YOUTH
3年目7月上旬 琉夏誕生日
琉夏side
カエデのばあちゃんが誕生日ケーキを食べた後に「琉夏ちゃん、今日は泊っていきなさい」って言ってくれたから、俺たちは二階の客間にいた。
ふかふかしているベッドに、ふたり、並んで座ってる。
外はもう真っ暗で、ガラス窓にはうっすら自分たちの顔が映ってた。
カエデが、「ちょっと待ってて」と立ち上がり、机の引き出しを開ける。
何かを取り出して、そっとこちらへ戻ってきた。
手に持っていたのは、小さな箱。
パチ、と蓋が開く音が、静かな部屋にやけに響いた。
中には──シルバーのリング。
シンプルで飾り気のない、でもどこか品のある輝き。
「お誕生日おめでとう、琉夏」
カエデが言いながら、少し照れたように笑う。
俺は一瞬、返事を忘れてぽかんと見つめたままになった。
アクセサリーなんて、生まれてこのかた誰かにもらったことなんてない。
ましてや、カエデから。しかも、指輪。
自分から渡したのはほんの2か月前だったけど、彼からお返しをもらえるなんて想像もしてなかった。
衝撃で、手が震えている。
「あ、あは……ありがと」
笑ってごまかしたつもりが、うまく息ができない。
ケースを受け取る手が揺れて、それをカエデがそっと包み込んで支えてくれた。
「裏にね、サクラソウのモチーフ入れてもらったんだ」
「っ」
声が、喉にひっかかって出ない。
「妖精の鍵なんでしょ?だから、琉夏にも……妖精がちゃんと、鍵を運んでくれますように」
そう言って、カエデはリングをそっと取り出し、俺の小指に迷いなく通した。
金属の冷たさが、体温で少しずつあたたまっていくのがわかる。
「うん、ぴったり。……よかった」とカエデは嬉しそうに、ほんとうに、何も知らない顔で笑う。
その顔が、いちばんずるい。
心臓の音が、うるさすぎて、鼓膜がふるえてるみたいだった。カエデの声が少し遠くに聞こえる。
呼吸が浅くて、うまく笑えない。
「カエデ、俺の事すごく好きだよね」
頭の中ではいつもの冗談のつもりだったそんなセリフが、実際に口から出すと、思ったよりもずっとシリアスに響いた。
カエデも少し面食らったのか、 少し目を泳がせた後で、「好きだよ」と掠れた声で答えた。
にんまり笑いそうになる口角を意地で抑えて、平静を装って尋ねる。
「どのくらい? 」
カエデは少し考えて、片膝を上げて抱えるようにしながら、小さく息を吸った。
「…琉夏がいなくても、今何してるかなって考えるくらい…?」
思わず吹き出しそうになる。
自分が言っていることも、それがどういう意味かも。
きっとカエデはわかってない。こいつは、そういう奴だ。
「俺も。じゃあ俺たちって、両思いだ」
そっとカエデの指先に自分の指を絡めた。
「それじゃあ、キスして。恋人同士のやつ」
俺の言葉に、「ん?」とカエデは小首をかしげた。きっとカエデにとっては、脈絡のない会話なんだろう。
何も言わずに、ただじっとその顔を見つめていると、カエデは気まずそうに笑った。
「……琥一がいたら、男同士でやめろって言うね」
「なんでコウの名前が今出てくんの」
俺は反射的にカエデの首の後ろに手を回して、そのまま引き寄せる。もう考えるより、先に身体が動いていた。
カエデが小さく息を飲む音が聞こえたけど、今さらどうしようもない。
ためらいの隙もなく、俺は唇を重ねた。
思っていたよりも、ずっと強く。
噛みつくみたいなキスになった。
ガチって唇の裏に歯が当たって、ちくりと痛む。
「…っ、」
カエデが苦しそうな声を上げる。
仕方なくそっと離れたあと、俺は少しだけ息を整えて、どこかやけになったみたいに言った。
「どう?カエデも…男同士でやめろって思う?」
その瞬間、カエデはぽかんとして、少しだけ頬を赤く染めながら、ぽつりと「えぇ…」と消え入りそうな声を漏らした。
「よく……わからない」
その言い方があまりにもカエデらしくて、少し笑ってしまった。
その言い方には、たしかに俺を想ってくれてる温度がある。
俺の知らないふうに、俺を大切にしてくれる声だった。
だからきっと、これは拒絶じゃない。
まだ、知らないだけなんだ。
一緒に探していくのも、悪くはないんじゃないかなんて思ってしまうくらいには、俺はカエデが好きだと気づく。
俺は指先で、カエデにもらったリングを撫でた。
それは無機質で、でもとても暖かかった。
