十八の夏
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼も夜も暑くて仕方がないが、朝は少しだけ違う。清々しい朝の空気を肺一杯に溜め込んで拳を握った。
気合を入れる。
さあ、今年もこの日がやってきた。いつも通り眠くて仕方がないけれど、待ち合わせていた寮のリビングで出久の姿を発見し、握っていた拳を解いて目を閉じ深呼吸。
……よし、大丈夫だよな、爆豪名前。
目が合い、近付いてくる出久ににっこりと笑って清々しい朝の挨拶。
「出久、おはよう」
「おはよう。あ、今日はお団子してるんだ」
「へへ、勝己がやってくれた」
「……相変わらず才能マンだね」
感心したのか、出久が深い感動の声を上げる。
髪が短くてもお団子は出来るのだと知ったのは、今日の朝だ。
朝早くから押し掛けてきた勝己に一体何事かと思えば、「いいからさっさと用意して頭出せ」と言うものだから、慌ただしく用意した。
そうして、されるがままに睡眠不足の頭を勝己に預けていると、いつのまにか出来上がっていたお団子ヘアに心底自分の兄の有能さに恐れ慄いたのである。
去年からずっと短くしている髪の毛を、勝己は時々こうしてアレンジしてくれる。なんだかそれがこそばゆくて、嬉しくて、──見透かされてるなあと思う。敵わないなあ、とも。
寮から学校への短い道のりを出久と二人で歩く。
気付けば、時間がこんなにも経ってしまった。
ずれていく、私と出久の肩の位置がそれを示す。
手の大きさの違いがそれを示す。
変わっていく出久が、それを示す。
驚いたことに、私の時間軸は出久基準らしい。
君が変わっていくことに気がつく度に、ないまぜになる感情が肚の底に落ちていく。
手が震えるのはいつものこと、緊張するのもいつものこと。大丈夫、大丈夫。さあ、笑え。
「誕生日おめでとう。はい、これ。帰って開けてね」
「わ、今年もありがとう! 何だろう……!」
「愛の力で今年も選んだよ」
「へへへ。……ありがとう」
嬉しそうに笑ってくれる出久に、苦しくなる。
優しい笑顔。
眩しい笑顔。
私は今年も、出久が好きです。
変わらないものなんて無い。
けれど、髪を伸ばすことを辞めた私の短いままの髪が、変わろうとする自分を縛り付ける。九個目のプレゼントに込めた意味が、変わろうとする私を拒む。
切り続ける髪の毛。
渡し続けるプレゼント。
切り捨て続ける甘い自分。
「出久、十八歳になってくれてありがとう」
ありがとう、生まれてきてくれて。
あと四年。
あと四回。
あと四個。
一本減った指の数に、私はどんな感情を抱くことが正解なのだろう。
教えて欲しい。誰か、知らないだろうか。
苦しいとも、辛いとも違う、濁った色の感情が自分の肚の中に居座っている。
意志を持って蠢く。
見上げることでしか目が合わなくなった身長差に、ぐるりと円を描いた焦燥が燃える。時間は、元には戻らない。
全ての授業がやっと終わった。
ぐぐっと大きく背伸びをして、頑張った自分自身を労っていれば、チャイムが広く大きな学校に響き渡り、生徒の声で廊下や教室、グラウンドが振動する空気の波に飲み込まれる。
よし、と気合を入れてリュックを背負い、出久の席へと向かった。
「出久、帰ろ」
「え、あー……ごめん、今日は」
「ごめんな、名前ちゃん。どうしても今日、デクくんと話したいことがあるんよ」
「……、そっか」
眉を下げて、視線を泳がす出久の傍から決意したような──と、言っても実際に彼女は心を決めているからようなではなくて決意しているのではあるけれど──顔でお茶子がはっきりとした音を出す。
とうとう? やっぱり?
