YOUTH

2年目5月中旬 二台の400
主人公side


 彼の誕生日に、僕はZ400に乗って現れた。

 エンジンはまだ温まりきっていなくて、排気音は少し不揃いだった。けれど、僕の胸の高鳴りと奇妙に歩調を合わせていて、それが悪くなかった。
 信号のない裏道を曲がると、SR400が見えた。黒とクロームの美しいラインが、午後の光の中で柔らかく光っていた。 

 琥一君は最初、それが僕だとは気づかなかった。
 Z400のヘッドライトを軽く一度だけ点滅させると、彼は眉をほんの少しだけ動かした。ゆっくりと、まるで夢をなぞるように近づいてきて、僕のZを一周した。

 「おいおい……もう取ったんか、免許」

 「うん、先週」

 そう言うと、琥一君は口元を手の甲で隠すようにして笑った。
 その笑いには、驚きとか感心とか、そういう単語では測れない何かがあった。

 「やるじゃねぇか」

 そう言いながら、彼の声には確かに少しだけ、震えのようなものが混じっていた。

 「共有したくてさ」

 僕はそう言った。理由はそれでじゅうぶんだった。

 琥一君は一度だけ、Zのタンクを指で軽く叩いた。それから、手慣れた動きでSRにまたがり、アクセルを小気味よく吹かせる。カスタムされたエンジンの音が空気を切り裂き、通りの静けさを追い出した。

 「ひとっ走り行くべ」

 彼はそう言った。声が乾いていて、でもどこか深く満たされていた。

 その瞬間だった。

 琉夏君がまるで舞台から飛び出すように、SRの後ろにノーヘルで飛び乗った。

 「俺も行く」

 笑いながら、乱暴に琥一君の背中を叩いた。金髪が光を裂くように揺れていた。

 「飛ばしすぎんなよ、カッちゃん」

 琥一君が振り返って言ったが、笑いながらだった。

 「さ、カッちゃん。ときめきを運ぶぜ!」

 琉夏君はそう言った。まるで、全てがときめきできているとでもいうように。
 その言葉に、何か強く惹かれるものを感じながら、僕は「うん」とうなずいた。

 そして、僕らは走り出した。
 バイクのエンジンが呼吸のように響き、タイヤがアスファルトの上をなめらかに滑っていく。信号も、標識も、言葉もいらなかった。
 ただ風があった。夕方の街を抜け、川沿いの道を過ぎて、少しだけ傾いた光が僕たちの影をのばしていった。

 SRのテールランプが赤く点いて、それを追いかけるように僕のZが加速する。

 5月の海風はもう夏の匂いを孕んでいて、遠くで波が砕ける音が聞こえる。
 夕日が沈みかけた空は、オレンジと群青のグラデーション。
 その中を、二台のバイクが並んで走っていた。

 SRとZが、唸るように音を響かせる。
 琥一君はたまにこっちを目線だけで振り返る。
 その髪が無造作に風を裂いて、琉夏の横顔も、髪越しに夕日を浴びて透けるようだった。

 風を切る音。
 鼓動より少し速い振動。
 言葉はいらなかった。確かに僕らは、きらめきを胸にときめきを運んでいた。
 エンジンの音が遠ざかり、波の音が近づいてくる。

 バイクを停めた防波堤の向こう、少し湿った砂浜に三人分の足跡が続いている。

 「つっめたっ……!うわ、足首までいった!」

 僕がぎゃーっと叫ぶと、後ろで琥一君が笑いながら水を蹴ってきた。

 「五月の海に何期待してんだ?言い出しっぺは静かに浸かってろ」

 「なんだとやったな琥一君!」

 「大人ぶってんなよ、コウ!」

 琉夏君が笑いながらズボンの裾を捲り、寄せる波を蹴り上げた。
 制服の上着はもう脱いで、シャツの袖をまくって、僕らはまるで小学生みたいに騒ぐ。

 砂浜の端の少し乾いた場所にバスタオルを敷いて、リュックから大きなケーキの箱を取り出した。

 「琥一君、お誕生日おめでとう。」

 言いながら、ケースを開く。中には、手作りのタルトケーキがホールで入っていて。切れ込みを入れてある隙間が、揺れで少しズレていた。
 真っ先に「よこせ」って琥一君は指でつかんでそのまま口を開ける。ばくって一口で半分食べきってから、「んめ」って笑った。

 「俺でも食えるな」

 「そりゃあ琥一君用に作ったんだから」

 「俺はもっと甘くていいのに。砂糖かけてもいい?」

 「俺用だっつってんだろうが」

 やいやい言い始めた兄弟を横目に、僕はリュックからもう一つの小さな箱を取り出した。

 「で、これ。誕生日プレゼント」

 僕が手渡したのは、バイクのエンブレム。
 古いZ1のビンテージパーツショップで見つけた、ほんの手のひらほどの銀色のエンブレムだ。
 琥一君が、黙ってそれを受け取った。
 眉をほんのすこしだけ上げて、口角が緩む。

 「……悪かねぇ」

 目を細めたその顔は、いつもよりちょっとだけ子供っぽくて、僕も琉夏君も思わず笑った。

 「コウ、嬉しそうだな」

 目尻に笑い皺を寄せながら、すこしだけ身を預けてくるように座っていた。

 「こんなん貰ったら誰だって嬉しいだろ」

 ケーキを食べる間、風が頬を撫でていく。
 潮の匂いと、甘いフルーツの香りが混ざる。
 しゃらしゃらと鳴る波の音が、まるで笑い声のようだった。

 「ありがとな、カッちゃん」

 「どういたしまして」

 その日、僕らは大きなことは何も言わなかった。
 でもきっと、誰の心にも、あの海辺の風景が焼きついていたと思う。

 それはきっと──そうだ。やっぱりときめきなんだ。
 それは強く煌めいて。
 ひとつの、忘れられない青春の1ページになった。
27/77ページ
スキ