YOUTH
3年目4月中旬 お花見
主人公side
「三年生か……」
ふと、口に出していた。
頭上を見上げれば八分咲きの桜が、風に揺れていた。満開というにはいささか誇張があるが、それでも十分に見ごたえがある。
少し離れた場所では、大学生らしい四人組がブルーシートの上で騒いでいた。ビールの缶が開く音と、誰かが笑い声をあげる度に桜の花びらが煌めいた。
ちらりと横目で二人を見る。同じようにレジャーシートを敷いた上で、僕の作った重箱をつつく二人は目を細めて上を見ている。
「ずっと三人で、こうしていられたらいいのに」
気づけばそんなことを呟いていた。
隣にいる琉夏が、口を尖らせる。
「やだ、俺は早く大人になりたい」
彼らしい返事に、僕は笑ってしまう。
「なんで?」
「子どものままじゃできないこと多いし。もっと色々、自由にできるようになりたい」
その横で、琥一は何も言わずに空を見ていた。
桜が舞うたび、まぶしげに瞬きしている。
表情は変わらないけれど、何かを噛みしめるような、そんな静かな横顔だった。
そんなときだった。
「イケメンすぎ!」
高めの声。携帯を持った女子グループが、少し離れたところからこちらにカメラを向けていた。
笑いながら、撮った写真を友達同士で見せ合っている。
「今琉夏のこと撮ったよね?」
「ったく…めんどくせぇな」
僕の隣で琥一の声が低く落ちる。
次の瞬間にはもう立ち上がっていた。早い。
「おい」
その一言に、空気がぴりっと張りつめた。
女子たちがぎょっとして一歩引く。琥一の身長が、威圧感も加えてずしりと立ちはだかっていた。
「勝手に撮んじゃねえよ」
「えっ……」
「ご、ごめんなさい……」
携帯を後ろに隠そうとするその手を、琥一は掴まない。ただ睨むだけで、声を低く重ねる。
「今の、消せ」
僕もゆっくり立ち上がった。
少し空気が張り詰めすぎている。
場を崩さないように、でも意志は伝えたくて――やわらかく笑って、その画面をのぞき込む。
「ね、お願い。消してくれる?」
「え、でも……」
女子のひとりが、ばつの悪そうな顔で目をそらす。
僕は変わらず笑顔のまま。だけど視線は逸らさない。
「ほら、君らもさ、髪整える前に撮られたら嫌じゃない?」
ようやく相手が観念したように携帯を操作する。
「……はい、消しました……」
「ありがとう」
穏やかに返してから、そのまま視線を外して琥一の方を見た。彼はまだじっと相手を見ていたが、僕と目が合うとようやく肩の力を抜いたようだった。
「……行くぞ」
「うん」
踵を返して、琥一と肩を並べる。近づいた目線のおかげで、前よりもずっと彼の表情が見えるようになった。
何かを言い淀んでいる顔が、僕の視線に気づいてため息を吐く。
「俺も、お前と同じだ」
「うん?」
「ずっとこのまま、何度だってお前と桜が見てぇ」
彼の髪に、花びらが落ちている。
「最近な、ガラにもなく考える。いつまでこうして、プラプラしてられんだろうなって」
「うん…僕もだよ」
僕は頷いて、彼の頭についた桜に手を伸ばす。少し笑って琥一は、僕の方に顔を傾けた。緩んだ薄い茶色の瞳が、じっと僕を見ている。
きっと彼も、この時間が惜しいんだろう。
琉夏はと言えば、ずっと座ったまま桜を見上げていた。
けれど僕らが戻ってくると、何でもなかったようにおかずの残りを口に放り込んでいた。
「おかえり」
「呑気なもんだな」
琥一がぼやくと、琉夏はにやっと笑って口を尖らせた。
「花見だし。ウツクシーものを写真におさめたくなる気持ちは、俺もわからなくねぇよ」
その調子に僕は苦笑する。
風が吹いて、また桜がふわりと舞った。
さっきまでの静けさが戻ってくる。琥一も僕も、またそっと座り直した。
春の午後の光が、彼の瞳の奥にゆっくりと差し込んでいた。
