YOUTH

3年目4月下旬 レコードが好きな理由
琥一side


 俺が190、楓はこの春で185になった。
 並ぶとけっこう目立つし、周囲からは「もう一人の桜井兄弟」とか「圧迫感」とか言われる。

 つい一年前までは落ち着かなかったが。
 最近は妙に馴染んできた。

 女みてぇにベタベタされるのも、基本は苦手だ。けど、コイツ相手だとあんまり抵抗がない。
 ルカが四六時中楓にくっついてるせいかもしれない。毒されてきてる。

 「琥一、一番好きなレコードってどれ?次それ聴きたい」

 棚に並べたレコードを、楓は見ている。

 指一本触れねえあたりが、逆に律儀だ。
 前に「取り扱い注意な」って言ったの、ちゃんと覚えてるらしい。

 ウェストビーチに来ると、こいつは必ず音楽を聴きたがる。
 最初は俺に付き合っているだけなんだと思っていたが。

 楓は”ヴィンテージを触ってる俺”が好きらしい。誰のためにも生きていないその様子を見るのが好きだと、フリーマーケットに行ったときに、そう言っていた。
 こっぱずかしいことも、こいつが言うと変に納得してしまう。俺もだいぶキテるかもしれない。

 「これとか、一番聴く」

 カエデの肩越しに腕を伸ばして、レコードを一枚抜いた。
 並ぶと、視界に入る頬のラインが妙に近い。
 俺とルカで選んでやったピアスが、光を受けて揺れていた。

 石鹸の匂いがした。

 俺の整髪料の匂いと、その香りが混ざる。
 思わず肩口に顎を置いて、すんと匂いを吸った。

 「…わり…っ」

 気づいた時には、もうそうしてた。
 けど楓は特に驚くわけでもなく、ただレコードのジャケットをじっと見てた。慣れた、って顔だ。

 「じゃあ次はこれ聴こう」

 そう言って微笑んだ楓に、喉の奥が熱くなる。

 「……ああ」

 短く答えて、レコードをプレイヤーにセットする。
 針を落とすと、パチパチと微かなノイズが立ち上がり、やがてそれは、当時の鼓動を呼び覚ますリズムになる。
 ロカビリーが鳴り始めると、部屋の空気は一変する。

 「この跳ねるみたいなウッドベースが気持ちいいんだよね」

 目を閉じたまま、楓がぽつりと呟いた。

 レコードプレイヤーから流れるのは、50年代のロック。ギターの振動が心臓を揺らし、目を閉じるだけでアメリカ南部のダイナーが見える。
 革ジャンとポマードのにおいが、レコードの溝から立ち上ってくるみたいで。今にもエルヴィスの幻影が壁の向こうから現れそうな気がする。

 「あぁ。音楽ってより、記憶だな」

 「そうそれ、記憶。ロカビリーってさ、”古き良きアメリカ”の、黄昏と埃に包まれた記憶って感じ。永遠に色褪せないね」

 俺もそう思う。
 言葉少ない返事でも、こいつはそれで満足してくれる。

 楓の隣は、不思議と楽だった。
 無理に喋らなくてもいい。無理に気張る必要もない。
 同じ音楽を聴いて、同じように時が流れていく。

 「琥一のザ琥一みたいな部屋でレコードを聴くこの時間が好きなんだよ僕は」

 「ほんと…物好きだな」

 「そんなことない」

 クッションを抱きかかえて、ベッド脇にもたれてあぐらをかく楓。目を閉じてじっと耳を澄ませている顔が、なんだか大人びて見えた。

 じっと見てたら、ふと、1年の時のことを思い出した。
 「女みてぇな顔だな」って言ったら、とんでもなくへそを曲げられた。
 コンプレックスだって、はっきり言われた。

