十七の夏
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一頻り泣いた後、羞恥に耐えられなくなった私はトイレに行くとかなんとか言って、出久の病室から脱兎の如く逃げ出した。
プレゼントを結局渡せなかったのと、結局出久に心配をかけてしまい、しかも心配するのは自分の立場でありながら怪我人兼好きな人にあやされる高校二年生の女とは……。
溜息が止まらない。
七月十五日。やらかしたことが多過ぎて、頭を抱えて取り敢えず歩いていると聞き慣れた声に「おい」と呼び止められた。
見上げると、やはり見慣れた顔がそこにある。
「……かっちゃん」
「きめえ。あいつみてえに呼ぶな」
「うん、ごめん。……勝己、ありがとう。ご迷惑お掛けしました」
「あれぐらい迷惑じゃねえわ」
「……うん」
優しいなあ。
ツルツルの床を見て、視線を上げられない私を気にもしないで、勝己はあんまり触れて欲しくないことに気付いているくせに触れる。
……やっぱり、優しくない。
「で、渡せたんか」
「……」
遠慮がない。くせに、一段と低い声は優しい。
そろそろ見飽きてきた床から、ゆっくりと視線を上げて恐る恐る勝己と目を合わせる。多分、最初から勝己は私を見てたんだろうな。
逃げているのは、私だ。いつもそう。
同じ色の目が真っ直ぐに向けられて、喉に突っ掛かったまんまの言い訳やら返事やらが頑なに出て行こうとしない。
ほら、もう逃げている。
視線を逸らした先で、溜息が転がっているのを見つけた。
渡さないと。わかっている。
それでも、時間の経過を恐れ、焦っている私は、今回のことで自分が思っている以上にダメージを受けているらしい。
怖かった。怖い。今もずっと。
強い想いがあれば変わると魔女は言ったが、どのように変わるのかとは言っていない。死ぬ時期が早まるだけかもしれない。私が望む変化では無いのかもしれない。だから、尚更怖かった。
心臓が冷えた。
脳天からぶっすりと太い柱で刺されたみたいに動けなくなった身体を、今でも思い出す。空疎な覚悟は、出久を殺してしまう。
ごとんと、溜息が転がる。
「はあ。渡せてねんだな、その反応だと」
「……不謹慎かな、と」
「ぐだぐだ言うな。さっさと行ってこい。デクの部屋、今誰もいねえからチャンスだろ」
ぐだぐだは言ってない。
心の中で反論すると、要らないことを考えていたことがバレたのか元々目つきが悪いのをより何倍も鋭くして、人を殺せるような視線を突き刺してきたので肩をすくめてそれをかわす。
チャンス、ねえ。
色々、それはもう色々やらかしたから、戻るにはとてつもない勇気が要る。
ちらりと勝己を見て、黙り込む。
「…………勝己、ついて」
「ババアが迎えに来てくれるんだとよ。さっさと行け」
知ってた、来てくれないだろうなってことは。
行きたい。渡したい。のは、本心だけれども、複雑な乙女心がぐるぐると渦を巻いて、気分を落ち込ませた。
嫌なことはないけど、……嫌だなあ。
勝己のばーか。
二人きりという時間を作ってくれていることは分かっているが、素直になれない面倒な自分が小さく小さく反抗する。
肩を落として、溜息のような声で呟いた。
「……行ってきます」
すると、素直じゃない勝己の手が優しいとは言い難い力で頭を撫でるから、単純で簡単な私はそれだけで元気が出た。
そっぽ向いてしまった兄に、もう一度小さく行ってきますと言って、気付かれないようにそっと笑った。
十七歳になったんだね、出久。
自分の命を捨てて、君を生かしたいと思うのは、とても傲慢で、独り善がりなのだと知っている。でも、ごめんね。この我儘にも、独り善がりにも、もう少し付き合って下さい。
私が意地でも毎年用意する出久への誕生日プレゼントの入った鞄を、肩にかけ直した。
喜んでくれるといいな。
重たい足で出久の病室を目指し、うるさい心臓を抱え込んだまま笑顔の練習をした。