当てはまる言葉が出てこない。
鈍感な出久は知らないだろうけれど、お茶子が何を話そうとしているのか分かってしまう、というよりも、前々から分かっていた。
出久を見る時、出久と喋る時、花のように笑顔を咲かせる彼女を見て、気づいた。気づかないはずがないだろう。
同じ気持ちを抱いている人ほど見つけやすい。分かりやすい。多分それは、彼女も同じだ。
私の様子を伺うような、ではなく敵意とは違うけれど似たような視線を向けてくる彼女と出久に、ゆっくりと、変にならないように口角を上げて笑って見せれば、ついでに上がった手がそのまま左右に振られる。
私の意志で動くはずの肉体は、時々勝手に動くことがあった。今が、そうだ。
「じゃあ、私は帰るね。ばいばい」
喉に何かが突っかかる。
声が震えたのは最初だけだった。
お茶子と同じ土俵に立てもしない私は、ここから去るしかない。
朝にプレゼントを渡しておいて良かった。毎年の習慣に感謝を述べ、この場から離れられることに安堵する。
背中を向け、教室と廊下の狭間に足をかけた時、出久が私の名前を呼んだ。
「あ、名前!」
「……なに?」
振り向いて、その笑顔を見て後悔した。
大きな目が細められた、私の大好きな笑顔。可愛くて、格好良くなって、明るくて眩しくて──その顔を向けられると、困ってしまう。
「その髪型、似合ってる。今日の朝、言えなかったからさ」
「、」
──聞かなかったら、よかった。
動揺の色など一切見せなかったであろう自分を褒めたい。
一息置いて、同じように目を細めて笑った。
自然に上がった掌を再度振って仕舞えば、すらりと口から言葉が出てくる。
「ありがとう。じゃあね」
これから告白されるっていうのに、当の本人は他の女を褒めるってどうなんだ。
鈍感な幼馴染み兼想い人に吐き出した溜息が消える。
酷い男だな。
顔が引きつっていなかったか、今更になって気になる。多分、大丈夫だろうけれど。
……ああ、もう、本当に酷い男だ。
教室から普段の足取りで下駄箱まで歩く。
そういえば、そんなに哀しく無い。はたと気付いた、身に覚えのない疑問が足に絡みついて重い。
成長し、変化していく身体を拒み、追い付いていけない中身が歪んだ時間軸を生み出し、自分にさえ理解できない爆豪名前がそこに居た。
死んでいく過去の私が、時間に飲み込まれて消えていく。何でだろうと聞きたくても、相談したくても、誰もいない。
「……何でだろう」
返事は当然、返ってこん。
勝己がしてくれたお団子を、丸く作った掌で包み込んだ。私の知らない私が、感情をコントロールする。喜怒哀楽の振り分けを勝手にしていく。
かなしかったものが、かなしくなくなる。嬉しかったものも、腹が立ったことも、楽しかったことも。
ぱたんと閉じた下駄箱。
空を見上げて、一息つく。
空が、青い。雲が青色に飲み込まれたそこは、頬を撫で上げる風の温度を上げている気がしてならない。
何故だか、無性に母さんに会いたくなった。
母さんの作った料理で胃を満たしたい。
父さんの優しい声で今日を終えたい。
勝己の不器用な優しさに触れたい。
「よし、帰るか」
女子高校生も、あと半年の期限。この制服が私を受け入れてくれるのもあと半年。期限切れの私がこれを着れば、きっと真っ赤なこの赤いネクタイが私を絞め殺すだろう。
その前に、母さんに会いに行こう。父さんに会いに行こう。
明日は休みだ。
勝己を連れて、二人に会いに行こう。
予定は決まった。そうとなれば即行動だ。
何もかもを振り切るように、足を軽々と進めた。
眩しい太陽を見て思い出すのは、いつだってただ一人だけ。
ああ、ほら、またわたしが死んでいく。
寮の玄関を開けて、少しの違和感に気がついた。クラスメイトの騒がしい声が玄関にも届いてくるけれど今日はそれがない。
明日が休みなこともあって、クラスメイト達はどこか遊びに行っているのだろうか。……それもそうか、久しぶりの休みだし。
リビングに入れば、上鳴がソファに一人で座っていた。
「ただいま。勝己帰ってきてる?」
「お、名前、お帰り。爆豪まだ帰ってきてねえよ?」
「そうなんだ。……まあ、いいか。ありがとう、上鳴」
