YOUTH
3年目4月上旬 サクラソウのチャームリング
主人公side
「なんか平和だな」
「ほんとにね」
僕たちはカフェでパフェを食べて、臨海公園のベンチに座って、行き交う人たちを意味もなく眺めていた。
カップルのデートコースに男二人で並んでそうしているのが、妙に落ち着くようにすらなっていた。
琉夏はアイスコーヒーを飲み終えると、ちょっと迷うような手つきでポケットの中をごそごそと探る。
少しして、小さな白い箱を取り出した。それは無地の、小さな紙箱だった。リボンも何もない。
「あげる」
そう言って琉夏は、それを僕に差し出した。
「え」
僕は若干、戸惑っていた。誕生日でも、何かの記念日でもない。ホワイトデーも過ぎているし、改まったプレゼントをするにはあまりにもただのなんでもない日だった。
「なに? なんかしたの?」
冗談めかして言ったけど、琉夏は笑わなかった。
「ちがうよ。別に深い意味とかない。そういうんじゃなくて、なんか、あげたかっただけ」
そう言って、少しだけ目をそらした。
箱を開けると、中には小さなチャームリングが入っていた。
銀色の細い輪に、小さな花のモチーフが揺れている。透き通るような淡いピンク色で、花びらが光を受けてやさしく反射していた。
どこかで見たことのある花だ。
「……綺麗だね」
僕は素直にそう言った。
花が好きなわけじゃない。
でもこれを見たときに僕を思い浮かべてくれた琉夏の時間を想像すると、胸の奥が不思議にくすぐったくなった。
「外国じゃ、”鍵の花”っていうらしい。この花のこと」
琉夏が言った。僕はちらっとリングを見てから、首をかしげる。
「なんの鍵なの?」
「…知りたい?」
「うん。」
「…教えない」
えぇって素直な非難の声が出そうになって、僕は口をつぐんだ。そんな僕をちらっと見た琉夏は「笑うなよ」と前置きする。
「妖精の鍵。これを持ってると、妖精が道案内してくれる」
妙に真剣な目で、そんなことを言う。
なんだか僕は、不思議なものを見ている気分になった。きっと琉夏は、本気でそれを信じている。でもどこか大人びた彼の一面が、同時にそれを馬鹿にしているようにも見えて。
だからこそ僕に「笑うな」と言ったのかもしれなかった。
「素敵だね。花の名前は?」
「…サクラソウ。」
「サクラソウかぁ。聞いたことなかったな」
そう言いながら、僕はリングを指に通した。ちょうど薬指に、ぴたりと収まった。
琉夏がそれを見て、わずかに笑った。どこか安心したような、傷ついたような微笑みだった。
「似合うよ。……やっぱり」
彼の声は静かだった。
でもその静けさの中に、なにか揺れているものがある。
僕はうまく返事もできずに、リングをそっと外して、チェーンに通して首にかけた。
「失くすと嫌だから、ここにかけていつも身につけておくね」
琉夏は頷いた。それだけだった。
沈黙があって、そのあとで少しだけ笑った。
「ありがとう、嬉しい」
僕が言うと、琉夏は目元を緩めて「うん」って頷いた。少しだけ、まばたきの回数が増えた気がした。
僕はアイスコーヒーを飲んだ。
心の奥がじんわりと熱くなっていた。まるでサクラソウの花弁が、胸の中でそっと開いたような感じだった。
夕暮れの光の中で、ほんの少し頬が赤く見えた気がして――僕は自分の胸の奥が、すこしずつ熱を帯びていくのを感じていた。
“妖精の鍵”
それはたぶん、僕の想いに気づく前の、最初のドアを開ける鍵だったのかもしれない。
