YOUTH
2年目8月下旬 アイスの甘味
主人公side
昼間の陽射しが、まるで嘘みたいに静まりかえったお化け屋敷。
外の光が閉ざされたその中へ一歩入っただけで、息が詰まる。
蝋人形みたいな女の人形が、入口の横でじっとこっちを見ていて、僕はもうすでに泣きそうだった。
「うぅ……やっぱりやめようかな……」
「カエデ、もう入っちゃったから」
「引き返せねーだろ」
琥一君の肩越しに、琉夏君が小声で笑ってる。
肩をすくめながら、僕は薄目で前に進む。
ぬるりとした空気が肌に貼りついて、蝉の声も聞こえない。
足元の古びた床板が、ギシ……ギシ……と鳴るたびに、体がびくっと跳ねる。
「こ、これ、本当に大丈夫なやつ……?」
「カエデ、それ5回目な」
さりげなく琉夏君が背後にまわる。
その気配がわかった瞬間。
「わあああああっ!」
「ひいっ!」
「か〜え〜で~」
「ひゅっ」
琉夏君の大声に続いて、琥一君の低い声が耳元で響く。
僕は反射的にしゃがみこんだ。耳をふさいで、深呼吸する。
震える手に力が入らなくて、視界がぐらぐらした。
「あれ。カエデ座っちゃった」
琉夏君もしゃがんで肩を組んでくる。
そのあとから琥一君も、顔をしかめてしゃがみ込んだ。
「悪ぃやりすぎたか?」
「もうやだ……か、かえりたい……」
半泣きの声に、二人が顔を見合わせた。
それから何も言わずに、琥一君が右手を、琉夏君が左手をそっと握る。
「ほら、行こうぜ。三人でなら、お化けも怖くねぇだろ?」
「ずっと手、繋いでてやるから」
言葉少なに歩き出す。
冷たい空気の中、二人の手が、確かに僕を導いてくれていた。
ぼそぼそと流れるスピーカーの音が引いていく。飛び出してくるピエロも、センサーで反応する機械仕掛けの人形も、見ないように目を閉じる。
そのことに気づいたのか、二人の距離は僕の肩と当たるところまで近づいた。
唐突に、瞼の中が明るくなる。ゆっくり目をあけると、指輪をつけた琥一君の手のひらが目前にかざされていた。
「いきなり目開けっと、まぶしいだろ」
小さく深呼吸をして、手を繋いだままの二人を見上げる。
「もう行きたくない…」
「オマエ…思ってたよりビビりだな」
「ははっ怖がるカエデ面白かった!」
「誰のせいだよ!!!!!!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、二人は吹き出した。笑い声が、明るい日差しの下に溶けていく。
繋いだ手は、そのまましばらく離せなかった。
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自販機の列に並んでいたとき、不意に見つけたアイスの絵。
「……ねえ、これって……もしかして、自販機でアイスが買えるやつ?」
指差した先の透明な窓に、色とりどりのアイスが詰まっていた。小学生の頃、テレビでしか見たことがなかった光景。
わあ、ほんとにあるんだ、と息をのんで見つめていたら、二人が振り返る。
「カエデお前……もしかして、食ったことない?」
「うん!だって昔は冷凍食品とか買えなかったし、そもそも父さんが…あ」
しまった、と思って口を閉じる。
あまり話さないことを、ぽろっと言ってしまった。でも二人は特に気に留める感じもなく、代わりに琉夏君が笑った。
「じゃあ、今日が初アイス自販機記念日だな」
「どれが食いてぇんだ?」
「三つ選んでいいよ。ひとり一個買って、みんなでわけよ」
「あぁ、それがいいな。ホラ早く選べ」
「あ、ありがとう二人とも」
アイスの写真を眺めながら、じっくり考える。
パリパリのチョココーティングのやつ。王道のバニラと。あと、練乳のかかったあれも美味しそう。
迷いに迷って三つを選ぶと、ガコンガコンと小さな音がして、冷たいパッケージが出てきた。
木陰のベンチに座って、銀紙を剥く。
口に入れた瞬間、ひやりとした甘さが舌に広がった。
「おいし……」
思わずこぼれた声に、琉夏君と琥一君が顔を見合わせて、吹き出した。
「なにその顔。やっばい、カエデ今、初めてジュース飲んだ赤ちゃんみたいな顔してた」
「マジで赤ん坊だな。今は口にミルクこぼしたやつ」
「ん…どこ?」
言われて手で口元を拭ったけど、よくわからない。
すると琉夏君が、「カエデ、アイスの食い方下手だ」って身を寄せてきた。形のいい唇が、音もなく近づいてくる。
「こっち」
綺麗な顔が、すぐそばまで来ている。やばい。なんかわかんないけど、すごいやばい。
思わず身を固めて、ぎゅっと目を閉じる。
「チッ」
背後から大きな手が、僕の口をふさぐようにして伸びてきた。引っかけられるように口元を覆われ、引っ張られる。
目の前の琉夏君が、ぴたりと動きを止めた。
その視線が、僕の背後に向けられている。
「バカルカ。外だぞ」
低い声だった。そう吐き捨てて、さっと手が離れる。
肩越しに振り返ると、僕に触れた琥一君の手には、溶けたアイスがついていた。
「あ、ごめ……」
言いかけたとき。
琥一君は、何でもないことのように手を持ち上げ、指に触れたアイスを舌でそっと拭うように舐め取った。
舌先が、ゆっくりと滑る。
べつに特別な動きじゃなかった。
汗に濡れた琥一君の腕、日に焼けた肌、冷たいものを舐めたあとの、わずかに潤んだ唇の質感。
僕の視線がそこに吸い寄せられて、離れない。
「……なに見てんだよ」
いつのまにか目が合っていた。
琥一君は少し眉を寄せる。
「いや、なんでもない」
僕は笑って、首をすくめた。
「……なあ、オマエさ」
いつの間にかまた距離を詰めていた琉夏君が、そっと声をかけてくる。
「俺のこと、ちゃんと見てる?」
「え?」
思わず見上げた僕の視線に、琉夏君は何も答えず、またアイスを咥えた。
太陽に反射する、真っ白なアイスクリーム。
溶けて垂れそうなそれは、彼の舌に舐めとられた。
