セレフィナスの魔女 -それは、祈りを紡ぐ魔法-
助けてくれという言葉
部屋のドアを開けた瞬間、息を呑んだ。
目に映ったのは、色とりどりのごみ袋の山と、転がったままのペットボトル。
足の踏み場もなく、鼻をつく臭いに一瞬で目が痛くなる。
けれど、彼女はそこにいた。ごみ袋の上でバランスをとるように、膝を抱えて座っていた。
セレフィナスの魔女は、その横へ静かにかがみ込み、彼女の隣に座った。
「お待たせ。随分、待たせてしまったね。」
少女は振り向かず、ただ笑った。
「…誰?幻覚?ついに壊れちゃった?」
「私はセレフィナス。終わりを謳う魔女だ。君の名前を、教えてくれるか?」
「はは、ほんとに幻覚かもね。……まりな。私は、まりなだよ。」
彼女の声はかすれていた。喉が乾いているのか、それとも泣いたあとなのか、よくわからなかった。
「まりな。私には共感はできないけれど、君に何があったのか、最期に聞かせてくれるか。」
まりなは一度目を伏せた。次に顔を上げた時、虚ろな瞳がどこか焦点を失っていた。
「首吊り自殺に失敗したの。気を失って目が覚めたら、病院のベッドでさ、助けてくれた人がいっぱいいて、なのに、診断結果は“正常”。“精神疾患なし”だって。で、請求が70万。笑っちゃうよね。自殺未遂って保険効かないの。」
ラセルが、声を飲んだ。
「母はずっと病院にいるの。もう何年も。呼吸器につながれて、目も開けずに、ただ生かされてるだけ。母さんは、もういないのに。」
部屋の隅から、古びた写真立てが倒れているのが見えた。母娘の姿が映っていた。もう、色が抜けていた。
「どうして私たちは、こんなふうに無理やり生かされるの。死なせてくれればいいのに。尊厳ってなんなの。母さんの、私の、どこにあるの。」
涙が、ごみ袋の上にぽたりと落ちた。光を失ったままの部屋に、それはやけに響いた。
「飛び降りも、飛び込みも、迷惑だからやめろってみんな言う。そんなの自分でもわかってる。でも、どうすればいいの。生きる理由なんてもう残ってないのに。安楽死さえ認められていれば、私も母も、こんなふうにならずに済んだかもしれないのに。もう終らせたい。全部から解放されて、楽になりたい。」
「母親が亡くなれば、君は解放されるのか。」
セレフィナスの魔女の問いに、まりなは俯いたままぽつりと答えた。
「たぶん、それだけじゃ変われない。でも……もう、なんで死にたいのかわかんないの。一つひとつ理由をあげていくうちに、自分でも何を言っているのかわからなくなる…」
ラセルは頭を抱えてしゃがみ込んだ。まりなのその姿が、自分と重なった気がした。
共感されるのが一番嫌いだった。わかったような顔をされることに吐き気が込み上げるぐらいだった。なのに、誰かに聞いてほしい。常に矛盾の中で生きていた。
適当に笑うことでしか自分を保てなくなった時期を、彼も知っている。
「…もう楽にして。私と母さんを、救ってよ。」
まりなの声は、震えていた。それでも、セレフィナスの魔女は問いかける。
「未練はないか?」
「そんなのないってば。もう、とっくに失くしたよ。」
セレフィナスの魔女は、小さな手をそっと握った。どんな匂いも、埃も、今は気にしない。ただ、その手に寄り添うように。
「助けてよ…幻でもいい。私を、助けて……セレフィナス。」
「あぁ、まりな。君は、よく頑張ったんだ。」
淡く光が灯る。やさしく、温かに。誰にも届かなかった痛みの渦を包み込むように。
「おやすみ、」
少女の涙が止まった時、部屋の空気がわずかに澄んだ気がした。
ラセルは立ち上がれなかった。なぜか自分の中でも、なにかが終わったような気がして。しばらく、その場に座り込んでいた。