YOUTH

2年目1月上旬 年明け
主人公side


 大晦日の夜、仕事で駆り出された年越しパーティーからの帰り道。
 一緒に行ったおばあちゃんは、仕込みのために年越しはホテルでするらしい。

 「おばあちゃんいつまで働くんだろ…」

 冷えた空気がマフラーの隙間から忍び込む。
 街灯の下、吐く息が白く広がっていくのを、ただぼんやりと見ていた。

 家の前まで来たときだった。聞き慣れたエンジン音がすっと耳を打つ。

「よう」

 玄関前に、SR400が止まっていた。
 革のジャケットに身を包んだ琥一が、口角をあげる。

 その横で、荷物を抱えた琉夏が「来ちゃった」と、僕を見る。冬の夜に似合わない、どこか夏みたいな笑顔だった。

 「え」

 思わず声が洩れる。
 だって、年越しはひとりだと思っていたから。

 「年越し、一緒にしようぜ」

 琥一が、ぽいっと袋を片手に掲げる。
 そこからはみ出した紙袋の中には、年越しそばの具材らしきもの。

 「……ありがとう、二人とも」

 ぽつりとこぼれた言葉に、琉夏が首を傾げる。

 「なんのこと?」

 いつもと変わらない調子。でも、それが嬉しかった。

 三人で台所に立って、そばを茹でた。
 笑いながらネギを刻んで、海老天を油で揚げた。
 窓を開けて換気すると、外の冷たい空気が肌を撫でていった。

 食事が終われば、今度は家の中を総出で掃除。雑巾と掃除機と箒で家中をぐるぐる。琥一が「おらー床のほこりが逃げてんぞ!」と叫び、琉夏は「そっちは俺がやるからカエデは台所拭いて!」と指揮をとる。

 僕も負けじと走って、磨いて、洗って──時計の針は気づけば、11時50分を指していた。

 「やべぇ年明けんぞコラ!」

 琥一の声に、僕らは顔を見合わせて「走れー!」って叫びながら、外に飛び出した。

 鐘の音が響いてくる。
 どこからか、カウントダウンをする人たちの声も重なった。

 「さん!にー!いち!」

 「はっぴーにゅーいやー!!!!」

 歓声が、冬の空に弾けた。
 誰かが花火を上げたのか、小さな光がパッと瞬く。

 僕らは、肩で息をしながら笑い合う。冬なのに汗ばんで、喉が乾いて、でも心の奥は満たされていた。

 「去年はお世話になりました。今年もよろしく。」

 琉夏が言いながら、僕の肩を抱き寄せた。
 近くで香るシャンプーの匂い。ふいに髪の中に顔をうずめられて、すん、と音がして。

 「ひっ」

 変な声が出てしまった僕に、琉夏はにこにこしながら、「いい匂い。俺、コレ好き」とさらっと言ってのける。君も今、全く同じ匂いのはずだけれども。

 「ことよろだ」

 琥一がどこか照れくさそうに笑って、僕の首に巻いたマフラーをぎゅっと締めた。

 「ちょ、苦しい!」

 「うるせぇ、正月だ。幸せってのはちょっとくらい息苦しいくらいが丁度いいんだよ」

 「そんな理屈ある……?」

 「コウ冴えてるな」

 琉夏はそう言って、自分の首に巻かれているマフラー──僕がクリスマスにあげたものをきゅっと締めなおしている。
 琥一はさらにそれを締めなおして、「う”」という琉夏を見て子どもみたいに笑った。
 新しい年のはじまりに、僕は心のどこかでそっと願っていた。

 今年もいい年になりますように。


















 窓の外はまだ暗く、星がかすかに瞬いていた。
 リビングの明かりだけがぼんやりと灯っていて、静かな家の中に、ほんのり出汁の匂いが残っている。

 テーブルの上には、白い紙に走り書きのメモ。
 その横に、シルバーの合い鍵がひとつ。

 ──「冷蔵庫に正月用のお弁当と、お雑煮のスープがあるよ。温めてお餅焼いていれて食べてね。来てくれてありがとう。今年もよろしく。仕事いってきます。」

 書いたばかりの文字を指先でなぞってから、ペンを置く。
 リビングの隅には、昨日の笑い声がまだ残っているようで、ほんの少し足を止めた。

 でも、すぐに靴を履く。
 キッチンタイマーのように、頭のどこかで「次」が鳴り続けていた。

 肩にショルダーバッグ、首元に深くマフラーを巻いて、玄関の扉に手をかける。からから、と金属の音がして、静かに扉が開いた。

 「、いってきます」

 外は凍えるような冬の空気。冷たさの中に、どこか澄んだ香りが混じっていた。

 「…冬のにおいだ」

 空はまだ墨のような色をしていて、地面に映る街灯の光だけが、白く伸びている。
 バイクにまたがると、シートの冷たさがズボン越しに伝わってくる。手袋の中の指先に、じんと痛みのような寒さ。

 アクセルをひねると、エンジンの低い音が夜を裂いた。

 白い息が、マフラーの隙間からこぼれる。まっすぐ伸びて、ひと筋の霧になる。

 「さっむ…」

 誰にともなくつぶやいて、ハンドルを握る手に少し力をこめた。アクセルをもう一度まわす。

 夜明け前の街へ、バイクは走り出す。
 朝焼けも、コーヒーの湯気もまだ遠い、静かな道を。
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