YOUTH

2年目11月上旬 文化祭
主人公side


 校舎のあちこちから、揚げ物の匂いと呼び込みの声がこぼれていた。
 中庭ではフォークギターの音がゆるく鳴っていて、空にはカラフルな風船がゆっくり浮かんでいた。
 肌寒さを感じるはずの十一月上旬、でも人ごみに包まれたこの空間は、夏の残り香のように熱を帯びていた。

 「楓くん、ねぇ、写真撮ろ? ね?」

 「ほらほら、一緒に回ろうってば」

 初対面なのに近すぎるその距離のせいで、とにかく居心地を悪い。
 それでも仕事で幾分か詰め上げられた意地が、顔に偽物の笑顔を張り付けた。

 「……すいませんが、僕はまだ仕事が」

 「えーそう言わずに!」

 腕を取られた。逃げられない。心臓が跳ねる。
 ざわめきの中で自分の鼓動だけが強調されるみたいに、呼吸の仕方すらわからなくなった。

 その瞬間だった。

 「おい。こいつは俺らと一緒にまわんだよ」

 その声は地を這うように低く、でもどこか面倒くさそうな頼もしい声。
 振り返ると、琥一君がいつもの眉間にしわ寄せた顔で、僕の腕をつかむ手を睨みつけていた。
 その隣に立つ琉夏はにこやかなまま、けれど目だけがまるで爪のように鋭かった。

 「ごめんね、カエデは今日、俺たちの係なんで」

 「係……?」

 「うん、桜井兄弟係」と、冗談めかして笑う琉夏の手が、僕の肩にそっと触れる。

 「じゃ、じゃあ、そういうことですので」

 逃げるようにその場を離れながら、三人の足音が階段を降りるたびに、少しずつ呼吸が戻ってくる。
 汗ばんだ手のひら、喉の奥で渇いたままの唾液、焼きそばの匂いと、クレープの甘さが鼻をかすめる。

 「ありがと……助かった」

 「あんなの振り払っちまえ」

 「だめだよ琥一君。女性に乱暴したら」

 言いかけた僕の前に、琥一君がスッと立つ。

 「俺は男女平等主義だ」

 それだけ言って前を歩いていく後ろ姿は、無駄に堂々としている。

 「えぇ…」

 横を歩く琉夏が、ふっと笑って僕の袖を引っ張る。

 「にしても今日の楓、文化祭仕様でかっこいいね。その頭、自分でやったの?」

 「いや、クラスの女の子たちが。客寄せに使えるからって」

 「そういうことか。目立つのも仕方ないってことだ」

 風が吹いて、どこかの教室からポップコーンの香りが漂ってきた。ぐう、とお腹が鳴る。振り返った二人が、「飯食いに行くか」ってくしゃりとわらう。

 「うん!一緒に食べよ」

 あのざわめきの中にもう一度戻ることになっても、この二人と一緒なら、きっと大丈夫だと思った。
 琥一君が振り返って言う。

 「ほら、桜井兄弟係。出番だぞ」

 冗談混じりのその一言が、今日という一日をきらきらと照らす、光の粒になった。

















 屋上までの階段を上りきると、秋の光に満ちた空がぱっと広がった。
 金網越しに見える街並みは、校舎よりずっと遠くて、静かで澄んでいる。
 「寒くない?」と聞かれて、僕は小さく首を振った。

 風は冷たいけれど、手に持った豚汁が温かい。タッパーからふわふわと漂ってくる醤油とネギの匂いが、空腹にダイレクトに響く。

 「そういえば、琉夏は案内係してるんだよね?」

 僕が尋ねると、琉夏は缶ジュースをぷしゅっと開けてから「うん」と軽く頷いた。

 「今年も会長に頼まれてさ。去年、俺アンケートで褒められてたんだって。"案内してくれて助かった"ってさ。すごくない?」

 「すごいじゃん。名指しってあんまりされないもんね」

 「でしょ。俺、なんならプロのガイドいけると思う」

 冗談みたいに笑う声が、いつもより誇らしげに響いていた。その明るさにつられるように、僕も笑ってしまう。

 すぐ横では琥一君が、串に刺さったフランクフルトにがぶりとかぶりついている。熊を連想した、なんて言ったら殴られそうだ。

 「琥一君は、今年も“用心棒”?」

 「あぁ」

 短く返したあと、ケチャップのついた唇を袖でぬぐいながら、もぐもぐと咀嚼する。
 変わらない無骨さが、なんだか少しだけ安心した。

 「ねぇ、僕も用心棒やりたい」

 ふと口から出たその言葉に、二人が同時にこちらを見る。
 「は?」と琥一君。

 「お前は用心棒ってツラじゃねぇだろ」

 「そうだよ、カエデはどう見たってマスコットだ」

 琉夏が笑いながら、僕の肩に軽くぽんと触れる。

 「えぇ…そんな顔だけで立ってる人みたいなの、やだよ。ちゃんと仕事したいのに」

 「お前みたいなツラの奴は、いるだけで良いんだろ」

 「そうそう。オマエがうろうろしてんの見ると、なんか皆ほっこりしてっから」

 「えぇ…」

 嫌そうに顔をしかめる僕を、二人は肩を揺らして笑った。
 笑い声が少しだけ高く響いて、空に吸われていく。
 どこかの教室から流れてくるヒップホップと、校庭で誰かが打った太鼓の音が、かすかに混じり合っていた。

 熱気と活気。
 青春を謳歌する彼らの中に、自分も混じっている。

 「あぁ~生きててよかったぁ」

 唐突に言った僕の言葉に、二人は怪訝な顔をした。
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