十九の夏
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「ただいまー。……何、勝己」
「お前にずっと聞きたいことがあった。はよ靴脱いで上がれ。来い」
「……分かった」
玄関に仁王立ちする勝己は、異様だった。
なんと言えばいいのか。
とても静かに、淡々と喋る。
それが、怖い。
何を聞かれるのか分かっているからなのかもしれないが、私はそのことについて話すことなど出来ない。
リビングに入り、ゆっくりと鞄を置くと顎で指し示される座れの合図。
喧しい鼓動は、あと数年で消える。
夏だというのに、身体が冷えていく。
自分の体温を感じるのも、あと数年だ。
「これ、どういうことだ」
「……どういうことって?」
「とぼけてんじゃねえぞ」
七月十五日が潰された一枚の大きい紙を机に叩きつけられる。
やっぱり、この事か。
卒業してから、二人で暮らし始めることに対して文句を言わなかったのは、このことを聞こうとしていたからだと思うと納得した。
「答えろ。くそデクの誕生日、んでこんなにしてんだ」
「意味なんてない」
「んなわけねえよな、隠すな」
「……」
この口ぶりだと、随分と前から気づいているようだ。
この、習慣を。
それに、その上、
「あと、生き急いでるわけも聞かせろ。気持ち悪いくらい強くなることに固執してる理由喋れ」
「……何でもお見通しかあ」
「何年お前といると思ってんだ。余裕だわ」
「勝己、本当にヒーロー向いてるよ。ていうか警察官になった方がいんじゃない? 捜査したら凄そう」
嘘をつかせてもらえない。
気付かれる。
それでも、何が何でも、言うことはできない。
言えば、確実に出久に言うのは分かっている。
それは嫌だ。出久が他人を犠牲にして自分が生きることを選ぶ筈がないから。勝己は、私が死ぬことを許してはくれないだろうから。
自惚れだと笑うことも許してくれない。
ずっとそばに居た。
だから、大切にされていることも分かる。
私も兄が、大切だから。
叱られた子供のように、肩を下げて項垂れた。
下げた視線の先に、塗り潰した一箇所がある。
「……」
息がつまる。
今日、出久が生きていることを確認した筈なのに、七月十五日は、私を脅かす。
恐ろしいから、目に入らないように塗って隠したのに、これじゃあ逆に目立って仕方ない。何故、今まで気づかなかったのだろう。
けれど、気づいたところで私はどうせやめられない。
十九歳の出久は、生きているのだから。
「んなこたあどうでもいんだよ。さっさと吐け」
「言いたくない。言えない」
「ああ? まだんなこと言うんか」
殆ど、勝己の言葉を遮るように言葉を重ねた。
情けない。
震える、言葉。
時々、思ってしまう。
何故、私は死のうと覚悟しているのか、分からなくなる。
「勝己、長生きしようね。今はまだ未熟なヒーローだけど、立派なヒーローになったら母さんと父さん連れて旅行に行きたい。沢山迷惑かけたから。美味しいものいっぱい食べて、……それから、色んなところ、行きたい」
「……なに、泣いてんだよ、お前」
「親不孝なの、分かってるんだ。無責任ってことも。こんなにやりたいことがあるのに、こんな事って思っちゃう。それだけ、他にやりたい事がある。ごめん、勝己。言えない。言ったら、許してくれない。わたし、……本当は、」
生きたい。
言葉にしなかった。声に出さなかった。出来なかった。
言ったら、出久を殺すことになる。
それだけは嫌だ。
涙が落ちた。
泣いている。
私が。
驚いている勝己の肩に、顔を埋めた。
きっと、この片割れは分かってしまったのではないかと思う。詳細はきっと、知らない。知りようが無いのだから。それでも、私が何をしようとしているのかぐらい、大体分かっちゃったのだろう。この鋭い兄は。
近すぎて、何を考えているのかが分かるのは時に残酷だ。
「分かった。もう聞かねえ。……長生きしねえとぶっ殺す。ババア達と旅行してんだろ、俺が旅行プラン組み立ててやるわ」
「ありがと、っ、ありがと、……勝己、ごめん」
ごめん。
顔を埋めた勝己の肩が揺れていた。
頭を撫でてくれる指も、震えていた。
ああ、本当に気付かれてしまった。
辛いのも苦しいのも、私が兄に与えてしまった。
不器用で、それでも優しい勝己に。
「プレゼント、渡せたか」
「うん、渡せたよ」
静かな時間。
優しく、心が落ち着いた。
静かな会話。
優しくて、涙が止まらなかった。
脆弱な私を包み込んでくれる、十五回目のやりとりだった。
