セレフィナスの魔女 -それは、祈りを紡ぐ魔法-
終わりの日に読む手紙
朝露が乾ききらないうちに、書斎の机にはランプの火が灯っていた。魔女は黙々とペンを走らせている。インクの匂いと、微かに風に揺れる紙の音。その静けさの中、ラセルは何も言わずに扉にもたれていた。
「手紙を書いているんだ。」
魔女が顔を上げずに言う。ラセルは少し間を置いてから尋ねた。
「誰に?」
「私自身にだ。」
さらりと言うその言葉が、妙に冷たく聞こえた。言葉そのものじゃなく、彼女がそれを当たり前のように言う、その声の温度が。
「記憶が抜け落ちて何もわからなくなった私に見せてくれるか。どうせ自分で覚えておける気は、もうしていないからな。書き終わったら君に預ける。」
淡々と語るその背中が、やけに遠く見えた。魔女は少しして、手を止めた。棚から新しい紙を取り出し、ラセルの前に差し出す。
「君も書くか?」
手渡された紙の手触りが指に残る。ラセルはペンを受け取ったが、動かせないまま、じっとそれを見つめていた。
「書くことがないからいいや。」
「両親に言うことは?」
「二人とも毒親だし。」
短く切った言葉に、魔女は何も言わずただ小さく頷いた。
「そうか。ではそうだな……自分自身によくやった、と言ってやったらどうだ?」
「僕は、何もやってない。」
即答するその声に、魔女は少しだけ笑った。
「バケットリストという、今世への未練のリストをつくると聞いたことがある」
「セレフィナスの魔女もそれを書くの?」
「書くわけないだろう。未練などない。」
きっぱりと返す声に、ラセルは何も返さなかった。しばらく沈黙が続いたあと、魔女がぽつりと言う。
「では、私宛に書け。短期間とはいえ、同居人だろう。」
紙の上に視線を落としたまま、ラセルが口を開いた。
「セレフィナスの魔女。」
「なんだ?」
「本当になんでも書いて良いんだね?」
「当たり前だろう。」
ラセルはそれ以上何も言わなかった。ただ手の中の紙を、ゆっくりと握りしめた。くしゃ、と紙が潰れる音だけが、静かな部屋に響いた。