竈門炭治郎
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
違うクラスだが、気になる子がいた。
「……」
職員室の外に置いてある机で、先生に勉強を教えてもらっている姿をよく見る。勤勉なんだと、彼女のことを知ることができて何故だか嬉しくなった。
多分、彼女は俺のことを知らない。
自分も自分で、彼女のことは、顔と勤勉なことと学校があまり好きでは無いということしか知らない。
名前すら、知らないのだ。
通りすがる時、ちらりと目で追う。
見かけたら、少しの間見てしまう。
今日は楽しそうだ。とか、嫌なことあったのかな。とか、勉強頑張っているなあとか。少し物足りないが、彼女を見るだけで良かった。
そんなふうに思っていた。
だから、
「すみません、竈門炭治郎くんっていますか?」
「え」
何故、クラスの違う彼女が自分の教室に来て、しかも自分の名を呼んでいるのかが分からない。けれど、名前を呼ばれた時に高鳴った胸は隠しようのない事実。
それと同時に、やはり自分の名前を知っては無いのだという事実に、ほんの少しだが不満を感じた。
驚いてしまって、なかなか答えようとしない炭治郎に彼女が首を傾げて困惑している。
「いや、すまない。竈門炭治郎は俺だ。何か……?」
「ああ、そうなんだ。榊先生にノートを渡しておいてくれって頼まれたので、届けに来ました。どうぞ」
「あ、ああ、ありがとう。でも、どうして君に?」
何となく、会話が終わってしまうことが惜しいと思った。自然と口をついで出てくる、話を引き延ばすための言葉に、後ろめたさとまだ喋っていられるという喜びが入り混じる。
炭治郎の疑問に、彼女はさほど悩むことなく答えを示した。
「先生によく勉強教えてもらってるからその代償。よくパシリにされるんだ」
「なるほど……。それでも、助かった!ありがとう。……ええと、」
言い淀み、名前を聞いてもいいのだろうかと戸惑うが、この流れで聞いて仕舞えば、距離を縮めることができる。
知らなかった名前を知ることができる。
詰まりそうになりながら、息を吸って欲のままに彼女の目を見た。
「名前を、聞いてもいいだろうか」
「え、……ええと、そうか、私だけが知っているのは少し気味が悪いね。私は圷 名前です」
「圷名前さん、か。……その、実は言うと、君のことを知っていたんだ」
「えっ」
「ああいや、変な意味ではなくて」
変な意味ってなんだ。
目を合わせて喋ると、なんだか緊張する。こんなこと、一度もなかったのに。他の人ではなったことのない、ざわざわする緊張に、それでもなんだか嫌な気持ちはしない。
制御できない。自分の口だというのに。
きょとんしている圷さんを見て、中々どうしてうまく回らない頭を叱責する。
「その、……職員室前にある机で勉強しているのをよく見かけるんだ。それで、顔だけ知っていて……。すまない、気持ちが悪いだろう」
「いや、その、大丈夫。ちょっと驚いただけで。私も、名前は知らないけど一方的に知ってる人なら何人かいるから。そんな感じなんだろうなって」
「そ、そうか」
「うん」
放課後は、授業合間の休み時間と違って時間を気にしなくていい。
会話が終わってしまった。
少しだけ、寂しく思う。
次は、いつ喋れるだろうか。
少しずつ減っていく生徒を横目で見て、灰色がかった目と目を合わせる。
「圷さん、は、今日も職員室に行くのか?」
「ううん。……あ、でも残って勉強するから分からないとこあったら行くかも」
「そうなのか。……その、一緒に勉強しても良いだろうか」
「……、」
「す、すまない!嫌だったらいいんだ、気にしないでくれ」
