二十一の夏
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「出久、久しぶり」
「久しぶりだね、名前」
「はあー。出久の活躍ぶりに私は焦る一方だよ……。テレビとかでよく見かけるから、私は久しぶり感ないのがショック」
「そんなことないだろ!名前の活躍、凄いんだよ!知らないの!?」
「知らない。……私も、もっと頑張らないと」
だって、あと一年だからね。
大きく、傷だらけの拳を二つつくり、息巻く出久は私の言葉を聞いて、からりと笑った。私が好きな笑顔で。無邪気で、優しい笑顔。
今年も好きだ。
一年ぶりの再会は、平和だった。
「ねえ、名前」
「ん?」
「なんかさ、隠してること無い?」
「……なんかって?」
誤魔化す為に、一つの欠伸。
今日はどこで食べようか。
これで最後の出久との食事を目一杯楽しみたい。
それなのに。
「去年から、……いや、卒業してからかな。ずっと、僕に会わないようにしてる気がする」
「それは、私がヒーローとして皆と比べた時にまだまだだから。私は、もっと強くならないといけないんだ」
「知ってる。かっちゃんからよく聞くから。…だけど、避けてるのは本当じゃないの? かっちゃんの誤魔化し方、他の人達は誤魔化せても、僕は分かる。……ねえ、何で?」
今年も、出久の誕生日を独り占め出来る。
勝己にしてもらったお団子も、頑張って施したメイクも、全て出久の為だ。恥ずかしい程、自分は出久が好きなんだと毎年思う。
熱が湿気の中に隠れてむわりと私と出久を覆う。
浅く吐いた息が、私の首元に集まって首を締めていく。
苦しい。
会いたくないと、思うわけがない。
毎日会いたい。
好きだから。
「そこの店入ろ。こんなとこでする話じゃない」
「うん。行こ」
「……」
引っ張られる腕。
腕から出久の体温が伝わる。
避けてる訳じゃないんだ。
期限が近い私は、そうでもしないと欲を出してしまうから。
もっと一緒にいたいと。
好きだと、言ってしまうから。
長袖が、私を守る。
短い髪が、私の変化を拒み、殺そうとする。
一年後に向けての覚悟が、私を生かす。
出久への想いで、苦しんだ。
塗り潰す十七回目が、罪悪感と恐怖を煽る。
それらがすべて、私を生かす。
通り過ぎたショーウィンドウに反射した誰かの目で、十二番目の魔女を見た。
「出久、ごめん。避けてるつもりはないよ。ただ、ヒーローとして頑張っている出久に、こんな状態の自分で会うのが恥ずかしかっただけ」
嘘ではない。
理由としては不十分だが、本当にそう思っていたから。
少し前にきた生ビールや料理が騒がしくて、私達二人だけが静かだった。
「……かっちゃんが、おかしいんだ。偶に飲み会に来たと思ったら、ぼーっとして。沢山お酒呑んだと思ったら、何かを懐かしんでるみたいに優しい目で何処かを見てるんだ」
「……」
「なにか、理由があるのは分かってるよ。でも、……でも、君が消えようとしてる気がする。一回だけ、かっちゃんが小さい声で名前のこと呼んでたのを聞いたんだ。かっちゃんのあんな声、聞いたことなくて、……会おうとしても来ないし、約束を取り付けてやろうって思ってもはぐらかされるし」
寒い。寒い。
冷房の効き過ぎ?
いや、そんなことはない。
目の前がくらくらとする。
歪む。滲む。折れ曲がる。どろどろに溶けてゆく。
「だから、決めたんだ。僕、言いたいことがある。今日、僕の誕生日に会ってくれることは分かってたから。あのね、聞いて。僕、」
待って、駄目だ。
その目を、私に向けたら駄目だ。
「っ、出久!」
目を丸くする出久の口元を抑えた。
何故、今になって。
何故、私なんだ。
「出久、誕生日おめでとう。……産まれてきてくれて、生きててくれてありがとう。私は、出久が生きてくれてるだけでいいの。何も望まないよ」
聞きたくない。
君が好意を寄せる人物は、私では駄目だ。
人は代えがきく。
誰かの代わりは、違う人で補える。
つまり、私の代わりはいる。
私じゃなくても良い。
君の口から出た言葉が、私の決心を揺るがさない確証なんてどこにもないだろう。
「……な、んで」
「ごめん、ごめんね。……でも、もし来年まで出久が」
出久が。
その先の言葉が出てこない。
何を言おうとしていたのか、自分ですら分からなくなってしまった。
傷ついた顔の出久から手を離して、バクバクとうるさい心臓の原因を探ろうとしてやめた。
自分にとって、不都合な理由しか見当たらないと思ったから。
「……出久、私ね。本当に、出久が生きてくれるだけでいいの。だから。お願いだから、もう、何も言わないで」
二十一の夏。
あと一年だと、投げこぼした自分の声がからりと響く。
先輩達の動きにもついていけるようになった。
握りしめた拳の中に、力が湧き出る。
大丈夫、私は強くなった。
太陽の下で吸う空気は、美味しいと感じた。
私は私のために、大切な人を傷つける。
