二十の夏
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「ちょっと待っとけ」
「え? ……え、今日遅くなるんじゃ」
「いいから、待っとけ」
「……はいはい」
せっせと用意して玄関の扉を開けようとした瞬間。
その扉を開けて入って来た兄は、何故?今日遅く帰るんでは、と化粧でつくった顔で疑問を示す私をがん無視して、待てを要求して奥に消えた。
そんなにおかしい? この格好。
毎年してもらっていた髪型も、今年は何とか自分でやってみた。勝己よりかは下手くそかもしれないが、結構普通に出来ていると、思いたい。
鏡を覗き込んで確認するも、別に普通なきがするけど。
「おい、なに玄関で待ってるんだよ。上がれ。んで、ソファ座れ」
「うん。……え、どこかおかしいところある?」
「うるせえ。はよしろ」
「えーーー」
多分、髪を直してくれるのだろう。
勝己の手にあった櫛と、ヘアアクセサリーがちらりと見えて、やはり自分でやるよりも勝己にしてもらった方がいいと納得。
もう自分でやる時は来ないかなあ。
ぼふんと音を立てて座ったソファは、最近買ったばかりのもの。
二人で良いソファが欲しいとお金を出し合って買った、良いソファ。
幸せだ。
「んでこんなことになんだよ。下手くそが」
「勝己が上手過ぎるだけ。……勝己、私のおかげで女子力高いね」
「お前はバラバラ喋んねえと死ぬ病気にでもかかってんのか」
「それで、どんな髪型してくれるの?」
「団子」
あからさまに話を晒した私を鼻で笑った後、単語が頭上から降って来た。
「だいたい団子してくれるよね。なんで?」
「お前に一番似合う髪型だから」
「そうなんだ。へえ〜?」
勝己が素直なんて、明日は槍が降る。
いやいや、槍は困る。
何だろう、なにが良いかなあ。
髪の毛が軽く引っ張られて、纏められているのを感じながら、ぼーっとする。今年も何とか会える。出久の誕生日を独り占めだ。
「うし、出来た。……名前、後悔すんなよ。てめえが一番分かっとんだろ」
「うん、まあそれは……。ていうかさ、なんか今日いつもより十倍優しいけどなんかあった? まさか、彼女」
「いつも優しいだろうが! 早よ行け!!」
「行ってきます!! 髪、ありがとう!」
玄関で靴を履いて、置いてある鏡を覗き込んだ。
見たことのないヘアピンが頭についてある。
買ってきてくれたのかな、なんて、頬が緩む。
大きく息を吸い込んで、ありがとうと叫んだ。
案の定うるせえと返ってきたけれど、それで構わない。
後悔しないように、する。
後悔したくないから。
「あ、いた」
出久の方が早かったか。
見つけた一年ぶりの姿。
心臓が大騒ぎをする。
ああ、出久が生きている。
おまじないのように、団子に被せた掌。
片手で揺れるプレゼント。
よし、行くぞ。
「い、ずく! 久しぶり! 誕生日おめでとう」
「わ、名前! 久しぶりだ! そうだ。直接会って言いたかったんだけど、名前誕生日おめでとう。……だいぶ過ぎてるけどね」
「はは、本当だ。あ、これ、どうぞ。渡すの忘れたら次いつ会えるか分かんないから、今渡しておく」
荷物が一つ減った。
私から、出久に渡ったプレゼント。
月一ぐらいで開かれる飲み会も、私は参加しなかった。勝己に協力してもらって、他のクラスメイトにも会わないようにしている。
もともと返信の遅かったメッセージのやり取りも、ヒーローになってからより遅い返信になり、誘われる食事の日程も気づいたら過ぎていることがある。
久しぶりに返信すると、お怒りのメッセージが送られてくるが、こればっかりはどうしようもない。あの子達も、私のこの性分を分かっているからか、何も言ってこない。
それに甘えている。悪いとは、分かってるけど。
「ありがとう…!なんか、僕、小さい頃から名前に貰ってばっかりな気がする」
「そう? 出久も誕生日の日にはプレゼントくれるじゃん。それに、……私の方が、もらってばっかりだよ。ありがとう」
「ええ?そうかな。そんなことないと思うけど……そうだ! 名前、何で飲み会来ないの?」
目をうろうろさせて話題転換したそれは、私にとっての地雷。
ぐ、と言葉が詰まる。お前に会わないようにするためだわ! なんて、言えないし。
不自然にならないように、軽く手を振って見せる。
夕方の湿気た空気は、僅かに雨の香りを含んでいた。確か、今日の夜中から雨予報だったような。
「ヒーローとして、まだまだ未熟なんだ。だから、人一倍努力しないと。そうしてたら、携帯見る余裕なくてさ」
「そっか。……それは仕方ない、かあ。でも、心配だからもう少し連絡欲しい」
「 うん、出来るだけ連絡するようにする」
駄目だ。絆される。
だいぶ前から絆されてはいるのだけど。
幼馴染だから心配されているだけだとは分かっているが、嬉しいものは嬉しいのだ。
少しだけ恥ずかしそうにはにかんで、出久はゆるりと頷いた。
私が君の誕生日を塗り潰ししていると知ったら、どのような反応をするのだろう。真っ黒のペンで殺された今日の日付とは対照的な笑顔に、苦しくなった。
私は今年も、出久が好き。
二十の夏。
私はヒーローになりきれていない。
悔しい。何度も、歯を食いしばった。
去年よりは出来ても、仕方がない。
クラスメイト達や、勝己や出久は目を見張るほど凄い。
負けたくない。
負けられない。
私は、もっと、もっと強くなる。
