YOUTH

2年目12月中旬 
琥一side


 ガソリンの臭いが染みついた制服のまま、給油ノズルを戻した俺は、ちらと顔を上げて目を細めた。

 楓がいる。
 バイクのシートから足を下ろして、スタッフと話している。
 フルフェイスを上げた顔――その表情に、違和感を覚えた。

 「楓」

 声をかけたのに、反応がない。
 やけに静かだし、ぼーっとしてる。
 目の下にうっすら影が差していて。

 「楓!!」

 「あ、ん?あぁ、琥一君か。今日バイトかぁ」

 無駄にぽやぽやしている。
 あのままバイクになんか乗ったら、ルカや俺ならともかくコイツだと曲がった拍子にそのまま滑っていくんじゃねぇかって嫌な想像をする。
 そのせいか。普段なら口にしないようなことを、思わず言っていた。

 「おい楓。オマエ、急ぎか?」

 ヘルメットを外した楓は、少し間を置いてから、ゆっくり首を横に振った。

 「うん?今日はもう全部終わってるよ」

 その声も、どこか霞がかかってる。

 「じゃあ……あと15分、待てるか?建物ン中ならあったけぇから、そこで待ってろ」

 「…うん?」

 穏やかに、いつもの調子で頷いた楓だったが、そのまなざしはどこか遠くて、焦点が定まってない。
 俺はポケットに入れてた適当な小銭を渡して、楓の背中を押した。あいつのバイクを脇に寄せて、時間まで巻きで仕事する。

 チーフに「上がります」とだけ告げて、更衣室で制服を脱ぎ捨てた。手早く着替えて、楓を呼んでバイクにまたがった。

 「オマエ顔色悪ぃぞ。そんなんで運転すんな」

 楓は肩をすくめるようにして、少しだけ首をひねった。
 しばらく沈黙があって──

 「……はは。さすが琥一君だ」

 ようやく出たその笑いが、妙に薄くて、腹に引っかかった。

 何が“さすが”なんだよ。
 笑って誤魔化すな。そう言いたくなるのを、ぐっと飲み込む。

 「どこか具合悪いんだろ。だったら、黙ってねぇで言えよ」

 口調が、思ったより強くなる。
 楓は怒るでもなく、目を細めて言った。

 「やっぱり面倒見いいなぁ」

 「うるせぇ。……オマエはもっと自分に甘くしとけ」

 遠慮なんざすんな。
 言いかけて、口をつぐむ。
 楓は後ろに座って、腰に腕を回してくる。背中にべたっとくっついて、体重を預けるみたいな重みがかかった。

 あったけぇ。

 ダウンの下でもわかるくらい、背中がずっと暖かかった。














 楓のばあちゃん家のポーチ灯が、ぽうっと点いてる。
 
 「送ってくれてありがとう。いつもお世話になりっぱなしだ。」

 そう言って笑った楓の顔は、やっぱりちょっと無理してる。
 口角は上がってるのに、目だけが笑ってない。
 やりきれなくて、思わず肩を抱いて抱き寄せる。

 野郎同士のハグなんぞガラじゃないが、何故か楓が相手だと何も感じない。

 「無理に笑うな」

 腕の中の楓に、そっと言う。楓の腕が、俺の背中に回った。
 やっぱり反応も、やけに素直だ。

 「いつも無茶ばっかしやがって。なんかあんなら、俺に言え」

 「僕は大丈夫だよ」

 強がって何も話さないこいつは。
 そういう所では、ルカとよく似ている。ひとりで抱え込んで、ひとりで全部決めて。思ってることの半分も口にしないくせに、気づいたときには歩きだしてる。
 おかげでこっちは、目も離せない。

 「楓」

 「うん?」

 「俺に遠慮すんな」

 腕にもう少しだけ、力を込めた。
 楓の腕にも、ちゃんと力が返ってくる。

 「ありがと、琥一君」

 「……バカエデ。ルカは呼び捨てにしてんだろ。なら俺も呼び捨てで良いじゃねぇか」

 「…じゃあ、琥一。これでいい?」

 「おう」

 たったそれだけのやり取りが、やたらと沁みた。
 呼び捨てにされただけなのに、胸の奥が少し熱くなる。

 それ以上、何も言わずにしばらく抱いてた。
 夜の静けさの中、どこか遠くで車の音がした。
 楓の体温だけが、確かにそこにあった。
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