと確認する。
 今、この輪に紛れようとしてる“虫”がいないか。いたら、そいつがイカを買う前に冷やす必要がある。

 「琥一。補充追いついてないよ」

 「今焼いてる。ちょっと待ってろ」

 油の飛ぶ音、笑い声、焦げた醤油の香り。
 その中で俺も。カエデを気にしながら、好奇の目を向けてくるお客さんにラムネを売り続けた。

 汗が目にしみて、胸元を垂れていく感覚を覚える頃。ラムネは氷の中からすっかり姿を消した。
 イカ焼きの皿も空になっている。
 達成感と汗に包まれて、俺たちは、誰ともなしに目を合わせて笑った。

 「終わったか……」

 コウが鉄板の火を落としながら伸びをする。
 カエデがその手にタオルを渡して、「お疲れさま」と笑った。

 花火が、上がる時間になった。














 夜空に光の大輪が咲くたびに、どぉんという破裂音が心臓に響く。
 毎年見ている大好きなはずのそれも、今この瞬間だけは褪せて見えた。

 ちら、と横目に、空を見上げるカエデを見る。

 紺色の浴衣が、彼の肌の白さを際立たせていた。
 髪の間から、襟足が少しだけのぞいていて、俺の目はそこから離れなくなった。
 風鈴みたいに揺れるリングのピアスも、長いまつ毛が落とす影も。花火の光に煌めく瞳も。
 全部が、なんかもう、綺麗で。

 「……」

 胸がドクドクして、落ち着けって思ってるのに、うまく息が吸えない。

 「琉夏?なんだか無口だね?」

 その声に、びくりと肩が跳ねた。

 「ん……いや……」

 言葉が詰まって、変な声が出た。
 首が熱い。耳まで熱い。
 冷静を装おうとして手をポケットに突っ込もうとする。ポケットはなかった。浴衣だった。手が空振りして、指先が宙を泳ぐ。

 カエデが笑った。
 その柔らかい笑顔に、とす、と何かが心臓を貫いた気がして。

 うわ、無理。直視できない。
 男の俺から見てもカッコよすぎて、目が合うだけで恥ずかしい。

 「……綺麗すぎて、どうしようかと思って」

 機能を停止させた脳が、何のひねりもない感想をそのままはじき出す。
 カエデは空を見上げて、「うん。本当だね」って頷いた。

 「今年の花火も、二人と見れてうれしいよ」

 「っ……うん……」

 まばたきの度にカエデの顔が残像みたいに残る。

 こんなの初めてだった。

 声を出したら絶対にバレるから、ぎゅっと拳を握って、心の中だけで言った。

 「オマエ以上に綺麗なモンなんて、存在しないよ」
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