YOUTH
2年目1月下旬 ヒーロー
琉夏side
連れて行かれた埠頭には、見覚えのある車が何台か止まっていた。
どの車もでかい音でギャングスタラップをウーハーから響かせている。
俺達は促されて、車から降りた。
一斉に振り向いた顔の中には、見覚えのあるのもそうじゃないのもあった。中学時代の同級生もいた。
車のヘッドライトに照らし出された顔は、どれも緊張して俺達を見る。
周りの空気が、音がしそうなほど張り詰めている。
「…もうお前らには絡むなってことだったか?」
「あの世話係は、お前らに絡むのをやめる代わりに、好きなだけ自分を殴れって抜かしやがったぞ?」
ヨタカドの二人がそう声を上げた。
コウはでかいため息を吐いて、「俺たちで始めたんだ。俺たちで収めろ」と言った。
奴らは目配せをして、どうするか探っているようだった。
黒髪が一歩前に出て、コウを睨む。
「で?どうしてくれんだ?」
コウは小さくため息をついた。
「好きにしろ。お前らも気が晴れんだろ?」
「コウ!」
いきなりコウが殴り倒された。コウは少し顔をしかめただけですぐに起き上がった。
それから俺を見て、少し笑った。
「これで終わりにすんだろ?腹、括ろうぜ」
それを合図にしたみたいに、ヨタカドの連中が殴りかかってきた。
地面に這いつくばりながら俺は、コウがレンジャーの歌を口ずさむのを、聴いたような気がした。
俺たちはニヤニヤしたまま、立てなくなっても殴られた。
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遠ざかっていく車とバイクの音。
さっきまで鳴っていたギャングスタラップは、もうどこにもない。
静寂というより、置いていかれたような空気。
指の先まで言うことをきかない体を、コンクリートに投げ出したまま、俺は空を見ていた。
すぐ隣では、コウが同じように転がっている。
「コウ、生きてるか」
擦れた声で問えば
「あたりめーだ」
相変わらずの調子が返ってくる。
顔を動かせば痛むから、空だけを見て笑う。
どれだけここにいたのか。誰もわからない。
そのとき、バイクの音が一つ、近づいてくる。
その音を聞いた瞬間――何かが胸の奥で弾ける音がした。
「琥一!琉夏!」
駐車場の空気を震わせて落ちた、あまりにも聞き慣れた声。
「あれ。コウ、呼んだのか?」
「んなわけねーだろ」
転がったまま、俺たちは同時に笑い声をこぼした。もはや息にもならないほどの、ささやかな笑い。
カエデの顔が、すぐ上にある。覗き込んだ瞳には、涙が溢れていて。
「ばか……」
その瞳を見た瞬間、勝手に言葉がこぼれた。
「ゴメン……ほら、コウも謝れ」
「……あぁ。まぁ、悪ぃ」
「許してやって。これで終わりだから。な?」
「まあな。もうアイツらも、俺らは眼中にねぇだろ」
ぽたり、と頬が濡れた。カエデの涙だ。顎を伝って、俺の上に落ちる。
カエデの手が、俺とコウの手を握っていた。
大きな瞳で瞬きもせずに、声もなく泣いていた。
しゃくりあげることもなく。ただ深く、深く──まるで自分の中の何かが壊れてしまったように。
「ごめん」
ぽつりとこぼした声は、いつものあいつの声とは違っていた。
「ごめんなさい」
遠くから、救急車のサイレンが近づいてくる。
「なんでお前が謝んの」
思わず言ったその問いに、カエデは顔を伏せたまま、唇を震わせる。
「……どんな気持ちか、わかったよ」
痛みの色を宿したその声に、息が詰まった。
救急車が止まり、人の気配が急に騒がしくなる。担架が俺らの横に並べられる。
けれどカエデは、手を離さない。
「苦しい」
そのひとことが、今夜いちばん心に突き刺さった。
「苦しいよ、僕」
壊れた声。
まるで自分の中にあった「なにか」を噛み砕いて。
それが苦くて、熱くて、痛いんだと言わんばかりに。
「君らがそんな傷つくの、もう見たくないよ」
「…うん。俺らも、お前が傷つくのは見たくない」
「うん。苦しい」
「そうだね。苦しいものだ」
「うん」
担架が持ち上げられて、身体が宙に浮く。その視界のなかで、ずっとカエデが俺たちを見ている。
「でも、もう終わったから。泣かないで、カエデ」
その目に宿る痛みは、俺たちを思う痛みだ。
ホッとして、体が緩む。
よかった。
これでもう、カエデに絡んでくる奴もいない。
どこか投げやりになることのあるカエデを巻き込むこともなければ、自分を差し出すようなこともしないだろう。
俺達も、カエデの隣にいられる。
嬉しくて、安堵で。視界が歪んだ。
胸に刻みつけるように、唇を噛む。
この夜の痛みと一緒に。
