セレフィナスの魔女 -それは、祈りを紡ぐ魔法-
表情の変化
雨が止んで、湿った風が通り抜ける。
ラセルは暖炉の火を弄りながら、たった今作った暖かなココアを魔女へ手渡した。
「なんだか最近は、君に世話を焼かれてばかりの気がするな。」
セレフィナスの魔女の言葉に、彼は「そうでもないんじゃない」と振り返らずに答えた。
「そんなことある。ここにきてから君は、毎日城と庭の面倒を見て、私の世話を焼いているだろう。」
感想を述べた魔女に、ラセルはやっと顔をあげた。
「……なんだかんだで面倒見はいいんだって、たまに言われる」
魔女はカップを両手で包んだ。カップからのぼる湯気が、彼女の顔を温めている。
「昔、姉がいてさ。それがとにかく体たらくで、料理だけはするけど、それ以外に時間を使うことをしない人だったんだよね。」
焚き火の炎がぱちりと音を立てた。ラセルは薪をひとつ転がして、続けた。
「ああいうのが家にいるとさ、僕がやるしかなくって。おかげで、料理以外は、できるようになったけど…」
魔女が、わずかに首を傾げる。
「その姉は、今は?」
少しの沈黙が降りた。ラセルは視線を火に落としたまま、言った。
「……死んじゃった。オーバードーズってやつで。薬、飲みすぎてさ」
火が静かに揺れていた。魔女はそれを見つめたまま、短く息を吐いた。
「そうか。それは残念だな」
言葉の調子は淡々としていた。表情も、変わらない。どこか、他人事のまま通り過ぎていくような顔。
けれど、ラセルはその無表情に、妙に救われた。
慰められるより、よほど楽だった。
「……セレフィナスの魔女って、いい感じに無神経だよね」
ラセルがそう呟くと、魔女ははじめて少しだけ微笑んだ。
「褒めているのか?」
「きっとね」
二人の間に、静かな間が落ちた。
暖炉の火が、耳に心地よい炎の音を立てている。
ラセルは魔女の腰かけているソファの傍、床の上に腰を下ろした。彼女は腰かけたまま、彼の腕をぼんやりと眺めていた。ふと、目についたのは、もう色褪せた古傷ばかりになった肌だった。
「……アザが、減ったな。」
唐突な言葉に、ラセルは自分の腕を見下ろした。日焼けに混じって、白く線のように残る傷跡。それを見て、彼は少し首を傾げたあと、ぽつりと言った。
「そうかも。……こんなに何もないの、初めて。」
その声には妙な軽さがある。素直にその事実に、自分で感心しているような明るさが滲んでいる。その様子を見て、魔女はふっと微笑んだ。
「なんだか最近のラセルは、表情が豊かになった気がするな。」
からかうような口調ではなかった。
観察するようにでもなく、ただ、ひとつの事実をそう言った。
ラセルは一瞬きょとんとして、それからそっぽを向いた。
「……あんたがそうだから、移ったんだよ」
ぼそっと言うその声は、照れ隠しの気配を含んでいた。
「む。そうか?」
静かで、穏やかな夜だった。
過去の傷が語ることより、今の表情の方がずっと雄弁に、ラセルの変化を物語っていた。