絶対に、我儘には突き通してやる。何としてでも、誰かにもし気付かれて何か言われたとしても、君だけは死なせない。
君だけは、絶対に。
プレゼントを結局渡せなかったのと、結局出久に心配をかけてしまい、しかも心配するのは自分の立場でありながら怪我人兼好きな人にあやされる高校二年生の女とは……。
溜息が止まらない。
七月十五日。やらかしたことが多過ぎて、頭を抱えて取り敢えず歩いていると聞き慣れた声に「おい」と呼び止められた。
見上げると、やはり見慣れた顔がそこにある。
「……かっちゃん」
「きめえ。あいつみてえに呼ぶな」
「うん、ごめん。……勝己、ありがとう。ご迷惑お掛けしました」
「あれぐらい迷惑じゃねえわ」
「……うん」
優しいなあ。
ツルツルの床を見て、視線を上げられない私を気にもしないで、勝己はあんまり触れて欲しくないことに気付いているくせに触れる。
……やっぱり、優しくない。
「で、渡せたんか」
「……」
遠慮がない。くせに、一段と低い声は優しい。
そろそろ見飽きてきた床から、ゆっくりと視線を上げて恐る恐る勝己と目を合わせる。多分、最初から勝己は私を見てたんだろうな。
逃げているのは、私だ。いつもそう。
同じ色の目が真っ直ぐに向けられて、喉に突っ掛かったまんまの言い訳やら返事やらが頑なに出て行こうとしない。
ほら、もう逃げている。
視線を逸らした先で、溜息が転がっているのを見つけた。
渡さないと。わかっている。
それでも、時間の経過を恐れ、焦っている私は、今回のことで自分が思っている以上にダメージを受けているらしい。
怖かった。怖い。今もずっと。
強い想いがあれば変わると魔女は言ったが、どのように変わるのかとは言っていない。死ぬ時期が早まるだけかもしれない。私が望む変化では無いのかもしれない。だから、尚更怖かった。
心臓が冷えた。
脳天からぶっすりと太い柱で刺されたみたいに動けなくなった身体を、今でも思い出す。空疎な覚悟は、出久を殺してしまう。
ごとんと、溜息が転がる。
「はあ。渡せてねんだな、その反応だと」
「……不謹慎かな、と」
「ぐだぐだ言うな。さっさと行ってこい。デクの部屋、今誰もいねえからチャンスだろ」
ぐだぐだは言ってない。
心の中で反論すると、要らないことを考えていたことがバレたのか元々目つきが悪いのをより何倍も鋭くして、人を殺せるような視線を突き刺してきたので肩をすくめてそれをかわす。
チャンス、ねえ。
色々、それはもう色々やらかしたから、戻るにはとてつもない勇気が要る。
ちらりと勝己を見て、黙り込む。
「…………勝己、ついて」
「ババアが迎えに来てくれるんだとよ。さっさと行け」
知ってた、来てくれないだろうなってことは。
行きたい。渡したい。のは、本心だけれども、複雑な乙女心がぐるぐると渦を巻いて、気分を落ち込ませた。
嫌なことはないけど、……嫌だなあ。
勝己のばーか。
二人きりという時間を作ってくれていることは分かっているが、素直になれない面倒な自分が小さく小さく反抗する。
肩を落として、溜息のような声で呟いた。
「……行ってきます」
すると、素直じゃない勝己の手が優しいとは言い難い力で頭を撫でるから、単純で簡単な私はそれだけで元気が出た。
そっぽ向いてしまった兄に、もう一度小さく行ってきますと言って、気付かれないようにそっと笑った。
十七歳になったんだね、出久。
自分の命を捨てて、君を生かしたいと思うのは、とても傲慢で、独り善がりなのだと知っている。でも、ごめんね。この我儘にも、独り善がりにも、もう少し付き合って下さい。
私が意地でも毎年用意する出久への誕生日プレゼントの入った鞄を、肩にかけ直した。
喜んでくれるといいな。
重たい足で出久の病室を目指し、うるさい心臓を抱え込んだまま笑顔の練習をした。
絶対に、我儘には突き通してやる。何としてでも、誰かにもし気付かれて何か言われたとしても、君だけは死なせない。
君だけは、絶対に。