 今の楓はもう、全然“女”って感じじゃない。
 でも――

 それでもやっぱり、整った顔立ちとか、すべすべして柔らかそうな頬とか、長いまつ毛、光の加減で艶っぽく見える髪――そういうのが、どこか中性的に見える。

 別に、変な意味じゃない。
 ただ、妙に目が離せなかった。
 「整ってんな……」って、そう思っただけで。

 「…なんなんだ、俺。」

 そう思いながら、目を逸らす。

 けどレコードの音が続くなかで、目を閉じている楓の表情が、まるで音楽の中に溶けてるみたいに見えて――
 また、ふと視線が戻ってしまう。

 なんか、へんな感じだ。

 レコードの針が一段深い音に移る頃、下で扉が開いて階段を上ってくる音が聞こえた。

 「やっぱり。カエデ来てんじゃん」

 振り返らなくても分かる足音。

 「……」

 楓の瞼がすこし開いた瞬間、ルカがそのまま近づいてきて、なんの躊躇もなく膝に頭をのせた。
 楓はあぐらのまま体勢を変えず、目だけ開いて一瞬見下ろす。

 「…え、なんでそこ?」

 「んー、休憩。オマエあったかいし」

 ごく自然に、ルカの指が楓の髪に触れる。
 柔らかさを感じる髪が、音もなく落ち着いた光の中で揺れた。

 「んーやっぱ、さわり心地いい」

 ルカの指が、そのまま楓の頬に移動した。
 つまむ。

 「……あ、柔らか」

 人差し指と親指で、感触を楽しむように引っぱる。
 スベスベの肌が、うっすらと引っ張られて、でもすぐ戻ってくる。

 「コラルカ」

 楓の頬に触れるルカの指先を見ながら、なぜだか――俺も、触りたいと思った。
 やわらかそうだな、とか。どんな感触だっけ、とか。
 そういうことを、唐突に考えていた。

 気づいたら、手を伸ばしていた。
 自分でも呆れるくらい、無意識に。

 「あー……」

 少しだけ躊躇した後、指先でそっと、楓の反対側の頬をつまんでみる。

 やっぱり、柔らかかった。
 つまんだ瞬間、肌が押し返す感じと、指に吸いつくような温度があった。

 「……今日は琥一まで僕のほっぺたを……」

 楓の呆れた声。
 でも怒ってる感じじゃない。
 ただあきらめたようなトーンで、こっちを見上げていた。

 頬を両側からつままれて、いつもよりちょっと間抜けな顔になってる。

 「俺ら、触りすぎ?」

 ルカが笑いながら、楓の前髪をふわっと跳ねさせた。

 「……君らっていうか、主に琉夏だけどね」

 そう言って、楓は膝の上でルカの頭を軽くとんとんと撫でた。
 なんだか唐突に俺は、手を離すのが少しだけ惜しくなった。














 気づいたときには、もうふたりとも寝てた。

 レコードの針が終わりのほうをなぞる音だけが、部屋に柔らかく残っている。
 ベッド脇にもたれたまま、楓は舟をこいでいる。
 その膝の上に乗っかっていたルカは、ぴくりとも動かない。顔を少し埋めたまま、呼吸が深い。

 「……寝たか」

 ため息じゃなくて、確認のつぶやきだった。

 レコードをそっと止め、棚から一枚、また別のやつを取り出す。
 ゆっくりと針を置いた瞬間、ほんの少し掠れたような音が流れる。
 ロカビリーとは違う、カントリー調の音。フィドルとアコースティックギターの音が、まるで田舎道を軽トラックで走り抜けていくようなテンポで流れていく。

 窓を半分だけ開けていたから、潮の匂いが入り込んでくる。少し湿った空気。カーテンがふわっと持ち上がるたび、部屋の中の匂いもかすかに変わる。

 ルカはまるでガキみたいに、いつの間にか楓のパーカーの裾を握ってる。

 「……」

 口には出さないけど。
 きっとこいつが一番落ち着くのは、楓の隣なんだろう。

 ガキの頃から見てきたルカが、止まり木を見つけたみたいな。そんな安心感。安堵にも近い。
 沸き上がる少しの寂しさが、今は心地いい。

 「…はぁ」

 妙にうとうとしてきて、目を閉じる。

 俺はレコードが好きだ。ヴィンテージもんが好きで、ずっと集めている。
 古いものは、手がかかる。一度使おうと思うだけで、毎度ちょっとした手入れ儀式がある。
 そしてその儀式の中に、俺が日々失いがちな何かがある。たとえば落ち着きとか、手触りとか。過去と今をつなぐ目に見えない因果みたいなもの。
 それから、レコードの音は少しだけ不完全だ。高音が丸くて、低音が湿っている。

 手のかかる儀式と、不完全さ。
 でもそれが不思議と、俺にあっている。

 だから俺はレコードが好きだ。
 こうして日常の中にそっと添えられる、古い友人と静かな午後を無言のまま過ごすような、そんなのがきっと。俺には大切だから。
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