「いや、別にいいけどよ。用あるんなら、言っとくぜ?俺、ここいるし」
「あ、じゃあ頼んでいい?」
今日から日曜日まで泊まることを伝えた。ついでに勝己にも来るように言ってもらって、楽しめよと笑う上鳴に感謝の言葉と共に軽く手を振った。
上鳴は、変わった。
高校一年生の頃の彼をうまく思い出せないが、あの頃を思い出すことができないほどに、彼は大きく変わった。他の、クラスメイトも。みんな、かわっていく。
あと半年お世話になるこの寮。
そう考えると、なんだか感慨深い。
いつもよりゆっくりとした足取りで、自分の部屋へと向かった。
がちゃりと部屋の扉を開けて、どれほどリビングが涼しかったのかを思い知る。
「……あー、疲れた」
ベットにうつ伏せで倒れ込み、シーツに頬を寄せた。
暑い。
今年は、半袖を着ないと決めた。
やはり恐ろしくて堪らないのだ。
袖から入り込む熱が、堪らなく怖い。
私が受け止めきれる温度よりも遥かに高い熱は、逆に冷たく感じた。
「寒い……」
訳の分からないことを言っている。笑ってしまった。
鳥肌の立つ腕をさすりながら、筆箱から適当に取り出した掠れかけのペンで今年も塗りつぶす。出久の誕生日を。
青色のペンは、黒くコピーされた使い古した数字を塗りつぶすことができなかったみたいだ。青色の下から浮き出した黒色が目障りで仕方がない。
放物線を描いて、ゴミ箱に苛立たしく体当たりしたペンが床に転がる。
もう、一ヶ月も前のことだ。一ヶ月も前のことをこうして頭の中で蘇らせては、死体のわたしと重ね合わせる。
ベッドの上で、寒さを感じながら。
出久、好きだよ。
花のようなあの子が胸に秘めているような、綺麗なものではないけれど、好きなんだ。
歳を重ねて溜め込んだこの気持ちは、私と共に死ぬしかない。死ぬしかないけれど、朽ち果てるその時まで、どうか。君のそばにいたい。
十八の夏は、なんだかいつもより虚しかった。
私は君のために死ぬ覚悟をしているのになんて、恩着せがましい。浅ましい。見返りを求めたら駄目なのだと、狂うほど自分に言い聞かせた。分かっていること。分かっていたことだろう。
これは、自分が勝手にやることなのだから。
私が出久を助けることができたとしても、その後の人生は私にはいない。王子様とお姫様は幸せに暮らしましたなんて、そんなハッピーエンドに憧れていい時期は過ぎ去ってしまった。
気合を入れる。
さあ、今年もこの日がやってきた。いつも通り眠くて仕方がないけれど、待ち合わせていた寮のリビングで出久の姿を発見し、握っていた拳を解いて目を閉じ深呼吸。
……よし、大丈夫だよな、爆豪名前。
目が合い、近付いてくる出久ににっこりと笑って清々しい朝の挨拶。
「出久、おはよう」
「おはよう。あ、今日はお団子してるんだ」
「へへ、勝己がやってくれた」
「……相変わらず才能マンだね」
感心したのか、出久が深い感動の声を上げる。
髪が短くてもお団子は出来るのだと知ったのは、今日の朝だ。
朝早くから押し掛けてきた勝己に一体何事かと思えば、「いいからさっさと用意して頭出せ」と言うものだから、慌ただしく用意した。
そうして、されるがままに睡眠不足の頭を勝己に預けていると、いつのまにか出来上がっていたお団子ヘアに心底自分の兄の有能さに恐れ慄いたのである。
去年からずっと短くしている髪の毛を、勝己は時々こうしてアレンジしてくれる。なんだかそれがこそばゆくて、嬉しくて、──見透かされてるなあと思う。敵わないなあ、とも。
寮から学校への短い道のりを出久と二人で歩く。
気付けば、時間がこんなにも経ってしまった。
ずれていく、私と出久の肩の位置がそれを示す。
手の大きさの違いがそれを示す。
変わっていく出久が、それを示す。
驚いたことに、私の時間軸は出久基準らしい。
君が変わっていくことに気がつく度に、ないまぜになる感情が肚の底に落ちていく。
手が震えるのはいつものこと、緊張するのもいつものこと。大丈夫、大丈夫。さあ、笑え。
「誕生日おめでとう。はい、これ。帰って開けてね」
「わ、今年もありがとう! 何だろう……!」
