セレフィナスの魔女 -それは、祈りを紡ぐ魔法-
セレフィナスの魔女のいない世界
朝露の残る野の道を、ふたり分の影が並んでいた。
かごを抱えたラセルは、うっすら泥のついた指で土から抜いたばかりの根菜を撫でる。
「…リュミエールが野菜採ってるの、なんだか違和感だった。」
そう言って笑った彼に、女もまた肩をすくめて返した。
「私が畑を耕すなど、絵にならないか?」
「ううん、逆だ。なんか、すごくいい」
それきりしばらく、ふたりの間に言葉はなかった。土の匂いと、風が葉を揺らす音だけが、確かに世界にあった。
やがてラセルは立ち上がり、収穫の終わった畑を見渡すように遠くを見た。吐いた息が、白く空に溶けていく。
「死にたいと思う理由ってさ……ほんとに、些細なことだった」
ぽつりと落とされたその言葉に、女は振り返る。
「たとえば誰にも必要とされてない気がしたとか、目が覚めるのが怖かったとか、そういう、言葉にもならないくらいのこと」
ラセルの声は淡々としていた。ただ、その奥にあるものは、もう悲しみでも絶望でもなかった。
「でも……生きたいって願う理由も、案外そんなものだった。たったひとり、リュミエールみたいな存在に出会ったから。それだけで、僕は――」
言葉を切って、ラセルは彼女を見た。
やわらかな微笑みが、その口元に宿る。
「……ありがとう。僕を、生かしてくれて」
彼女は驚いたように瞬きをしたあと、やわらかく笑った。
「面白いな。実に
それは魔法でも呪いでもなかった。
かつてセレフィナスの魔女と呼ばれたリュミエールが、ひとりの人間として口にした、確かな想いだった。
小さな風が吹いた。摘んだハーブの香りがふわりと鼻をかすめる。ふたりの影がまた並び、ゆっくりと歩き出す。
世界はまだ、終わらなくていいらしい。
セレフィナスの魔女 完
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