十七の夏
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震える手を誤魔化す為に、けれども口角が上がっていることを確認したくて一度だけ軽く触れると、背に手を回して隠した。
ああ、駄目だ、動揺するな。
笑え、笑えよ。
「出久」
「ん? なあに?」
「誕生日、おめでとう」
十七だ。十七か。
あと、五年後。
片手で足りるようになってしまった。
時間の経つ早さに、また、じりじりと胸が焦げ付く。力を手に入れなければいけないのに、私はずっと同じ所で足踏みをしている。
変わらない、変わらない。
出来ることは増え、体力や知識だって増えているというのに、私は何故か同じ所で足踏みをしていた。
伸びた髪の毛が、いやに気になる。
私は変わっていないのに、わたしを模る姿形が勝手に変化していく気持ち悪さが腹の辺りを蠢いていた。
健康的な温度設定をされた風調は、流石は病院といったところか。滲む手汗をそのまま握り込んだ。
「ありがとう」と笑う出久の、その頭に巻かれている白い包帯が目に入り、心臓が大きく一度だけ跳ねた。
声は、震えなかった。
「……大丈夫? もう、平気?」
「うん、平気だよ。……だから、そんな顔しないで」
「……え?」
緑色の目が、ぐらりと潤んだのを見届けて、折角隠したばかりの腕を持ち上げて、口角に微かに触った。……上がってない。
私、笑ってないのだろうか?
……笑って、ないのか。
自覚した瞬間、目が熱くなった。
鼻がつーんとして、フラッシュバックする光景。
震える手を握りしめてくれた出久が、下から私を覗き込んで、大丈夫だよ、と小さく小さく何度も何度も言い聞かせた。
ぽろりと溢れた涙と本音が止まらない。
「死ぬ、死ぬかと、……っ、出久が、目の前で死ぬかとおもった……!!」
「大丈夫だよ。僕は生きてる。ね?」
立場が逆だと、思う。
手を握りしめるのは私の役目のはずなのに、大丈夫だと言って手を握ってくれるのは出久。涙を流して、彼が生きていると実感するのは私。
ぐるぐると熱が脳味噌を回す。
傷だらけの、歪な指が私の涙を掬った。
優しい声が、耳に溶けてまた泣いた。
青い空。
雲一つないのに、一つの太陽がぽっかりと浮かぶ。
撫で心地のいい空気が頬に触れる。
夏だなあ。
緩む顔はだらしないのだと思うけれど、治りそうにもないからそのまま隣を歩く出久を見て、プレゼントがしまってある鞄に触れた。
喜んで、くれるかな。
「出久」
「なあに?」
「あのさ、」
──鈍い音。ブレーキの音。叫び声。
感触の悪い音が耳を撫で付ける。
続けようとした言葉は、塗り潰されて無くなった。
「……え?」
出久に突っ込んできた赤い車。目の前でそれを見ていることしかできない私達。
甲高い音が、鼓膜を揺さぶる。
高く跳ね上がる、私がよく知っている人物。
強烈な赤色が視界を襲う中で、魔女が見えた。
真っ黒な、燃え上がりそうな程の黒に身を包んだ、魔女が。
──なんで、二十二の夏でしょう? まだ、五年あるというのに。
跳ね上がって、大きく波打つ心臓とは裏腹に、血の気が引いて浅くなった呼吸を落ち着けようと、喉に添えた指先が冷たい。
「! デクくん!!」
「飯田、救急車呼べ」
「分かっている!」
「…………なんで、」
あの時十二番目の魔女に、なると決めたではないか。出久が死ぬという運命を変えるために。
震える身体は、どうやったら止まる?
この血は、どうやったら止まる?
私は、どうやったら十二番目の魔女になれる?
止まらない思考と分断された身体が、出久の近くへと近寄りその頬を触った。真っ赤な、燃え上がりそうな黒が指を染める。
じりじりと焼かれる冷たいままの指先が痛い。
「爆豪、落ち着け。おい、聞こえてるか?」
「……は、っ、」
「っくそ、爆豪電話出ろよ……!!!」
轟の声が聞こえたが、答える余裕がない。
跪いたせいで、スカートに血が染み込む。
掌が赤くなる。
出久が、死んでしまう。
じりじりと焦げ付く膝小僧を、熱を吸い込んだアスファルトが笑う。固く閉じられた彼の目蓋へと指を伸ばした時、強い力で肩を掴まれた。
「おい! 名前!!」
「爆豪、すまねえ。頼んだ」
「ぁ、は、」
「ちっ、舌噛むなよ」
揺れる。揺れる。
朦朧とする意識の中で、私は背負われていることを知った。そして、私を背負っているのは兄だということも。
兄の背中で揺られる私を、魔女が見つめていました。
覚悟が足りない、腑抜けた私を。
その、燃え上がる真っ黒な瞳で。
十七の夏。
いつまでもこの日常が続くと信じ込んでいたのは、私だった。平和ボケしているのも、私なのだと。
続かないことを知っていながら、逃げていた。ずっと、ずっと。
だから、伸ばした髪の毛を切った。
それは、甘い自分を切り捨てる第一歩なんだ。
ああ、駄目だ、動揺するな。
笑え、笑えよ。
「出久」
「ん? なあに?」
「誕生日、おめでとう」
十七だ。十七か。
あと、五年後。
片手で足りるようになってしまった。
時間の経つ早さに、また、じりじりと胸が焦げ付く。力を手に入れなければいけないのに、私はずっと同じ所で足踏みをしている。
変わらない、変わらない。
出来ることは増え、体力や知識だって増えているというのに、私は何故か同じ所で足踏みをしていた。
伸びた髪の毛が、いやに気になる。
私は変わっていないのに、わたしを模る姿形が勝手に変化していく気持ち悪さが腹の辺りを蠢いていた。
健康的な温度設定をされた風調は、流石は病院といったところか。滲む手汗をそのまま握り込んだ。
「ありがとう」と笑う出久の、その頭に巻かれている白い包帯が目に入り、心臓が大きく一度だけ跳ねた。
声は、震えなかった。
「……大丈夫? もう、平気?」
「うん、平気だよ。……だから、そんな顔しないで」
「……え?」
緑色の目が、ぐらりと潤んだのを見届けて、折角隠したばかりの腕を持ち上げて、口角に微かに触った。……上がってない。
私、笑ってないのだろうか?
