YOUTH

1年目2月中旬 バレンタインデー
主人公side


 「琥一君、甘いもの苦手って言ってたしな…」

 いつの間にか山になってしまったココアクッキーを眺める。
 タイミングよく呼び鈴が鳴って、勝手口を開けた。

 「よ」

 「カッちゃん!呼んでくれてありがと」

 「二人ともいらっしゃい」

 今日は、バレンタインデーだ。













 玄関を開けた時、琉夏君と琥一君はちょっとだけ目を見張っていた。

 築年数のわりに綺麗な和モダンの家。
 格子戸を抜けてすぐの石畳、磨かれた木の廊下、そしてリビングに繋がる広い引き戸。
 季節の花を活けた花瓶や、祖母の趣味で集められた器の数々。
 そして、広いキッチン。「家のキッチン」と呼ぶにはどこか現実感が欠けていて、むしろ舞台のような印象を受ける。

 祖母は料理人だ。それも、ただの料理人ではない。名前を出せば誰でも知っているような、雑誌やテレビに出てくるような人だった。
 だからこの広さも、必然だったのかもしれない。僕はこのキッチンがとても好きだ。

 「こりゃ…作りすぎだろお前…」

 キッチンカウンターの上に積み上げられたクッキーやパン、ホットケーキを眺めて、琥一君は口角を引きつらせた。
 琉夏君は目をきらきらさせながら、「全部食っていいの?」って屈んで僕を上目遣いに見上げてくる。

 「うん。作りすぎちゃったし、食べきれない分は置いといてくれていいから」

 「やだ。俺が食べるし持って帰る」

 すでにシロップをかけながら、琉夏君はホットケーキにかぶりついている。カウンターで食べるつもりらしい。

 「とんでもねぇ炭水化物の量だなこりゃ…」

 パンに食らいつく琥一君は言いながらもちょっと嬉しそうだ。目を細めて、頬をいっぱいに膨らませて唸っている。

 二人は本当に美味しそうに食べる人達だ。
 くぁ、って口を大きく開けるたび、尖った犬歯が見え隠れする。大きな口の中に吸い込まれるように、食べ物が消えていく。

 「…ふたりとも、本当に美味しそうに食べるね」

 じっと見ていると、琉夏君は少し目を丸くしてにやっと笑った。

 「えっち」

 「ん?僕が?」

 「うん。そんな目で見ないで♡」

 「キショく悪いこと言うなバカルカ」

 辛辣な言葉を吐いてるくせに、目元は緩みまくってる琥一君は別のパンに手を伸ばしている。

 「おいしい?琥一君」

 「あ?あぁ。うめぇぞ」

 「よかった。こっち側のはおかずパンだよ。甘いもの苦手って言ってたから」

 「お、そうか?」

 むしゃあ、ってオノマトペが似合いそうな食べ方だ。

 「カッちゃん、アレ、今日もらったやつ?」

 リビングのカウンターに置いてある二つの紙袋を指さして、琉夏君が言った。

 「あー…うん。もらったやつ」

 「モテモテだ」

 「…たまたまだよ」

 琉夏君はもぐもぐしながら、僕の顔を眺めている。なんだかやりづらくて「なに?」って尋ねる。

 「カッちゃんてさ、綺麗な顔してるよね」

 げほって琥一君がむせた。僕もさすがにびっくりして、「え」って声が漏れる。

 ホットケーキをもぐもぐしながら、琉夏君が立ち上がる。前のめりになってカウンターテーブルの反対側から、長い腕が伸びてきた。
 白い指が僕の前髪に触れる。おでこを横に撫でられるような感覚に、身体が硬直した。

 「な?」

 琉夏君がにっこり笑った。

 「綺麗な顔だ。ほら、良い夢みたい」

 「…いい夢?」

 柔らかな光の粒が、琉夏君の瞳にともっている。それがふっと和らいで、笑んだ。

 「うん。目覚めるのが惜しいくらい、ずっと見ていたい」

 「…男相手に口説いてんじゃねぇ」

 ばこっと音を立てて、琥一君が琉夏君の腕をどついた。

 「いてっ」って笑った琉夏君は、「怒られちゃった」ってウィンクをして座りなおす。

 飄々とした琉夏君の前に、僕はじわ、と汗をかいていた。

 「…っ」

 顔が熱くて、真っ赤になっている自覚が沸き上がる。
 そんな僕を見た二人が、表情を失って目を真ん丸にしている。

 「…っ、や、ごめん」

 気まずくてうつむく。
 腕で顔を隠して、汗をかいたこめかみを拭う。

 「あんまそういうの…言われ慣れてなくて…」

 心臓がうるさい。穴があったら入りたい。
 衣擦れの音がして、誰かの手が耳から顎をなぞった。引かれるように顔を上げると、テーブル越しに再び乗り出した琉夏君と目が合った。

 「…っ」

 金色の長い前髪が揺れる。
 グラスグリーンの瞳が、じっと僕を覗き込んでいる。

 「あ、」

 深い孤独みたいな瞳に、捕まった。
 圧迫感に、喉が締まる。

 「…っ」

 息ができない。
 苦しくて、胸元を掴んだ。
 空っぽの自分を、見透かされて──

 「

 横から伸びてきた大きな手が、琉夏君の手を払った。
 がたっと立ち上がった琥一君が、僕の横に来て背中をさする。

 「ちゃんと息しろ、馬鹿」

 床に膝をついたまま、琥一君は僕を見上げている。

 「大丈夫か」

 きゅっと心配そうにしわの寄った眉間。

 「お前がビビらすからだぞ、バカルカ」

 大きな手が、僕の手を握る。
 「大丈夫だから、落ち着け」って小さな声が、低くささやかれる。
 徐々に落ち着いてきた僕は、同時にこみ上げる羞恥心にまた死にそうになる。

 「違う、よ、怖かったとかじゃなくて…」

 泣きそうな声が漏れる。

 「どうしよう、ごめんなさい…なんかわかんないけど、琉夏君の目が深くて、びっくりした…」

 情けない。消えたい。
 そう思ったのに、琥一君は力の抜けた顔で笑った。
 ゆるんだみたいなその笑い方が、仕方ねぇなって言ってるみたいで。

 「気にすんな」

 琥一君の横にしゃがんだ琉夏君が、同じように僕を見上げた。

 「俺は全然平気。気にしないで、カッちゃん」

 琉夏君は、少し困ったような顔で笑った。
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