もう少し、もう少し。
欲がじりじりと滲んで止まらない。
知りたい。もう少し、もっと、沢山。
炭治郎の誘いに、名前は困ったように微かに笑って、視線をうろうろさせたと思うと、彼と再び目を合わせる。
「いいよ、竈門くんが良いなら」
「!!ほ、本当か?」
「本当。でも、私、頭良くないから一緒に勉強してもあんまり意味ないかもよ」
「いや、君と一緒に勉強したいだけだからいいんだ」
「……ふ、そう。じゃあ、何処でする?」
聞き逃してしまいそうになる程の、炭治郎の口説き文句のような類の言葉に瞬きをいくつかすると、名前はまた困ったように笑う。
今日は、何もなかった筈だ。
炭治郎は頭の中で予定の確認をして、彼女の問いかけに思考を巡らせる。
「圷さんは、いつも何処でしているんだ?」
「図書館か、教室。テスト期間中だから、図書館の方がいいかも」
「そうなのか。……では、図書館にしよう」
「そうだね。私、荷物取ってくるから待ってて」
「分かった」
何故だか、圷さんからはずっと悲しいような嬉しいような、複雑な匂いがした。
俺が名前を聞くと、微かに悲しそうにする。俺が知っていると言ったら、ほんの僅かに嬉しそうに、している。
匂いだけではなく、微妙な表情の変化をすくいとる自分に、あれと思った。何で、こんなにも、彼女の表情から感情を読み取ろうとしているのだろう。
炭治郎は、去っていく名前の背中を見つめ首を傾げて、そわそわする心臓のあたりを服の上から握りしめた。
嬉しいのと、悲しいのと、寂しい。そして、関係が発展するという期待が混ぜこぜになって、鼻の奥がつんと痛い。
この痛みは、彼女から漂ってきた匂いが原因なのか自分のものなのか。分からなかった。
「……何で、」
何で、こんなにも彼女のことが気になって、悲しくて嬉しいのだろうか。
それから、時々残って一緒に勉強する習慣が続いた。
名前は頭が良く、テスト週間になると炭治郎が教材を手に彼女の元を訪れたり、何でもない放課後や昼休みに時折来ては、勉強したりただ喋るだけだったりと二人は少しずつ少しずつ、互いの距離を縮めていった。
時々、炭治郎は不思議な夢見るのだ。
遠い昔、刀を手にして人を喰らう鬼の頸をはねる仕事をしている自分の夢を。
「竈門、ごめん待たせた」
「いや、」
夢にしてはあまりにも鮮烈で、遠い遠い過去の記憶のように自身に馴染んでいく。大切な仲間と妹がいて、皆大切な筈なのに、その誰よりもかけがえのない存在がいた。
何故だろうか。いたということは分かっているけれど、顔も名前も思い出せない。そうして、毎朝起きる度に少しの間考えて気づく。これは、夢なのだと。
名前からは、匂いがしなくなった。
初めて話をしたあの時のような、嬉しい、悲しい寂しいとが混ざり合った複雑な匂いが。
「どうした?ぼうっとしてるけど、疲れた?」
「!すまない。そういう訳ではないんだ」
「そう、ならいい」
図書室で勉強する放課後のこの時間、炭治郎は、名前が集中して手を動かし、悩んでいる時に見せる、唇を指で触ったり頬杖をついたりするちょっとした動作を見るのが好きだった。
炭治郎が分からなかったところを聞くと、名前は大きめの付箋を取り出してポイントを書いて丁寧に教えた。
「……もう、こんな時間だったのか」
「本当だ、帰ろうか」
「ああ」
薄暗くなった廊下を二人で並んで歩き、ぽつりぽつりと言葉を交換する。
下駄箱に着くと、ふと思い出したかのように炭治郎が「夢を見るんだ」と夕陽を映す目で彼女を見た。
何故、この話を彼女にしたのか自分でも分からなかった。ただ、口をついて出た言葉が、あまりにも懐かしくて。
