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そういえば、あいつはなにかと冬のせいにしていた。
冬だからすぐお腹が空いて沢山食べてしまうのだと。冬だからずっと眠いのだと。冬だから寝坊してしまうのだと。冬だから、起きれないのだと。
今思えば、夏にも似たようなことを言っていた。暑いのも、寒いのも、どちらも苦手で嫌いで。だからだろうか。確かにあいつは、いつも、今にも死んでしまいそうだった。
でも、死ぬというよりも何処か遠くに行って永遠にこの世界には戻って来ないと言ったほうがしっくりくる、気がする。
神隠しのように。道に迷ってしまったまんま、ヒトが住む世界から外れて消える。
それに気付いたとしてもあいつは戻るという選択などしないのだろう。
自分が消えても、消えていなくなったとしても何も変わらないと信じているから。
しかし、どうだろう。実際は、名前はここにいる。研磨の目の前で、何処にも行かずこの世界で、彼女が一等好きだと言っていた学校の制服を着て、ご丁寧に、ローファーまで履いて。彼女は、──名前は、自分のすがたをここに置いていってしまった。
何処か遠くに行くこともなく、神隠しは起こらず、道に迷うこともヒトが住む世界から外れることもない。
ここに、いる。
目の前に。
目線を合わせることはせずに、ソレを見下ろした。
おっていた腰を持ち上げ、寒さに震える体の一部を掌で擦る。
何気なく、特にいらない感情が乗らないように注意を払いながら目黒に声をかける。そうすれば、思ったよりも気味の悪い音がからからと響いた。
「めぐろ」夢を見ているかのような、どこか蕩けている声に誰の声だろうかと少し考える必要があった。
その答えが分かれば、鳥肌の立つ腕を今度は左手だけでさする。寒くて仕方がない。寒くて仕方がないのに、ここから立ち去ろうとは思わない。
もう一度、ゆっくりと口を開いた。「目黒」今度も、からからと音が鳴る。
「冬、はやく終わるといいね。ね、目黒」
春と秋が来れば、目黒は元気になる。
うごかないひょうじょうは、俺の嫌いなあの笑顔を作ることはない。
冷たいタイルに、足が張り付いて取れそうにない。
寒い。
冷たい。
研磨が名前を大切に思っていることを、研磨は知っていた。正しく理解していた。受け入れていた。
死ぬことを選んだ彼女の選択を、彼は尊重することも否定して止めることもしない。「生きることに向いていない」「なんで、生まれてきたんだろう」そうやって、涙を飲み込んで、死ぬ順番を待ち続けていた名前を彼は知っていたから。
名前に、春も秋も訪れることはない。けれど、長いこと待っていたその順番が漸く彼女にまわってきた。
飲み干してしまった熱を、あいつは、いつ返してくれるんだろう。返してくれないと、冬は終わらない。寒いままで、指先は冷たいまま。
「さむい、つめたい。……さむい」
何故名前が死にたがっていたのか、研磨は少しだけ知っている。少しだけ。ほんの、少し。それは、彼女の自殺の理由を知っていると言えるほどの量ではない。
傷に触れて、ほんの少しそこに爪を立てた。けれど、隠すことはなく、それどころか名前は研磨が傷に触れることを許した。
それでも、致死量の毒を研磨は知らない。
「さむいね」とわらう目黒は、好きだった。
ともだちと喋っているめぐろは、苦手だった。
どこかに行ってしまうと思っていた。俺の知らないところへ。誰の目にも触れないところへ。
でも。
「ずっと、ここに、いたんだね」
どこにも、行かなかったんだ。
伸ばした指先は、今度は途中で躊躇った。
まつげの長さが、目につく。
色のないくちびるが、目につく。
