YOUTH
1年目5月下旬 寝坊とSR400
主人公side
「も…最悪だ…」
寝坊した朝は、いつもより世界の色がきつい。
ぎらぎらした日差しがコンクリートを焼いて、アスファルトが地面から熱を放っている。
なのに僕の手は妙に冷えている。走っているのに、上半身から満ちていく冷えが、腕を伝って指先にまでいきわたった。
「……は、はっ…あ」
肩で息をしながら、上まで伸びる坂道を見上げる。膝に手をついて深呼吸するけど、肺に入る空気すらうまく巡らない。
視界の端が、白く霞んでいる。
「うっ体力…なさすぎ…」
独りごとのように口をついて出た言葉は、息に溶けて散った。吐き気が、喉の奥をずっと刺激している。しゃがみこんで、両足の間に頭を入れた。
やばい。吐きそうだ。
そのときだった。
低く響く、エンジンの音。
「おい。カッちゃんじゃねーか?」
聞き慣れた低い声が頭の上から降ってきた。顔を上げると、そこにいたのは――黒塗りのバイクにまたがる桜井兄弟。琥一君が前、琉夏君が後ろ。二人乗りで僕を見下ろしていた。
「どうした?寝坊か?」
「うん……そ…う」
無理に笑ってみせて、片手を中途半端に上げる。でも、そのまま視界がゆがんだ。
ぐらっと揺れて、胃がひっくり返るような感覚。うまく息もできなくて、手を地面についた。アスファルトのざらつきが、じかに指先に触れる。
「ちっ」
舌打ちがして、琥一君の声が低く響く。
「おい、ルカ」
「はいよ」
琉夏君の軽い返事とともに、僕の身体がふわりと浮いた。思考が追いつくより早く、両脇を抱えられて持ち上げられていた。
「カッちゃん、つかまってて。」
耳元で囁かれたその声は、ほんの少しだけ息が混じっていた。
気づけば前後をぎっちりと詰められて、SR400の真ん中に座らされている。
背中には琉夏君の体温。彼の両腕が腰のあたりでしっかりと僕をホールドしていて、逃げ場も余地もない。
「え…ちょ…」
エンジンがかかると、バイクの車体が低く唸り震える。
琥一君が「重ぇな」って舌打ちした。
当たり前だ──ヤマハSR400は二人乗り。三人で乗るには無理がある。
「降ろして……」
ようやく言えたその一言は、空しく走り出す風にかき消された。
けれど琥一君には聞こえていたらしい。振り向きもせず、もう一度舌打ちをした。
「琉夏、離すなよ」
「おうよ」
背中に当たる琉夏君の腕が、少しだけ力を強めた。
吐息が、僕の首筋にかかる。肌の上に、体温がにじむ。
僕は口元を手で押さえて、胃の奥を必死に沈めながら、前に座る琥一君の背中に額を預けた。柔らかい制服のシャツと、バイクのエンジンの振動が、混ざり合って胸に伝わってくる。
”イイヤツ”は君らのほうだろ…
朦朧とする意識の中で、そんな言葉だけが最後に浮かんだ。
バイクが走る音と、風の音が、遠くの方で繋がっていく。やがて聴覚も失われ、意識が沈む。
世界はとても静かだった。