「愛の力で今年も選んだよ」
「へへへ。……ありがとう」
嬉しそうに笑ってくれる出久に、苦しくなる。
優しい笑顔。
眩しい笑顔。
私は今年も、出久が好きです。
変わらないものなんて無い。
けれど、髪を伸ばすことを辞めた私の短いままの髪が、変わろうとする自分を縛り付ける。九個目のプレゼントに込めた意味が、変わろうとする私を拒む。
切り続ける髪の毛。
渡し続けるプレゼント。
切り捨て続ける甘い自分。
「出久、十八歳になってくれてありがとう」
ありがとう、生まれてきてくれて。
あと四年。
あと四回。
あと四個。
一本減った指の数に、私はどんな感情を抱くことが正解なのだろう。
教えて欲しい。誰か、知らないだろうか。
苦しいとも、辛いとも違う、濁った色の感情が自分の肚の中に居座っている。
意志を持って蠢く。
見上げることでしか目が合わなくなった身長差に、ぐるりと円を描いた焦燥が燃える。時間は、元には戻らない。
全ての授業がやっと終わった。
ぐぐっと大きく背伸びをして、頑張った自分自身を労っていれば、チャイムが広く大きな学校に響き渡り、生徒の声で廊下や教室、グラウンドが振動する空気の波に飲み込まれる。
よし、と気合を入れてリュックを背負い、出久の席へと向かった。
「出久、帰ろ」
「え、あー……ごめん、今日は」
「ごめんな、名前ちゃん。どうしても今日、デクくんと話したいことがあるんよ」
「……、そっか」
眉を下げて、視線を泳がす出久の傍から決意したような──と、言っても実際に彼女は心を決めているからようなではなくて決意しているのではあるけれど──顔でお茶子がはっきりとした音を出す。
とうとう? やっぱり?
当てはまる言葉が出てこない。
鈍感な出久は知らないだろうけれど、お茶子が何を話そうとしているのか分かってしまう、というよりも、前々から分かっていた。
出久を見る時、出久と喋る時、花のように笑顔を咲かせる彼女を見て、気づいた。気づかないはずがないだろう。
同じ気持ちを抱いている人ほど見つけやすい。分かりやすい。多分それは、彼女も同じだ。
私の様子を伺うような、ではなく敵意とは違うけれど似たような視線を向けてくる彼女と出久に、ゆっくりと、変にならないように口角を上げて笑って見せれば、ついでに上がった手がそのまま左右に振られる。
私の意志で動くはずの肉体は、時々勝手に動くことがあった。今が、そうだ。
「じゃあ、私は帰るね。ばいばい」
喉に何かが突っかかる。
声が震えたのは最初だけだった。
お茶子と同じ土俵に立てもしない私は、ここから去るしかない。
朝にプレゼントを渡しておいて良かった。毎年の習慣に感謝を述べ、この場から離れられることに安堵する。
背中を向け、教室と廊下の狭間に足をかけた時、出久が私の名前を呼んだ。
「あ、名前!」
「……なに?」
振り向いて、その笑顔を見て後悔した。
大きな目が細められた、私の大好きな笑顔。可愛くて、格好良くなって、明るくて眩しくて──その顔を向けられると、困ってしまう。
「その髪型、似合ってる。今日の朝、言えなかったからさ」
「、」
──聞かなかったら、よかった。
動揺の色など一切見せなかったであろう自分を褒めたい。
一息置いて、同じように目を細めて笑った。
自然に上がった掌を再度振って仕舞えば、すらりと口から言葉が出てくる。
「ありがとう。じゃあね」
これから告白されるっていうのに、当の本人は他の女を褒めるってどうなんだ。
鈍感な幼馴染み兼想い人に吐き出した溜息が消える。
酷い男だな。
顔が引きつっていなかったか、今更になって気になる。多分、大丈夫だろうけれど。
……ああ、もう、本当に酷い男だ。
教室から普段の足取りで下駄箱まで歩く。
そういえば、そんなに哀しく無い。はたと気付いた、身に覚えのない疑問が足に絡みついて重い。
成長し、変化していく身体を拒み、追い付いていけない中身が歪んだ時間軸を生み出し、自分にさえ理解できない爆豪名前がそこに居た。
死んでいく過去の私が、時間に飲み込まれて消えていく。何でだろうと聞きたくても、相談したくても、誰もいない。
