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朝ごはんを食べた。勿論美味しかった。
歯磨きもした。
顔も洗った。
日焼け止めも塗った。
弁当、水筒も入れた。
……よし、学校行くか。
リュックを背負い、ブレザーのポケットに携帯を滑り込ませていると江の視線を感じ、何故か朝から江がそわそわしていることをやっと思い出した。
朝食を食べている江がそわそわと私を見たり慌てたようにご飯を口に詰めたりしているのを見つめ、たまらず声をかけた。
「……江、何してるの」
「え!?いや、何でもないよ!?」
「……そう。私、そろそろ学校行くから。江も、遅刻しないようにね」
「えっもう!?」
「うん。何?」
「何でもないよ!!」
ちらちらと江の視線を感じる。
穴が開く。そんなに見られたら身体に穴が開くから、江。
行ってきますを言う前に母さんを振り返ると、視界の端で江がやっぱりそわそわしているのが見える。
あ、ご飯食べた。
「母さん、今日鮫柄行って来る。何か買ってきて欲しいものある?店寄るよ」
「あら、凛に会いに行くの?」
「昨日自転車貸したから、取りに行くだけ」
「そう。ああ、お買い物ね、種類は名前が決めて良いから、お魚買ってきて欲しいわ」
江がごくんとご飯を飲み込んだのが見えた。
魚か。頷いて、何を買おうか一瞬だけ考える。
滑り込ませたばかりの携帯を取り出して、ロックを開ける。
「分かった。他には無い?」
「そうねえ、あとは……うーん、大根と人参としめじが欲しいかしら」
「ん」
忘れないうちに、メモだ。
携帯のメモ機能を使って、打ち込んでいく。
白身魚がいいかなあ。フリッターにして欲しい。
もう一度、ポケットに携帯を滑り込ませて完了だ。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「お姉ちゃん行ってらっしゃい」
二回目の行ってきますを唱えたら、江の視線を感じながらリビングを出てローファーを履く。
玄関の扉を開けて、外に一歩踏み出すだけで匂いが変わる。空気が変わる。太陽の光に一瞬だけ目を細め、大きく息を吸った。
さあて、勉強頑張りますか。
一歩二歩と歩みを進めて、はたと思い出す。
結局、江は何の用があったのだろうか。
ぐぐぐっと、大きく背伸びをした。
春の麗かな日差しの当たる席は、どうしたって眠くなる。
窓の外で桜の花弁が、風に乗って踊る。
優雅な動きに目を奪われ、暖かい日差しで眠くなる。頬杖をつけば、凝り固まった表情筋も動く気がした。
ホームルームが終わり、後は帰るだけ。
部活だ何だと、騒がしく忙しない空気が少しだけ好きだったりする。
「じゃあ、葵また明日」
「うん。気を付けて行きなよ?鮫柄、男子校だしあんた美人なんだから」
「ありがとう、大丈夫だと思うけど。葵も気を付けて帰りなよ」
「分かってる。今日は朝からありがとう。ばいばい、また明日ね」
いつもとは違う駅で降りて、鮫柄に向かう。
初めてではない土地だが、あまり詳しくないのも事実で、携帯の地図に頼ることになるだろう。
視線をあちらこちらに向け、迷わないように細心の注意を払う。
ちゃんと鮫柄に行けるだろうか。
不安もあるが、こうして見知らぬ道を歩くのは結構新鮮で楽しい。
万が一迷ったとしても凛に助けを求めれば良い話だ。
そう考えると足並みが軽くなった。
ネクタイを軽く緩めて、春を満喫する。
朝と同じように、太陽の光と僅かに冷たい空気を肺一杯に吸い込む。楽しいなあ。冬が一番好きだけれども、春のこの、のどかな雰囲気も気に入っている。
桜がひらひらと落ちていく寂しさはあるけれど、桜の木が緑でいっぱいになっていく様はまだまだ遠い夏を思い起こさせる。
楽しいなあ。
迷うことなく鮫柄に着き、校門に入り歩いているとやけに見られていることに気がついた。
赤い髪は珍しいのだろうけど、そもそも男子校に違う高校の制服を着た女子という存在が珍しいのだろう。
見られる原因は分かっているが、気分の良いものではない。
校門から入り歩き進めると、整備され尽くしていることが分かり、自分の高校と比較して思わずため息が出そうになった。
綺麗な高校だ。
適当な、邪魔にならないだろうところで立ち止まり、端へ寄る。携帯を取り出し、凛へと電話をかける。
すれ違う鮫柄の生徒は、当たり前だが白い制服を身に纏っている。それを見ながら、失礼な話だがやはり凛の方が似合うなあとぼんやりと思った。失礼な話だが。
「もしもし?」
「あ、凛、着いたよ」
「ん。どこにいるんだ?」
「あー……校門入ってちょっと行ったとこ」
「お前、それじゃあ分かんねえよ……」
「来たらすぐ分かる」
「電話切んなよ、今行ってるから」
分かったと伝え、ガサガサと携帯の向こうから音が鳴るのを聞きつつ、白い制服を着た生徒達を観察する。
