YOUTH

2年目8月上旬 花火大会
主人公side


 夏の空は、夕方になってもまだ蒸している。
 昼間より風が出てきたぶんマシだけど、それでも汗ばむ襟元をそっと押さえた。

 浴衣なんて、ずいぶん久しぶりだった。
 おばあちゃんが喜んで着せてくれて、似合う似合うと騒ぎながら、髪まで整えてくれた。

 「かえちゃんは白いから、暗い色が映えるわねえ」
 「あぁ、可愛らしい。私の若いころにそっくり」

 ──そんなふうに笑われながら送り出されたけど、
 待ち合わせ場所に着いてから、少しだけ後悔していた。

 視線が、やけに集まってくる。

 ちらちらと浴衣を見ては笑い合う人たち。
 さっきからすれ違う男の人に、なんとなく声をかけられる気配。
 気のせいかな、と思っていたら──

 「ねえ君、ひとり?花火一緒に見ない?」

 ひとりが話しかけてきたと思ったら、あっという間に数人に囲まれてしまっていた。
 肩に手を回されそうになって、咄嗟に後ずさる。

 「すいません。僕、友達を──」

 「いいじゃん、それよりモデルとかしてる?めっちゃかっこいいね」

 腕をつかまれて、背筋がひやっとしたその瞬間だった。

 「──おい、おまえら、離せよ」

 低く、けれどよく通る声。
 振り返るより先に、僕の腕がするりと解放されていた。

 「……っ琉夏君」

 「遅くなってごめん、待った?」

 すぐ傍に立っていた琉夏君の手が、僕の肩にそっと置かれる。
 反対側には琥一君。腕を組んで、見下ろすようにナンパの人を睨んでいる。

 「……んだよ、彼氏?」

 「そうだよ、そっちは?」

 琉夏君の言葉に、相手が「チッ」と舌打ちをして離れていった。
 あたりの騒がしさはそのままだけど、僕のまわりだけが少し静かになったような気がした。

 「……ありがと。助かった」

 言いながら顔を上げると、琉夏君はじっと僕を見ていた。

 若干驚いたような目をして。
 何か言いたげに、けれど言葉を探すように、唇が動かない。

 「…どうしたの?」

 そう尋ねると、琉夏君はふっと目を細めて、少しだけ照れたように息をついた。

 「すげー、似合ってるからさ」

 「あ、浴衣?ありがとう。琉夏君もかっこいいね」

 「ありがとう。オマエもキマってるよ、カエデ」

 とろけるような声色に、鼓動がひとつ飛んだような気がした。
 腕を組んでいる琥一君は、少し屈んで僕を見る。手の甲で、僕のおでこをなぞるように撫でた。

 「出てんな、いいデコしてる」

 「な、なんか、くすぐったい……!」

 「恥ずかしがんなって。かっこいいじゃねーか」

 言われ慣れてない言葉に、赤くなるのがわかる。

 「ていうかカエデ。俺、結構大事なこと言ったと思うんだけど」

 「ん?かっこいいって?」

 「いや、オマエの彼氏って」

 ぱちってウィンクを飛ばしながら、琉夏君は前髪をかき上げた。あふれ出る色気に、苦笑いしてしまう。
 そういうのは、僕じゃない人にやったらいいのに。

 「はいはい。ありがとう。」

 「ちぇ」

 どこか楽しそうに、琉夏君は柔らかく舌打ちした。


















 道に沿って並ぶ屋台と提灯の明かりが、人波を照らしている。
 境内から河川敷にかけて、人の気配が濃くて、息苦しいほどだった。
 僕たち三人は、二人のいう穴場スポットに向かって歩いていた。

 ふいに──
 誰かの手が、腰のあたりを撫でるように通った。
 思わずびくりと肩が跳ねる。勢いよく振り返っても、誰の手だったかなんて分からない。

 「……カエデ?どうした?」

 琉夏君の声に顔を向けると、表情がすっと引き締まったのがわかった。「コウ」って低く言った琉夏君の声に、琥一君はすぐに「おう」って返事する。
 すぐさま、前と後ろにぴたりと二人が立った。

 「真ん中歩け。はさむ」

 琥一君が短く言って、僕の手を引っ張った。
 人の波を割るようにして進んでいくふたり。
 僕はその間に挟まれて、ぴったりと護られる形で歩いた。

 ──なのに。

 「……っ、ちょっと、」

 腰に違和感が走った。
 ひっぱられるような、ずるりと布が緩む感覚。
 くい、と後ろから引かれた。ぐらっと体制を崩した僕を、琉夏君の腕が支えてくれる。

 「コウ、止まって」

 「ん、どうした」

 肩越しに、琥一君が振り返った。
 僕はぎゅっと帯を握りしめながら、声を絞り出す。

 「……帯、ひっぱられた」

 琥一君と琉夏君が、ほぼ同時に立ち止まる。
 そのまま無言で視線を走らせ──その目が、尖った。

 「……ちっ」

 琥一君が舌打ちする。
 そして、すぐに「こっち」と小さく声をかけて、人気のない茂みの方へ僕を導いた。

 人混みの喧騒から少しだけ外れた木陰。
 照明の届かない静かな場所で、浴衣がずるりと肩から滑り落ちる。帯は、明らかな故意によって、器用にほどかれていた。

 「……ひでぇな」

 琉夏君が、苦しそうに眉を寄せたまま目を伏せる。
 琥一君は無言で僕の背後に回ると、腕を通して帯を拾い上げる。

 「じっとしてろ。ほとんど脱げかかってんぞ」

 そう言って、肩を軽く揃えて布を重ね、器用な手つきで帯を通し直しはじめる。
 浴衣の下から指が一瞬だけ触れて、慌てて息を止めた。

 「……キショく悪い連中が多いな今年は」

 「…浴衣…着てこなかったらよかったかな」

 「バカエデ、んなわけねぇだろ」

 言葉より、手つきの方が強い。
 帯をぎゅっと引かれて、思わずふらついた。

 「わっ……!」

 「どうせなら、簡単にほどけんように結ぶべ」

 ぐっと結ばれて、体の芯まで締まる。
 その締め付けに、安心と痛みが同時に混じった。

 「これでもう誰も引っ張れねぇだろ」

 琥一君がぽん、と背中を叩いてくれる。振り返ると、琉夏君がそっと僕の手を握った。

 「…浴衣、本当に似合ってるよ、カエデ」

 「ありがとう」

 「うん。来年も、着てきてほしいくらい」

 遠くで花火の一発目が上がった。
 夜空に金色の輪が咲いて、静かに落ちていく。

 「やべっ始まってんぞ!」

 「カエデ!走ろう!」

 人ごみをすごいスピードでかき分けて、僕らはひたすら走った。
31/77ページ
スキ