「……夢?」
「ああ。……遠い昔の話で、刀を持って鬼の頸を切るという夢なんだ」
「……怖くない?そんな、物騒な夢見て」
「いや、怖くはないな。ただ、……夢なのにおかしいと思うが、懐かしくてたまらないんだ。夢の中の俺は、苦しんだり悲しいことがあったりしていたけれど、決して不幸では無かった。顔も名前も、起きた時にはもう思い出せないが、大事な仲間がいて、大切な人がいて、……ああ、そうだな。幸せだったんだ」
夢なのに。夢の中の話だというのに。何故だろう。懐かしくて、愛おしい。
喋りすぎてしまっただろうか。
黙り込み、俯いた名前を慌てて炭治郎が覗き込んで、そこで、はっと息を飲んだ。
痛い。鼻の奥が、つんとして痛い。
あの時と同じ匂いがする。
何かを堪えるよう、彼女が唇を強く噛み、痛々しい笑顔でそっと笑った。
「そう。……よかった。よかったね、竈門」
涙が、出そうになった。
悲しい。辛い。嬉しい。反対の位置に居座る感情が、かき混ざって名前の声を震わせる。
終ぞ、聞くことは出来なかったことを思い出して、今は、目の前にいる竈門炭治郎はあの時代のものではないと繰り返し、自分に言い聞かせる。
幸せだったのか。よかった。良かった。
「名前、何で泣きそうなんだ?俺、何か……」
「いや、違う。気にしないで。竈門が夢の中でも幸せなんだなって思ったら、ちょっと嬉しかっただけ」
ずっと、知っていた。入学した時から、ずっと。声を掛けようと、何回思ったことか。目で追うことを我慢して、関わることをやめた。他人として、生きていく方がいいのだと。
何故ならば、前世の竈門炭治郎ではないからだ。
今世の彼は、優しい。変わっていない人の出来た性格。それなのに、私のことは覚えていない、なんて。重ねてしまう。重ねたら駄目だ、失礼だ。
ああ、分かっているのに。
泣きたくて泣きたくて、仕方がなかった。
前世の記憶があるなんて。
「……」
職員室の外に置いてある机で、先生に勉強を教えてもらっている姿をよく見る。勤勉なんだと、彼女のことを知ることができて何故だか嬉しくなった。
多分、彼女は俺のことを知らない。
自分も自分で、彼女のことは、顔と勤勉なことと学校があまり好きでは無いということしか知らない。
名前すら、知らないのだ。
通りすがる時、ちらりと目で追う。
見かけたら、少しの間見てしまう。
今日は楽しそうだ。とか、嫌なことあったのかな。とか、勉強頑張っているなあとか。少し物足りないが、彼女を見るだけで良かった。
そんなふうに思っていた。
だから、
「すみません、竈門炭治郎くんっていますか?」
「え」
何故、クラスの違う彼女が自分の教室に来て、しかも自分の名を呼んでいるのかが分からない。けれど、名前を呼ばれた時に高鳴った胸は隠しようのない事実。
それと同時に、やはり自分の名前を知っては無いのだという事実に、ほんの少しだが不満を感じた。
驚いてしまって、なかなか答えようとしない炭治郎に彼女が首を傾げて困惑している。
「いや、すまない。竈門炭治郎は俺だ。何か……?」
「ああ、そうなんだ。榊先生にノートを渡しておいてくれって頼まれたので、届けに来ました。どうぞ」
「あ、ああ、ありがとう。でも、どうして君に?」
何となく、会話が終わってしまうことが惜しいと思った。自然と口をついで出てくる、話を引き延ばすための言葉に、後ろめたさとまだ喋っていられるという喜びが入り混じる。
炭治郎の疑問に、彼女はさほど悩むことなく答えを示した。
「先生によく勉強教えてもらってるからその代償。よくパシリにされるんだ」
「なるほど……。それでも、助かった!ありがとう。……ええと、」