くびすじをなぞる赤い血は、乾いてしまっている。
どこもかしこも死んだ色に染まっている。
寒さから震えるのは体だけだった。指先は震えずとも、もうずっと熱が戻らない。
救急車、どれくらいでくるのだろう。
そもそも、この場合は救急車であっていたのかな。
やっぱり、頭は働いてくれない。
代わりに、記憶が引っ掻き回され、目黒のあのひょうじょうが頭を占める。研磨の苦手な、あのかお。あのひょうじょう。
「……」
浮かぶ吹き出しに手を伸ばして、握りつぶした。
笑わなければいいのに。
乾燥したくちびるから、血が出る。
持ち歩くだけのリップクリームは、今もそのポケットの中に入っているのだろうか。
「孤爪」
「なに?」
授業が終わり、放課後がやってくるとこうして名前は研磨の名を呼ぶ。
換気と称して開けられる窓から、耐えきれない冷気が入り込み、彼女は膝にかけている温度を手繰り寄せる。
「ぶかつ、」
寒さで震える唇が、乾燥して痛い。
名前が唇を噛み締めて、下手な喋り方でもう一度口を開いた。
「部活、頑張って」
「……うん、ありがと」
学校に来ている日は、必ず。必ず、こうやって放課後に、授業が全て終わった時に、研磨の名を呼ぶ。そして、下手な喋り方で同じことを言う。
それに、何の意味があるのかも彼は知らないし、聞こうと思ったことも深く考えたこともなかった。
しかし、強くかけられた暖房のせいでぼーっとする頭が、普段考えたことのない名前のその行動の意味を研磨に追い求めさせようと作用する。
下を向いていた目黒と、目が合う。
いまだ、と少し身体を名前に寄せる研磨が彼女の名を呼んだ。
「目黒さ、「名前ー、ばいばーい」……」
「んー、葵氏ばいばいー」
言葉を遮られた研磨をちらりと一瞥し、彼女は百分の一ミリ程度の笑顔を貼り付け友達へと手を振って明るい声を弾けさせた。
今にも割れて血が出てきそうな、乾燥した唇を見つめて、研磨は音になれなかった要らない空気を吐き出した。重い。重い空気が、床に転がる。
足元に這いつくばる冷気を見つめて、もう一度溜息をついた。
あの人たちは、どれだけ顔を目黒に近づけようが表情の変化を読み取ることは出来ない。
変な笑い方。罵ることは、心の中だけ。
リップ、塗れって言ってるのに。ポケットの中にいるだけの存在をいつ教えてやろうか、考えた。少しだけ。
「孤爪、それで、なに?」
「……いや、何でもない」
上から降ってきた声に、自分が落とした溜息をスリッパの底で潰すと何となく返事できた。
……やっぱ、聞かなくても、いいや。
そっか、って息を吐いた目黒。
気づかぬうちに開けられた窓が、冷たい空気の侵入を許す。
簡単に、単純に、楽に、易々と。
そろそろ、冷気への不法侵入を訴えるべきだと思う。
「頑張れ、部活」
「ん、ばいばい」
「うん、……ばいばい」
困ったような顔で、それでも名前が力なく笑うから、研磨は知らないふりをするしかなかった。
「目黒名前、帰るぞー」
「んー、桃ちゃんまってー」
少しのなで肩に、二つの紐を乗っけて重い荷物の入った袋を背負う目黒。
今日は友達と帰る日なんだ、珍しい。
苦手だと言っていたマフラーを巻く作業を、眉をしかめながら行って、肩につきそうなくらいの髪がきのこのようになった。
「また、明日」そうして、彼女は研磨の返事を聞かずに背中を向けた。
「眠い、桃ちゃん家まで連れて帰って」
「やだ」
「……けち」
「あ?」
ぽんぽんとでてくる会話は、コンピュータの吹き出しに入れる言葉を下に用意しているのが原因。彼女が自分で用意したものではない。決して、違う。
どうすれば友達が笑うのか、会話が続くのかを知っている目黒は明日も明後日も、死ぬまで用意するのだろう。他人が喜ぶ、その言葉を。
