セレフィナスの魔女 -それは、祈りを紡ぐ魔法-
それは、安らかな祈り
遠くに、雪を冠した大きな山が見えた。日本とは思えないような、どこか別の世界の風景だった。
その足元には広大な草原が広がっている。空は高く、風はどこまでも静かだった。
家の周りには誰の気配もない。まるで世界から切り取られたような場所だった。
「私の家だ。どこでも好きに使い、好きに過ごせ」
「家っていうか…城でしょ…」
ラセルはどこか落ち着かない気持ちで辺りを見回した。
これが「家」だというなら、あまりにも寂しすぎる。誰もいない。近所もない。音もない。
「死にたい人間なんて、いくらでもいるでしょ? 家でのんびりする時間なんてないんじゃないの?」
ラセルがそう言うと、魔女は軽く微笑んだ。
「そうでもないぞ。私が訪れるのは、本当に心の底から死が救いだと願う者だけだ。──私は最期の安寧を渡すだけ。それが“魔法”なら、随分と地味だろう?」
そう言って、彼女はふいにラセルの手を取った。冷たくも温かい、不思議な感触だった。
「だが今日は、少し忙しいな。」
気づけば、見慣れない狭いワンルームに立っていた。
埃っぽい空気。締め切られたカーテン。壁に溶け込むように座り込む、一人の男。
その男が顔をあげた。目の下には深く隈が刻まれ、魂だけが先にどこかへ行ってしまったような顔だった。だが男はセレフィナスの魔女を見るなり、ふっと笑った。
「あぁ…やっと迎えに来てくれたのか」
その声は、涙のように安堵を含んでいた。魔女は彼の傍に屈み込み、そっと肩に手を置いた。
「待たせて悪かったな。助けに来たぞ。私がついている。未練はないか?」
魔女が静かに告げると、男は頷いた。
「あぁ、何もない。ここまで、本当に…長かった…」
「そうか。やれることを、やったのか?」
魔女の声には、何かを包むような柔らかさがあった。
「そう、僕は頑張ったんだ。もう、いいんだな」
「大丈夫。もう大丈夫だ。走り続けて、考え続けて──疲れただろう。……さぁ、目を閉じて」
「うん…」
男の呼吸が穏やかになっていく。魔女の掌から、小さな光がこぼれた。蛍のような、冬の夜明けのような、静かで美しい光。
それが男の胸元にそっと触れた瞬間、ラセルは息を飲んだ。その光は、死をもたらすものではなかった。慰めであり、肯定であり、癒しだった。
「おやすみ」
セレフィナスの魔女が囁いた。
男の顔は安らかで、生きているときよりもずっと、穏やかで──どこか誇らしげですらあった。
「……幸せそうだね」
ラセルが思わず呟いたとき、セレフィナスの魔女はふと顔を上げた。手が止まり、瞳に光がなかった。
何かが抜け落ちたような、空っぽの顔だった。
「……帰ろうか、ラセル」
そう言って、魔女は再びラセルの手を取った。
「……う、うん」
ラセルは答えながらも、彼女の横顔から目を離せなかった。
何かが、確かに削れていた。