……笑って、ないのか。
自覚した瞬間、目が熱くなった。
鼻がつーんとして、フラッシュバックする光景。
震える手を握りしめてくれた出久が、下から私を覗き込んで、大丈夫だよ、と小さく小さく何度も何度も言い聞かせた。
ぽろりと溢れた涙と本音が止まらない。
「死ぬ、死ぬかと、……っ、出久が、目の前で死ぬかとおもった……!!」
「大丈夫だよ。僕は生きてる。ね?」
立場が逆だと、思う。
手を握りしめるのは私の役目のはずなのに、大丈夫だと言って手を握ってくれるのは出久。涙を流して、彼が生きていると実感するのは私。
ぐるぐると熱が脳味噌を回す。
傷だらけの、歪な指が私の涙を掬った。
優しい声が、耳に溶けてまた泣いた。
青い空。
雲一つないのに、一つの太陽がぽっかりと浮かぶ。
撫で心地のいい空気が頬に触れる。
夏だなあ。
緩む顔はだらしないのだと思うけれど、治りそうにもないからそのまま隣を歩く出久を見て、プレゼントがしまってある鞄に触れた。
喜んで、くれるかな。
「出久」
「なあに?」
「あのさ、」
──鈍い音。ブレーキの音。叫び声。
感触の悪い音が耳を撫で付ける。
続けようとした言葉は、塗り潰されて無くなった。
「……え?」
出久に突っ込んできた赤い車。目の前でそれを見ていることしかできない私達。
甲高い音が、鼓膜を揺さぶる。
高く跳ね上がる、私がよく知っている人物。
強烈な赤色が視界を襲う中で、魔女が見えた。
真っ黒な、燃え上がりそうな程の黒に身を包んだ、魔女が。
──なんで、二十二の夏でしょう? まだ、五年あるというのに。
跳ね上がって、大きく波打つ心臓とは裏腹に、血の気が引いて浅くなった呼吸を落ち着けようと、喉に添えた指先が冷たい。
「! デクくん!!」
「飯田、救急車呼べ」
「分かっている!」
「…………なんで、」
あの時十二番目の魔女に、なると決めたではないか。出久が死ぬという運命を変えるために。
震える身体は、どうやったら止まる?
この血は、どうやったら止まる?
私は、どうやったら十二番目の魔女になれる?
止まらない思考と分断された身体が、出久の近くへと近寄りその頬を触った。真っ赤な、燃え上がりそうな黒が指を染める。
じりじりと焼かれる冷たいままの指先が痛い。
「爆豪、落ち着け。おい、聞こえてるか?」
「……は、っ、」
「っくそ、爆豪電話出ろよ……!!!」
轟の声が聞こえたが、答える余裕がない。
跪いたせいで、スカートに血が染み込む。
掌が赤くなる。
出久が、死んでしまう。
じりじりと焦げ付く膝小僧を、熱を吸い込んだアスファルトが笑う。固く閉じられた彼の目蓋へと指を伸ばした時、強い力で肩を掴まれた。
「おい! 名前!!」
「爆豪、すまねえ。頼んだ」
「ぁ、は、」
「ちっ、舌噛むなよ」
揺れる。揺れる。
朦朧とする意識の中で、私は背負われていることを知った。そして、私を背負っているのは兄だということも。
兄の背中で揺られる私を、魔女が見つめていました。
覚悟が足りない、腑抜けた私を。
その、燃え上がる真っ黒な瞳で。
十七の夏。
いつまでもこの日常が続くと信じ込んでいたのは、私だった。平和ボケしているのも、私なのだと。
続かないことを知っていながら、逃げていた。ずっと、ずっと。
だから、伸ばした髪の毛を切った。
それは、甘い自分を切り捨てる第一歩なんだ。