YOUTH
2年目3月下旬 もう一度、ピアスの穴
主人公side
彼が小さな銀のピアスをくれたのは、日曜日の午後の遅い時間だった。壊れたブラインド越しの陽射しはもう少しで色を変えそうで、ウェストビーチの空気はどこか控えめに沈黙していた。
テーブルの上には冷めたコーヒーと、読みかけのペーパーバックと、それから僕が買ってきたバニラの香りのキャンドルが置かれている。
「お前、ずっと同じピアスつけてんだろ。たまには気分変えろ」
「それ君には言われたくないんだけど」
「俺のは例外だ」
琥一はそう言って、小さな白い箱を渡した。中には指先ほどの、小さなシルバーのピアスがふたつ。表面はつるりとして、光を吸い込むような質感だ。
よくみるとそれは、小さな花のモチーフで。何の花かはわからないけど、小ぶりなそれは銀色の柔らかな光を反射して、咲き誇っているようだった。
正直、かなり意外だ。琥一が男の僕に、アクセサリーを。それも花のモチーフのものをくれるなんて。こんな、なんでもない日曜日に。
僕はそれを両手で受け取って、しばらく黙った。焦れた琥一が「好きじゃなかったらつけなくていい」ってぶっきらぼうに言う。
僕は慌てて顔を上げた。
「違う。好きだよ。とっても可愛いと思う。」
僕は箱の中のピアスに目線を落として続ける。
「あのさ。もう一つ、穴を開けてよ。今つけてるやつは、なるべく外したくないし…せっかくなら両方つけたい」
「…もう一つだぁ?」
彼は少し眉を上げて僕を見た。それから目線を落とし、静かに笑った。
「本気か?」
「うん。今のこれと並べたら、いい感じになると思う」
耳たぶを指先でなぞりながら僕は言った。カウンターの奥で冷蔵庫のモーターが小さく唸りを上げていた。何も起こらないような午後だったけど、確かに何かが少しずつ変わりはじめていた。
彼はしばらく考えるように黙っていた。それから立ち上がって、洗面所から氷と消毒用のアルコール、それに小さな安全ピンを持ってきた。
ぎょっとして、目を見張る。ピアッサーじゃないのか、と思ったらぞわっと鳥肌が立った。
「ごめん、ピアッサー買ってくるから…それは嫌かも」
「あ?あぁ、そうだよな。悪い」
僕はすぐにピアッサーを買いに行った。ウェストビーチに戻ると、琉夏が帰ってきていて。「聞いたよ。ピアスもうひとつ開けるんだって?」と小首をかしげた。
「うん。前みたいに二人で片方ずつ開けてくれる?」
「もちろん。そのためにダッシュで帰ってきた」
「あぁ、そうだったんだ」
僕は耳たぶを洗ってきて、赤いスツールに座る。琥一はピアッサーを構えて、横に立った。
彼の手は記憶より硬くて、耳にふれる指先はしっかりと熱を持っている。ピアッサーを構えるその姿勢が妙に丁寧で、それが少しおかしかった。でもなぜだか、声に出して笑う気にはなれなかった。
「あけんぞ?」
「うん」
乾いた音がして、ピアスの針が通った。
瞬間的な痛み。彼は何も言わずに、ピアスをそっと回してから、椅子に深く座り直した。
次は琉夏の番だった。
なんだかいつもより口数が少ない。
普段なら「ビビってる?」とか「泣いたら笑うよ」なんて言いそうなのに、今日は不思議なほど静かだ。
彼は僕の右耳に目を落としたまま、長いまつげを少しだけ伏せた。
「痛くないようにするから」
彼はそう言ったけれど、それが本当じゃないことはもうわかっていた。むしろその痛みを、彼は僕に経験させたがっているようにも思える。
琉夏の指は白くて、ごつごつしている。
すごく強そうなのに、ピアッサーを構えたとたん、指先にわずかな震えが走った。僕は何も言わなかった。ただなんとなく、彼の目を見ないようにしていた。
音がして、右耳に小さな衝撃が走った。
琉夏は息を詰めていた。僕の耳たぶからゆっくりと手を離すまで、何秒もかかった。
「ありがとう」と僕は言った。
「コウにピアスもらったの?」
琉夏は僕を覗き込んで、ふわりと目元だけで笑う。
「うん。穴が安定したらつけるつもり」
「そっか」
その日僕は、両耳に小さな穴をもらった。
それは彼らにもらったリングのピアスの横に添えられた、小さな証みたいなものだった。
