十九の夏
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学生の時のように、出久と毎日会えなくなってもう半年が経つ。手元のプレゼントが入った袋を見つめて、力なく吐いた二酸化炭素を、溜め息と呼ぶのだ。
「緊張……」
今更、緊張するなんておかしな話だと思う。
小さい頃は毎日遊んで、小中高とずっと顔を合わせていたというのに、半年会わなくなっただけでこうなるなんて、笑ってしまう。
でも、仕方ないじゃないか。幼馴染といえども、好きな人なのだから。
半年会わない間に、彼はどんな風に変わったのだろうか。
モラトリアムの中でずっと見続けることが出来た出久の成長は、制服を脱ぎ捨てた途端に、画面越しの情報でしか得ることができなくなってしまった。それも、ヒーローとしての彼の情報だけ。
勝己がしてくれたお団子を、いつかのように掌で覆った。高校を卒業して始めた化粧も、さまになってきたと思うが、どうだろう。
そわそわする。ゆるく固めた髪型も、いつもより丁寧に化粧をした顔も、昨晩少しお高めのパックをした肌も、新しく新調した服も、全部出久に可愛いと思ってもらうため。
そんな自分が、どことなく気恥ずかしい。
鏡で自分を確認しようとして、少しだけ迷った後にやめた。
「っ、え、……名前?」
「 出久!」
手を頭から退かして、ばっと声のする方へ振り向いた。
背が、また高くなっている。テレビでは、分からなかった。なんだか、男子高校生だった出久が大人になっているのが不思議で、……嬉しかった。
「久しぶり。……ふふ、半年ぶりでちょっと緊張する」
「ぼ、僕も。……なんか、雰囲気が大人っぽくて、戸惑っちゃった」
「出久も。……大人に、なったんだね」
ねじ込んだ、今日出かける予定をどれほど楽しみにしていたことか。片割れにきもいだの何だの言われるくらい、私にとって大切な日だった。
出久の、十九の誕生日。
よく考えてみると、出久の誕生日を独り占め出来るなんて奇跡に近いのではないだろうか。
見慣れない服に身を包んでいる出久を見て、私と同じで新しく新調したのかなあなんて思ってみる。自意識過剰。でも、それでも、そう思ってもばちは当たらない気がする。
気恥ずかしくて、気まずい空気を吸い込んでパッと顔を上げた。髪と同じ色の目と、目が合う。空気を吸うのが苦しい。
「よし、ご飯食べに行こ。お腹減った!」
「うん。何食べたい?」
「今日、出久の誕生日なんだから出久が決めてよ」
「ええー、そうだなあ……」
細くなった目が、嬉しそうに私を見る。
くしゃりと笑う出久に、心臓が、全部の感情を飲み込んで訳がわからない。痛くて痛くて、苦しくて、その笑顔の傍に私がいつまでも居たい。
いつまでもなんて無理なのは分かっているから、その時まで、私が一番近いところで。
「良いお店知ってるんだね。全部美味しそう……!」
「先輩が連れて来てくれたんだ。名前、美味しいもの好きでしょ? 本当に、何でも美味しいよ!」
「やった! ありがとう。早く入ろ」
「うん。はは、何食べようかなあ」
渡したプレゼント。
塗り潰した今日の日付。
大丈夫、私は強くなった。そうやって言い聞かせるたびに、会ったことのない敵に怯えることは少なくなった。ぐらぐらと揺れることも、減った。
女子高生の私は死んだ。
縋れるのは、今の私だけだ。
しっかりと立たなければ。自分の足で。
店内は綺麗で、メニューが豊富だった。
椅子に座り、即座に頼んだソフトドリンクと唐揚げやサラダが届くと二人して美味しい美味しいと笑いながら口に入れていく。ソフトドリンクを飲みながら、美味しい食べ物を食べながら、専ら最近の近況を語り合うことに時間を費やした。
「ヒーローって、本当に大変……! 毎日先輩についていくのが精一杯。早く仕事に馴染んで、独り立ちできるくらいになりたいなあ」
「プロヒーローのすごさを実感する日々だよね……。うん、負けてられない! 名前、頑張ろうね」
「もちろん!」
飲みかけの、半分も残っていない液体が入っているグラスを打ち合った。これから、頑張ろう。そう言って。
涙は出ない。
三年後。
あと三回。
あと三個。
片手から二つの指が消える数字。
震える指先は、ぼろぼろだった。それでも、時が進むたびに震える指先は落ち着いてきた。
私は、今年も生きている。
十九の夏。
先輩方が当たり前のようにする事が出来ない。
何倍も時間がかかり、沢山間違える。
頭で理解しても、分かっていても、身体が追いつかない。相澤先生が卒業式の日に言っていたことを身体の全てで感じる。
数年後、先輩のようになれるのだろうかと本気で悩んだ。辞めた方がいいのではないのかと。助けられなかった自分が悔しくて堪らなかった。それでも、ありがとうと言われると嬉しくて、助けたいと何度も何度も思った。
