十六の夏
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少し軽くなった鞄を、怒られない程度の乱暴さで放る。
「ただいまあーー。暑かった……」
「おい、そこで寝転がんな」
玄関に崩れ落ちてひんやりとするフローリングに頬をつける。左側の頬だけ冷たくて、安心して少し眠たくなってくる。
玄関に来てくれたのか、いたのか知らないけれど、勝己が崩れ落ちた私の頭を叩いた。
泣き腫らした目は元に戻っている筈だけど、緩んだままの涙腺は中々しゃっきりしてくれないみたいで、腕に押し付けた目が弱々しい自分みたいで嫌になる。
「勝己、渡せたよ。……ありがとう」
「は、渡して来んかったらぶっ殺してやるわ」
プレゼント選びに毎年付き合ってもらって、このやり取りも毎年の恒例行事になっていた。
ひやりと右側の頬が冷たいのは、勝己がなにかを当てているからだろう。
普段通りの声なのに、いつもより優しい。
この日、私が毎年おかしいことをずっと前から勘づいている勝己は、こうしていつもより優しくなる。
「おら、起きろ。ババアがアイス買ってきてんぞ」
「んー、わかった……」
のろのろ頬に当てられたものを手で探ると、ペットボトルを握る勝己の少し冷たい手に触れた。
ごろんと仰向けになると、呆れた顔の兄がうつる。
しゃがみ込んでくれている、珍しくされるがままの兄の手を頬に当ててぼーっと上を見つめた。なんだか、平和だ。
──ああ、本当に。平和だなあ。
音も無く噛み締めた言葉は、苦い。
「……平和だね」
「……そりゃ、オールマイトがいるからな」
「勝己、ありがとう」
「うるせえ、さっきも聞いたわ」
頬にあった手が、指で目尻を撫でるために少し動いた。
兄は何も言わない。
だけれども、言いたいことはわかった。
しつこく撫でられる目尻。
勝己の目が、呆れたという心情を露わにしていて、隠すことなく溜息と声で、何度目かの聞き覚えのある言葉を口にした。
「お前、好きになる男の趣味わりいな」
「えー? ……はは、そうなのかもね」
「はあ。さっさと起きろ、制服皺になんぞ」
「んーー」
離れた指先。
すっかり冷たさを失ったフローリングに、私の体温のせいだと思うと自分が生きていることを実感できた。
ぱたりと落としたローファーも、気がつけばその役目を終える年が来るのだろう。この制服だって、しわくちゃにしても困らない日がやってくる。
私は、その先の、いくつもある分かれ道から正しい一つを選ぶことが出来るのだろうか。
「ただいまあーー。暑かった……」
「おい、そこで寝転がんな」
玄関に崩れ落ちてひんやりとするフローリングに頬をつける。左側の頬だけ冷たくて、安心して少し眠たくなってくる。
玄関に来てくれたのか、いたのか知らないけれど、勝己が崩れ落ちた私の頭を叩いた。
泣き腫らした目は元に戻っている筈だけど、緩んだままの涙腺は中々しゃっきりしてくれないみたいで、腕に押し付けた目が弱々しい自分みたいで嫌になる。
「勝己、渡せたよ。……ありがとう」
「は、渡して来んかったらぶっ殺してやるわ」
プレゼント選びに毎年付き合ってもらって、このやり取りも毎年の恒例行事になっていた。
ひやりと右側の頬が冷たいのは、勝己がなにかを当てているからだろう。
普段通りの声なのに、いつもより優しい。
この日、私が毎年おかしいことをずっと前から勘づいている勝己は、こうしていつもより優しくなる。
「おら、起きろ。ババアがアイス買ってきてんぞ」
「んー、わかった……」
のろのろ頬に当てられたものを手で探ると、ペットボトルを握る勝己の少し冷たい手に触れた。
ごろんと仰向けになると、呆れた顔の兄がうつる。
しゃがみ込んでくれている、珍しくされるがままの兄の手を頬に当ててぼーっと上を見つめた。なんだか、平和だ。
──ああ、本当に。平和だなあ。
音も無く噛み締めた言葉は、苦い。
「……平和だね」
「……そりゃ、オールマイトがいるからな」
「勝己、ありがとう」
「うるせえ、さっきも聞いたわ」
頬にあった手が、指で目尻を撫でるために少し動いた。
兄は何も言わない。
だけれども、言いたいことはわかった。
しつこく撫でられる目尻。
勝己の目が、呆れたという心情を露わにしていて、隠すことなく溜息と声で、何度目かの聞き覚えのある言葉を口にした。
「お前、好きになる男の趣味わりいな」
「えー? ……はは、そうなのかもね」
「はあ。さっさと起きろ、制服皺になんぞ」
「んーー」
離れた指先。
すっかり冷たさを失ったフローリングに、私の体温のせいだと思うと自分が生きていることを実感できた。
ぱたりと落としたローファーも、気がつけばその役目を終える年が来るのだろう。この制服だって、しわくちゃにしても困らない日がやってくる。
私は、その先の、いくつもある分かれ道から正しい一つを選ぶことが出来るのだろうか。