「……何でだろう」
返事は当然、返ってこん。
勝己がしてくれたお団子を、丸く作った掌で包み込んだ。私の知らない私が、感情をコントロールする。喜怒哀楽の振り分けを勝手にしていく。
かなしかったものが、かなしくなくなる。嬉しかったものも、腹が立ったことも、楽しかったことも。
ぱたんと閉じた下駄箱。
空を見上げて、一息つく。
空が、青い。雲が青色に飲み込まれたそこは、頬を撫で上げる風の温度を上げている気がしてならない。
何故だか、無性に母さんに会いたくなった。
母さんの作った料理で胃を満たしたい。
父さんの優しい声で今日を終えたい。
勝己の不器用な優しさに触れたい。
「よし、帰るか」
女子高校生も、あと半年の期限。この制服が私を受け入れてくれるのもあと半年。期限切れの私がこれを着れば、きっと真っ赤なこの赤いネクタイが私を絞め殺すだろう。
その前に、母さんに会いに行こう。父さんに会いに行こう。
明日は休みだ。
勝己を連れて、二人に会いに行こう。
予定は決まった。そうとなれば即行動だ。
何もかもを振り切るように、足を軽々と進めた。
眩しい太陽を見て思い出すのは、いつだってただ一人だけ。
ああ、ほら、またわたしが死んでいく。
寮の玄関を開けて、少しの違和感に気がついた。クラスメイトの騒がしい声が玄関にも届いてくるけれど今日はそれがない。
明日が休みなこともあって、クラスメイト達はどこか遊びに行っているのだろうか。……それもそうか、久しぶりの休みだし。
リビングに入れば、上鳴がソファに一人で座っていた。
「ただいま。勝己帰ってきてる?」
「お、名前、お帰り。爆豪まだ帰ってきてねえよ?」
「そうなんだ。……まあ、いいか。ありがとう、上鳴」
「いや、別にいいけどよ。用あるんなら、言っとくぜ?俺、ここいるし」
「あ、じゃあ頼んでいい?」
今日から日曜日まで泊まることを伝えた。ついでに勝己にも来るように言ってもらって、楽しめよと笑う上鳴に感謝の言葉と共に軽く手を振った。
上鳴は、変わった。
高校一年生の頃の彼をうまく思い出せないが、あの頃を思い出すことができないほどに、彼は大きく変わった。他の、クラスメイトも。みんな、かわっていく。
あと半年お世話になるこの寮。
そう考えると、なんだか感慨深い。
いつもよりゆっくりとした足取りで、自分の部屋へと向かった。
がちゃりと部屋の扉を開けて、どれほどリビングが涼しかったのかを思い知る。
「……あー、疲れた」
ベットにうつ伏せで倒れ込み、シーツに頬を寄せた。
暑い。
今年は、半袖を着ないと決めた。
やはり恐ろしくて堪らないのだ。
袖から入り込む熱が、堪らなく怖い。
私が受け止めきれる温度よりも遥かに高い熱は、逆に冷たく感じた。
「寒い……」
訳の分からないことを言っている。笑ってしまった。
鳥肌の立つ腕をさすりながら、筆箱から適当に取り出した掠れかけのペンで今年も塗りつぶす。出久の誕生日を。
青色のペンは、黒くコピーされた使い古した数字を塗りつぶすことができなかったみたいだ。青色の下から浮き出した黒色が目障りで仕方がない。
放物線を描いて、ゴミ箱に苛立たしく体当たりしたペンが床に転がる。
もう、一ヶ月も前のことだ。一ヶ月も前のことをこうして頭の中で蘇らせては、死体のわたしと重ね合わせる。
ベッドの上で、寒さを感じながら。
出久、好きだよ。
花のようなあの子が胸に秘めているような、綺麗なものではないけれど、好きなんだ。
歳を重ねて溜め込んだこの気持ちは、私と共に死ぬしかない。死ぬしかないけれど、朽ち果てるその時まで、どうか。君のそばにいたい。
十八の夏は、なんだかいつもより虚しかった。
私は君のために死ぬ覚悟をしているのになんて、恩着せがましい。浅ましい。見返りを求めたら駄目なのだと、狂うほど自分に言い聞かせた。分かっていること。分かっていたことだろう。
これは、自分が勝手にやることなのだから。
私が出久を助けることができたとしても、その後の人生は私にはいない。王子様とお姫様は幸せに暮らしましたなんて、そんなハッピーエンドに憧れていい時期は過ぎ去ってしまった。
1/1ページ