来年の夏には、もっと。
もっと、ヒーローになろうと、決めた。
「緊張……」
今更、緊張するなんておかしな話だと思う。
小さい頃は毎日遊んで、小中高とずっと顔を合わせていたというのに、半年会わなくなっただけでこうなるなんて、笑ってしまう。
でも、仕方ないじゃないか。幼馴染といえども、好きな人なのだから。
半年会わない間に、彼はどんな風に変わったのだろうか。
モラトリアムの中でずっと見続けることが出来た出久の成長は、制服を脱ぎ捨てた途端に、画面越しの情報でしか得ることができなくなってしまった。それも、ヒーローとしての彼の情報だけ。
勝己がしてくれたお団子を、いつかのように掌で覆った。高校を卒業して始めた化粧も、さまになってきたと思うが、どうだろう。
そわそわする。ゆるく固めた髪型も、いつもより丁寧に化粧をした顔も、昨晩少しお高めのパックをした肌も、新しく新調した服も、全部出久に可愛いと思ってもらうため。
そんな自分が、どことなく気恥ずかしい。
鏡で自分を確認しようとして、少しだけ迷った後にやめた。
「っ、え、……名前?」
「 出久!」
手を頭から退かして、ばっと声のする方へ振り向いた。
背が、また高くなっている。テレビでは、分からなかった。なんだか、男子高校生だった出久が大人になっているのが不思議で、……嬉しかった。
「久しぶり。……ふふ、半年ぶりでちょっと緊張する」
「ぼ、僕も。……なんか、雰囲気が大人っぽくて、戸惑っちゃった」
「出久も。……大人に、なったんだね」
ねじ込んだ、今日出かける予定をどれほど楽しみにしていたことか。片割れにきもいだの何だの言われるくらい、私にとって大切な日だった。
出久の、十九の誕生日。
よく考えてみると、出久の誕生日を独り占め出来るなんて奇跡に近いのではないだろうか。
見慣れない服に身を包んでいる出久を見て、私と同じで新しく新調したのかなあなんて思ってみる。自意識過剰。でも、それでも、そう思ってもばちは当たらない気がする。
気恥ずかしくて、気まずい空気を吸い込んでパッと顔を上げた。髪と同じ色の目と、目が合う。空気を吸うのが苦しい。
「よし、ご飯食べに行こ。お腹減った!」
「うん。何食べたい?」
「今日、出久の誕生日なんだから出久が決めてよ」
「ええー、そうだなあ……」
細くなった目が、嬉しそうに私を見る。
くしゃりと笑う出久に、心臓が、全部の感情を飲み込んで訳がわからない。痛くて痛くて、苦しくて、その笑顔の傍に私がいつまでも居たい。
いつまでもなんて無理なのは分かっているから、その時まで、私が一番近いところで。
「良いお店知ってるんだね。全部美味しそう……!」
「先輩が連れて来てくれたんだ。名前、美味しいもの好きでしょ? 本当に、何でも美味しいよ!」
「やった! ありがとう。早く入ろ」
「うん。はは、何食べようかなあ」
渡したプレゼント。
塗り潰した今日の日付。
大丈夫、私は強くなった。そうやって言い聞かせるたびに、会ったことのない敵に怯えることは少なくなった。ぐらぐらと揺れることも、減った。
女子高生の私は死んだ。
縋れるのは、今の私だけだ。
しっかりと立たなければ。自分の足で。
店内は綺麗で、メニューが豊富だった。
椅子に座り、即座に頼んだソフトドリンクと唐揚げやサラダが届くと二人して美味しい美味しいと笑いながら口に入れていく。ソフトドリンクを飲みながら、美味しい食べ物を食べながら、専ら最近の近況を語り合うことに時間を費やした。
「ヒーローって、本当に大変……! 毎日先輩についていくのが精一杯。早く仕事に馴染んで、独り立ちできるくらいになりたいなあ」
「プロヒーローのすごさを実感する日々だよね……。うん、負けてられない! 名前、頑張ろうね」
「もちろん!」
飲みかけの、半分も残っていない液体が入っているグラスを打ち合った。これから、頑張ろう。そう言って。
涙は出ない。
三年後。
あと三回。
あと三個。
片手から二つの指が消える数字。
震える指先は、ぼろぼろだった。それでも、時が進むたびに震える指先は落ち着いてきた。
私は、今年も生きている。
十九の夏。
先輩方が当たり前のようにする事が出来ない。
何倍も時間がかかり、沢山間違える。
頭で理解しても、分かっていても、身体が追いつかない。相澤先生が卒業式の日に言っていたことを身体の全てで感じる。
数年後、先輩のようになれるのだろうかと本気で悩んだ。辞めた方がいいのではないのかと。助けられなかった自分が悔しくて堪らなかった。それでも、ありがとうと言われると嬉しくて、助けたいと何度も何度も思った。
来年の夏には、もっと。
もっと、ヒーローになろうと、決めた。