冬だからすぐお腹が空いて沢山食べてしまうのだと。冬だからずっと眠いのだと。冬だから寝坊してしまうのだと。冬だから、起きれないのだと。
今思えば、夏にも似たようなことを言っていた。暑いのも、寒いのも、どちらも苦手で嫌いで。だからだろうか。確かにあいつは、いつも、今にも死んでしまいそうだった。
でも、死ぬというよりも何処か遠くに行って永遠にこの世界には戻って来ないと言ったほうがしっくりくる、気がする。
神隠しのように。道に迷ってしまったまんま、ヒトが住む世界から外れて消える。
それに気付いたとしてもあいつは戻るという選択などしないのだろう。
自分が消えても、消えていなくなったとしても何も変わらないと信じているから。
しかし、どうだろう。実際は、名前はここにいる。研磨の目の前で、何処にも行かずこの世界で、彼女が一等好きだと言っていた学校の制服を着て、ご丁寧に、ローファーまで履いて。彼女は、──名前は、自分のすがたをここに置いていってしまった。
何処か遠くに行くこともなく、神隠しは起こらず、道に迷うこともヒトが住む世界から外れることもない。
ここに、いる。
目の前に。
目線を合わせることはせずに、ソレを見下ろした。
おっていた腰を持ち上げ、寒さに震える体の一部を掌で擦る。
何気なく、特にいらない感情が乗らないように注意を払いながら目黒に声をかける。そうすれば、思ったよりも気味の悪い音がからからと響いた。
「めぐろ」夢を見ているかのような、どこか蕩けている声に誰の声だろうかと少し考える必要があった。
その答えが分かれば、鳥肌の立つ腕を今度は左手だけでさする。寒くて仕方がない。寒くて仕方がないのに、ここから立ち去ろうとは思わない。
もう一度、ゆっくりと口を開いた。「目黒」今度も、からからと音が鳴る。
「冬、はやく終わるといいね。ね、目黒」
春と秋が来れば、目黒は元気になる。
うごかないひょうじょうは、俺の嫌いなあの笑顔を作ることはない。
冷たいタイルに、足が張り付いて取れそうにない。
寒い。
冷たい。
研磨が名前を大切に思っていることを、研磨は知っていた。正しく理解していた。受け入れていた。
死ぬことを選んだ彼女の選択を、彼は尊重することも否定して止めることもしない。「生きることに向いていない」「なんで、生まれてきたんだろう」そうやって、涙を飲み込んで、死ぬ順番を待ち続けていた名前を彼は知っていたから。
名前に、春も秋も訪れることはない。けれど、長いこと待っていたその順番が漸く彼女にまわってきた。
飲み干してしまった熱を、あいつは、いつ返してくれるんだろう。返してくれないと、冬は終わらない。寒いままで、指先は冷たいまま。
「さむい、つめたい。……さむい」
何故名前が死にたがっていたのか、研磨は少しだけ知っている。少しだけ。ほんの、少し。それは、彼女の自殺の理由を知っていると言えるほどの量ではない。
傷に触れて、ほんの少しそこに爪を立てた。けれど、隠すことはなく、それどころか名前は研磨が傷に触れることを許した。
それでも、致死量の毒を研磨は知らない。
「さむいね」とわらう目黒は、好きだった。
ともだちと喋っているめぐろは、苦手だった。
どこかに行ってしまうと思っていた。俺の知らないところへ。誰の目にも触れないところへ。
でも。
「ずっと、ここに、いたんだね」
どこにも、行かなかったんだ。
伸ばした指先は、今度は途中で躊躇った。
まつげの長さが、目につく。
色のないくちびるが、目につく。
くびすじをなぞる赤い血は、乾いてしまっている。
どこもかしこも死んだ色に染まっている。
寒さから震えるのは体だけだった。指先は震えずとも、もうずっと熱が戻らない。