言い淀み、名前を聞いてもいいのだろうかと戸惑うが、この流れで聞いて仕舞えば、距離を縮めることができる。
知らなかった名前を知ることができる。
詰まりそうになりながら、息を吸って欲のままに彼女の目を見た。
「名前を、聞いてもいいだろうか」
「え、……ええと、そうか、私だけが知っているのは少し気味が悪いね。私は
「圷名前さん、か。……その、実は言うと、君のことを知っていたんだ」
「えっ」
「ああいや、変な意味ではなくて」
変な意味ってなんだ。
目を合わせて喋ると、なんだか緊張する。こんなこと、一度もなかったのに。他の人ではなったことのない、ざわざわする緊張に、それでもなんだか嫌な気持ちはしない。
制御できない。自分の口だというのに。
きょとんしている圷さんを見て、中々どうしてうまく回らない頭を叱責する。
「その、……職員室前にある机で勉強しているのをよく見かけるんだ。それで、顔だけ知っていて……。すまない、気持ちが悪いだろう」
「いや、その、大丈夫。ちょっと驚いただけで。私も、名前は知らないけど一方的に知ってる人なら何人かいるから。そんな感じなんだろうなって」
「そ、そうか」
「うん」
放課後は、授業合間の休み時間と違って時間を気にしなくていい。
会話が終わってしまった。
少しだけ、寂しく思う。
次は、いつ喋れるだろうか。
少しずつ減っていく生徒を横目で見て、灰色がかった目と目を合わせる。
「圷さん、は、今日も職員室に行くのか?」
「ううん。……あ、でも残って勉強するから分からないとこあったら行くかも」
「そうなのか。……その、一緒に勉強しても良いだろうか」
「……、」
「す、すまない!嫌だったらいいんだ、気にしないでくれ」
もう少し、もう少し。
欲がじりじりと滲んで止まらない。
知りたい。もう少し、もっと、沢山。
炭治郎の誘いに、名前は困ったように微かに笑って、視線をうろうろさせたと思うと、彼と再び目を合わせる。
「いいよ、竈門くんが良いなら」
「!!ほ、本当か?」
「本当。でも、私、頭良くないから一緒に勉強してもあんまり意味ないかもよ」
「いや、君と一緒に勉強したいだけだからいいんだ」
「……ふ、そう。じゃあ、何処でする?」
聞き逃してしまいそうになる程の、炭治郎の口説き文句のような類の言葉に瞬きをいくつかすると、名前はまた困ったように笑う。
今日は、何もなかった筈だ。
炭治郎は頭の中で予定の確認をして、彼女の問いかけに思考を巡らせる。
「圷さんは、いつも何処でしているんだ?」
「図書館か、教室。テスト期間中だから、図書館の方がいいかも」
「そうなのか。……では、図書館にしよう」
「そうだね。私、荷物取ってくるから待ってて」
「分かった」
何故だか、圷さんからはずっと悲しいような嬉しいような、複雑な匂いがした。
俺が名前を聞くと、微かに悲しそうにする。俺が知っていると言ったら、ほんの僅かに嬉しそうに、している。
匂いだけではなく、微妙な表情の変化をすくいとる自分に、あれと思った。何で、こんなにも、彼女の表情から感情を読み取ろうとしているのだろう。
炭治郎は、去っていく名前の背中を見つめ首を傾げて、そわそわする心臓のあたりを服の上から握りしめた。
嬉しいのと、悲しいのと、寂しい。そして、関係が発展するという期待が混ぜこぜになって、鼻の奥がつんと痛い。
この痛みは、彼女から漂ってきた匂いが原因なのか自分のものなのか。分からなかった。
「……何で、」
何で、こんなにも彼女のことが気になって、悲しくて嬉しいのだろうか。
それから、時々残って一緒に勉強する習慣が続いた。
