YOUTH

2年目1月下旬 大人しい俺たち
琉夏side


 「脱ぐの手伝おうか?」

 片腕と片足がギプスで固められてると、身体って想像以上に自由を失う。
 もたもたしている俺を、真顔のままカエデは器用に剥いて。俺よりも高いその背に支えてくれながら、風呂場に入った。

 黒い石のタイルに湯気がやわらかく貼りついていて、空気がぬるく肺に入ってきた。
 カエデはなにも言わずに、俺を風呂椅子に座らせた。ギプスが濡れないように、丁寧にビニールとタオルが巻かれていく。

 「頭、洗うからちょっと上剥いて目閉じてて」

 そう言って、カエデは俺の背後にまわった。
 顔にお湯がかからないようにそっと額のラインを押さえられた。それから泡を立てて、指先で丁寧に頭皮をなぞっていく。
 力の加減もちょうどよくて、口元から少し力が抜けていくのがわかった。
 
 唐突にそっと顎の先に手が触れて、自然と顔が上を向く。目を開けると、俺を覗き込む逆さまのカエデと目が合った。汗をかいた額に、しわが寄っている。

 「……痛かった?目、しみる?」

 「うんん。全然。寝ないように、頑張ってただけ」

 「そっか。流すよ。目閉じててね」

 ぎゅっと心臓が鳴る。

 「体は自分で洗ってね」

 カエデの声がして、膝の上にタオルが置かれた。俺はうなずいて、ギプスのついてない方の腕で肩をこする。
 カエデはその間にも、自分の頭を洗い始めた。

 「あんま手際いいからさ、なんか……犬でも洗ってるみたいに思ってんのかと思った」

 調子を取り戻すために、軽く言ったつもりだった。
 でもカエデはぴくっと一瞬動きを止めて。

 「思ってないよ」

 その言い方があまりにも真剣で、俺は黙ってしまった。

 「治るまで僕が洗うからね」

 「さすがにそれは…いくら俺でも気が引ける」

 「そう思うなら安静にして、早く治してね」

 「うーん、仰せのままに」

 ふざけた返事だったけど、嬉しくて声が弾んだ。

 ホントは、「ずっとお前にこうされてみたかった」って言ってしまいそうだった。
 いつもカエデに触れてしまうのは、触れてほしい気持ちの裏返しだった。

 コウがきいたらきっと「男同士で気持ち悪い」って言うだろう。
 俺は黙ったまま、カエデの手の温度を、皮膚の裏に覚え込ませるように目を閉じた。

















 洗い終わったあとの俺は、カエデに押しこまれるみたいにして、湯船に入れられた。
 湯が肩まで浸かると、骨のまわりがやっと緩む感じがした。どこかで痛みは残ってるはずなのに、湯気のせいで感覚がぼんやりしてきて、しばらくそのまま動けなくなった。

 カエデは俺の様子をちらっと確認してから、風呂場のドアのほうへ向かって呼んだ。

 「琥一、次だよ」

 その声を聞いたとき、俺はちょっと笑いそうになった。

 コウは俺以上に喧嘩っ早くて、かなり無愛想な男だ。筋肉がでかくて、口が悪くて、人に触られるのが大嫌い。
 そんなコウが風呂場に入ってくるとき、なんとも言えない顔をしてた。タオルを腰に巻いたまま、明らかに気乗りしてない足取りで。

 「腕上げるの痛いんでしょ?髪と背中だけ洗うから」

 カエデが言うと、コウはむすっとしたまま何も言わず、椅子に座った。あのコウが、カエデ相手には文句のひとつも言わないらしい。

 ほんとに信じられない光景だった。

 カエデは無言でシャンプーのボトルを手に取り、泡立てながらコウの髪に指を差し入れる。でかい身体がカエデの手に委ねられてるのが、なんともおかしかった。

 まるで山を洗ってるみたいだった。

 カエデの指が髪から首筋へ、そして背中のほうへ移っていくと、コウの肩が一瞬ぴくっと動いたけど、文句は言わなかった。
 多分、口を開いたら負けだと思ってるんだろう。コウのそういうところ、わかりやすい。

 「痒いところとかない?力加減大丈夫?」

 「おう…」

 「…おう?」

 不思議そうに苦笑するカエデ。
 俺は湯船の中で拳をぎゅっと握りながら、噴き出しそうになるのを必死でこらえた。自分がさっき同じように洗われてたってこと、いったんどこかへ置いといて。

 「なに笑ってやがんだバカルカ」

 気づかれたら面倒だから顔をそらしてみたけど、コウの低い声が聞こえてきた。

 「笑ってない」

 俺は真面目な顔をつくって言った。
 コウが舌打ちした。

 泡が流れていくのを、カエデはじっと見ている。そのカエデを、コウの目がずっと眺めていた。
 
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