救急車、どれくらいでくるのだろう。
そもそも、この場合は救急車であっていたのかな。
やっぱり、頭は働いてくれない。
代わりに、記憶が引っ掻き回され、目黒のあのひょうじょうが頭を占める。研磨の苦手な、あのかお。あのひょうじょう。
「……」
浮かぶ吹き出しに手を伸ばして、握りつぶした。
笑わなければいいのに。
乾燥したくちびるから、血が出る。
持ち歩くだけのリップクリームは、今もそのポケットの中に入っているのだろうか。
「孤爪」
「なに?」
授業が終わり、放課後がやってくるとこうして名前は研磨の名を呼ぶ。
換気と称して開けられる窓から、耐えきれない冷気が入り込み、彼女は膝にかけている温度を手繰り寄せる。
「ぶかつ、」
寒さで震える唇が、乾燥して痛い。
名前が唇を噛み締めて、下手な喋り方でもう一度口を開いた。
「部活、頑張って」
「……うん、ありがと」
学校に来ている日は、必ず。必ず、こうやって放課後に、授業が全て終わった時に、研磨の名を呼ぶ。そして、下手な喋り方で同じことを言う。
それに、何の意味があるのかも彼は知らないし、聞こうと思ったことも深く考えたこともなかった。
しかし、強くかけられた暖房のせいでぼーっとする頭が、普段考えたことのない名前のその行動の意味を研磨に追い求めさせようと作用する。
下を向いていた目黒と、目が合う。
いまだ、と少し身体を名前に寄せる研磨が彼女の名を呼んだ。
「目黒さ、「名前ー、ばいばーい」……」
「んー、葵氏ばいばいー」
言葉を遮られた研磨をちらりと一瞥し、彼女は百分の一ミリ程度の笑顔を貼り付け友達へと手を振って明るい声を弾けさせた。
今にも割れて血が出てきそうな、乾燥した唇を見つめて、研磨は音になれなかった要らない空気を吐き出した。重い。重い空気が、床に転がる。
足元に這いつくばる冷気を見つめて、もう一度溜息をついた。
あの人たちは、どれだけ顔を目黒に近づけようが表情の変化を読み取ることは出来ない。
変な笑い方。罵ることは、心の中だけ。
リップ、塗れって言ってるのに。ポケットの中にいるだけの存在をいつ教えてやろうか、考えた。少しだけ。
「孤爪、それで、なに?」
「……いや、何でもない」
上から降ってきた声に、自分が落とした溜息をスリッパの底で潰すと何となく返事できた。
……やっぱ、聞かなくても、いいや。
そっか、って息を吐いた目黒。
気づかぬうちに開けられた窓が、冷たい空気の侵入を許す。
簡単に、単純に、楽に、易々と。
そろそろ、冷気への不法侵入を訴えるべきだと思う。
「頑張れ、部活」
「ん、ばいばい」
「うん、……ばいばい」
困ったような顔で、それでも名前が力なく笑うから、研磨は知らないふりをするしかなかった。
「目黒名前、帰るぞー」
「んー、桃ちゃんまってー」
少しのなで肩に、二つの紐を乗っけて重い荷物の入った袋を背負う目黒。
今日は友達と帰る日なんだ、珍しい。
苦手だと言っていたマフラーを巻く作業を、眉をしかめながら行って、肩につきそうなくらいの髪がきのこのようになった。
「また、明日」そうして、彼女は研磨の返事を聞かずに背中を向けた。
「眠い、桃ちゃん家まで連れて帰って」
「やだ」
「……けち」
「あ?」
ぽんぽんとでてくる会話は、コンピュータの吹き出しに入れる言葉を下に用意しているのが原因。彼女が自分で用意したものではない。決して、違う。
どうすれば友達が笑うのか、会話が続くのかを知っている目黒は明日も明後日も、死ぬまで用意するのだろう。他人が喜ぶ、その言葉を。
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