名前は頭が良く、テスト週間になると炭治郎が教材を手に彼女の元を訪れたり、何でもない放課後や昼休みに時折来ては、勉強したりただ喋るだけだったりと二人は少しずつ少しずつ、互いの距離を縮めていった。
時々、炭治郎は不思議な夢見るのだ。
遠い昔、刀を手にして人を喰らう鬼の頸をはねる仕事をしている自分の夢を。
「竈門、ごめん待たせた」
「いや、」
夢にしてはあまりにも鮮烈で、遠い遠い過去の記憶のように自身に馴染んでいく。大切な仲間と妹がいて、皆大切な筈なのに、その誰よりもかけがえのない存在がいた。
何故だろうか。いたということは分かっているけれど、顔も名前も思い出せない。そうして、毎朝起きる度に少しの間考えて気づく。これは、夢なのだと。
名前からは、匂いがしなくなった。
初めて話をしたあの時のような、嬉しい、悲しい寂しいとが混ざり合った複雑な匂いが。
「どうした?ぼうっとしてるけど、疲れた?」
「!すまない。そういう訳ではないんだ」
「そう、ならいい」
図書室で勉強する放課後のこの時間、炭治郎は、名前が集中して手を動かし、悩んでいる時に見せる、唇を指で触ったり頬杖をついたりするちょっとした動作を見るのが好きだった。
炭治郎が分からなかったところを聞くと、名前は大きめの付箋を取り出してポイントを書いて丁寧に教えた。
「……もう、こんな時間だったのか」
「本当だ、帰ろうか」
「ああ」
薄暗くなった廊下を二人で並んで歩き、ぽつりぽつりと言葉を交換する。
下駄箱に着くと、ふと思い出したかのように炭治郎が「夢を見るんだ」と夕陽を映す目で彼女を見た。
何故、この話を彼女にしたのか自分でも分からなかった。ただ、口をついて出た言葉が、あまりにも懐かしくて。
「……夢?」
「ああ。……遠い昔の話で、刀を持って鬼の頸を切るという夢なんだ」
「……怖くない?そんな、物騒な夢見て」
「いや、怖くはないな。ただ、……夢なのにおかしいと思うが、懐かしくてたまらないんだ。夢の中の俺は、苦しんだり悲しいことがあったりしていたけれど、決して不幸では無かった。顔も名前も、起きた時にはもう思い出せないが、大事な仲間がいて、大切な人がいて、……ああ、そうだな。幸せだったんだ」
夢なのに。夢の中の話だというのに。何故だろう。懐かしくて、愛おしい。
喋りすぎてしまっただろうか。
黙り込み、俯いた名前を慌てて炭治郎が覗き込んで、そこで、はっと息を飲んだ。
痛い。鼻の奥が、つんとして痛い。
あの時と同じ匂いがする。
何かを堪えるよう、彼女が唇を強く噛み、痛々しい笑顔でそっと笑った。
「そう。……よかった。よかったね、竈門」
涙が、出そうになった。
悲しい。辛い。嬉しい。反対の位置に居座る感情が、かき混ざって名前の声を震わせる。
終ぞ、聞くことは出来なかったことを思い出して、今は、目の前にいる竈門炭治郎はあの時代のものではないと繰り返し、自分に言い聞かせる。
幸せだったのか。よかった。良かった。
「名前、何で泣きそうなんだ?俺、何か……」
「いや、違う。気にしないで。竈門が夢の中でも幸せなんだなって思ったら、ちょっと嬉しかっただけ」
ずっと、知っていた。入学した時から、ずっと。声を掛けようと、何回思ったことか。目で追うことを我慢して、関わることをやめた。他人として、生きていく方がいいのだと。
何故ならば、前世の竈門炭治郎ではないからだ。
今世の彼は、優しい。変わっていない人の出来た性格。それなのに、私のことは覚えていない、なんて。重ねてしまう。重ねたら駄目だ、失礼だ。
ああ、分かっているのに。
泣きたくて泣きたくて、仕方がなかった。
前世の記憶があるなんて。
1/1ページ