YOUTH

1年目3月中旬 お返しは
主人公side


 「ツラ貸せ、校舎裏だ」

 ヤンキーさながらの誘いで僕を呼び出した琥一君は、「ほらよ」って茶色の封筒を取り出した。中には何か、硬い本みたいなものが入っているらしい。

 「ん?あ!ホワイトデーのお返し!?開けていい!?」

 「ダメだっつっても開けんだろうが…」

 「うん、もちろん」

 悪びれない僕に、琥一君は舌打ちをした。

 「中身の良し悪しは保証できねえぞ」

 僕は包を開ける。
 茶色い紙袋の中から出てきたのは、ヴィンテージバイクの写真集。分厚くて、表紙には少し色褪せた赤いバイクが、埃っぽい夕焼けの中にぽつんと置かれている。タイトルも飾り気がなくて、静かな感じだった。

 「……バイク?」

 僕が訊くと、琥一君は少しだけ目を伏せて肩をすくめた。

 「俺の趣味だ」

 そう言って眉を上げて笑った。
 その笑顔が少し照れていて、でも同時にほんの少しだけ挑戦的だ。まるで「これが俺だけど、どうする?」と言われているみたいで、僕は笑ってしまった。

 写真集を開くと、そこには古いバイクがずっと並んでいた。
 イタリアの田舎町で撮られたものもあれば、アメリカの砂漠の片隅に捨てられたような一台もあった。
 いちいちカメラの角度が絶妙で、鉄の質感や、傷のひとつひとつまでが、なぜか生きているように感じられる。

 「めちゃくちゃかっこいいな」

 僕が言うと、琥一君は「わかるか?」と眉間を開いた。

 「いいだろ?どこへでも行けそうな気分になる。うまく言えねぇが」

 正直、意外なプレゼントだ。
 いつも他人のことばかり考えている彼が、彼自身の好きなものをプレゼントに選ぶなんて。

 「このページが一番シブいぞ」

 彼の声はふだんより少し低く、熱を帯びている。
 でもそれが、僕のために語られていることに、ふと気づく。彼は、写真じゃなく“見てほしいもの”を僕に手渡してきたのかもしれなかった。
 それはたぶん、“行きたい場所”ではなく、“共有したい景色”のようなものだ。

 僕はページを閉じて、しばらく無言で表紙を撫でる。
 そして、なんでもないように言った。

 「……バイクの免許、取ろうかな」

 琥一君はちょっとだけ驚いた顔をして、それからまた笑った。
 その笑いの中には、少しの嬉しさと、少しの安堵が混じっている。

 「お前が免許取ったら、行動範囲もだいぶ広がんな」

 「そうだね。ただ走るだけでも楽しそうだ」

 僕は本を腕に抱えて、しばらく珍しく熱弁をふるう琥一君を眺めていた。

 行き先はまだない。でもエンジンの音だけが、どこかで確かに響き始めている気がした。















 「だーれだ」

 硬い手のひらに、視界を覆われる。

 「ちょっと琉夏君。危ないよ」

 階段を登っていた足を止め振り返る。ニヨニヨした琉夏君が、「これあげる」ってラッピングされた箱を出してきた。

 「え、もしかして、琉夏君もホワイトデーのお返し?…いいの?」

 「うん。いっつもお世話になってるし、迷惑かけてるし、せめて受け取って欲しい」

 やけに真剣な顔で言うから、中身を疑ってしまう。とんでもないものが入ってたらどうしよう。

 「開けていい?」

 「うん」

 落とすのが怖くて、階段で座り込む。震えそうになる手でそっとラッピングを剥がすと、中にはオルゴールが入ってた。
 薄くて透明な天使が中にいて、光の角度で羽が七色に輝いた。ドーム型のガラスの中のその姿はあまりに繊細で、少し触れただけで壊れてしまいそうだ。

 「……すごく綺麗だね」

 僕は素直にそう言った。

 「これ巻くと、この天使が踊るんだ」

 「今はだめだよ学校だからね」って琉夏君は笑う。

 「クリスマスキャロルだから、バレンタインデーとは関係ないんだけど」

 「なんて曲なの?」

 「…『天には栄え』って曲。天使たちが、生まれたばかりのキリストに栄光あれって歌う曲。」

 正直詳しくなくて、小首を傾げると。
 琉夏君は少し笑って「やっぱり今聞いちゃおう」ってネジを巻いた。流れ始めた音の粒に乗って、ガラスの天使が踊りだす。

 「"たたえよ、平和の君"」

 横目に見た琉夏君が、そう言ってじっとこちらを見ている。柔らかな瞳に、また吸い込まれそうになる。

 「"光といのちをもたらし"」

 ガラスに反射した光が、回りながらキラキラ瞬く。

 「"新しいいのちを与えてくださる"」

 琉夏君の指先が、オルゴールを支える僕の手の甲に触れた。そっとなでるように、骨の筋をなぞられる。

 「"聞け、天使たちの歌うを"」

 ひゅっと喉が鳴る。金色の彼の髪の上に、光の輪が見えた気がして。
 そして同時に。僕の知っている琉夏君の姿から、少しだけ離れた影のようなものが、背後にひっそりと佇んでいるように思えた。

 「”新たな王に栄光あれ“だね」

 口ずさんだ彼の低い声が、音と共に収束する。

 「カッちゃん」

 見惚れて何も言えない僕に、琉夏君は笑いかけた。

 「俺、今学校楽しいよ。これは、絶対お前のおかげだ。ありがと。」

 泣きそうになったのはきっと、天使の歌を聴いたから。

 “聞け、天使たちの歌うを”

 「それは僕のセリフだよ…」

 「じゃあ、お互い様だ」

 視線を落として、ガラスの中の天使に目を凝らした。その羽の内側に、きっと誰にも見えない祈りが刻まれているのだと思った。

 「ありがとう。一生大事にするね」

 琉夏君は小さく笑って頷いた。
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