飽きると、空を見上げた。それにも飽きたら、周りを見廻す。段々と天気の良さに、眠たくなってきていると、慣れ親しんだ赤色が近づいてきて、少し走ったのか髪が乱れていた。
「名前」
「凛、昨日ぶり」
「おう。悪いな、取りに来させちまって」
「ううん、私が勝手に来ただけだから」
「そうだとしても、ありがとな」
「どういたしまして」
「自転車置いてあるとこ案内する」
「お願いします」
そう言って二人で肩を並べ歩き出して、成長したのだなあと思った。
肩の高さが違う。足の大きさが違う。歩幅だって、今は凛が合わせてくれているだけで違うのだろう。
それらが顕著になる度に、名前はいつだって少し悔しかった。凛が彼女のことを片割れで特別だと思っているのならば、名前にとって、凛も同様にかけがえのない存在だから。だから、段々と変わっていく声の低さや身長を見る度に、少しだけ悔しくなるのだ。
「そうだ、お前、変な奴に絡まれなかったから?」
「大丈夫。絡まれてないよ」
「なら良いけど、……着いたぞ。えーっと、……ああ、そこにあるやつな」
「ありがとう、わざわざ」
「気にすんな」
ぐしゃりと名前の頭を、少しだけ乱暴に凛は撫でると、「ほら」と言って自転車の鍵を彼女に渡した。
「ここから家まで結構あるけど大丈夫か?」
「平気。買い物して帰らないといけないし」
「気を付けろよ」
「ん、ありがとう」
「じゃあ、またな」
「そうだな、凛またね」
変わらない優しさが、嬉しい。
凛と別れ、からからと自転車を押しながら歩いていると鮫柄の制服を着ていない生徒が目についた。
何となく、理由はないが歩くスピードを落としてその三人を見つめていると、そのうちの一人と目が合い、──それから、とうとう足が止まった。
息を飲み込んで、漸く出てきた言葉はあまりにも稚拙な二つの音で紡がれ、しかしそんなことなど気にならないのは、名前も知らない男の目の色のせいだった。
「あお、」
雪に染み込んだ、青色。覗き込めば、深くて暗い、夜の水中のような、青色。
瞬きを忘れた。
鼻から吸い込んだ空気が、つんと染みる。
なんて、綺麗な──
「あの、……あの、大丈夫ですか?」
「、は?あ、……」
白色の制服、黒髪、黒い、瞳。
ばちんと、シャボン玉が弾けたように意識が戻ってきた。周りの様子が良く見えて、もうあの青色は無くなっていた。
心配していると書かれている顔をぶら下げる男子生徒に、「大丈夫です、すみません」と頭を下げて謝った。
「いや、大丈夫ならいいんですけど……」
「すみません、ぼーっとしてたみたいで」
「気をつけてくださいね、それでは」
「はい。ありがとうございます」
カラカラと、再び自転車を押して校門の外に着くと自転車に乗った。
青い青い海が、夜の海が頭の中でゆらゆらと揺れてはきらきらと月の光を浴びる。雪に染み込んだ、冷たい青色を思い出して、流れていく景色にその色を探した。
上を見ても、ない。
家の屋根には、ない。
きっと、多分だけれど、あの綺麗な青はあの男の目の中にしか存在しないのだろうなと変な確信があった。根拠など無いけれど、何故だかそう思った。
家に帰るまでの間、頼まれていた買い物は完璧にこなし事故することなく安全な運転で帰ったが、どこか違うところで私はずっと青色に囚われたままだった。
夢の中に出てきそうだ。
目を閉じたその先に、あの色があったならば私は時間を忘れて見つめ続けるのだろうな。
歯磨きもした。
顔も洗った。
日焼け止めも塗った。
弁当、水筒も入れた。
……よし、学校行くか。
リュックを背負い、ブレザーのポケットに携帯を滑り込ませていると江の視線を感じ、何故か朝から江がそわそわしていることをやっと思い出した。
朝食を食べている江がそわそわと私を見たり慌てたようにご飯を口に詰めたりしているのを見つめ、たまらず声をかけた。
「……江、何してるの」
「え!?いや、何でもないよ!?」
「……そう。私、そろそろ学校行くから。江も、遅刻しないようにね」
「えっもう!?」
「うん。何?」
「何でもないよ!!」
ちらちらと江の視線を感じる。
穴が開く。そんなに見られたら身体に穴が開くから、江。
行ってきますを言う前に母さんを振り返ると、視界の端で江がやっぱりそわそわしているのが見える。
あ、ご飯食べた。
「母さん、今日鮫柄行って来る。何か買ってきて欲しいものある?店寄るよ」
「あら、凛に会いに行くの?」
「昨日自転車貸したから、取りに行くだけ」
「そう。ああ、お買い物ね、種類は名前が決めて良いから、お魚買ってきて欲しいわ」
江がごくんとご飯を飲み込んだのが見えた。
魚か。頷いて、何を買おうか一瞬だけ考える。
滑り込ませたばかりの携帯を取り出して、ロックを開ける。
「分かった。他には無い?」
「そうねえ、あとは……うーん、大根と人参としめじが欲しいかしら」
「ん」
忘れないうちに、メモだ。
携帯のメモ機能を使って、打ち込んでいく。
白身魚がいいかなあ。フリッターにして欲しい。
もう一度、ポケットに携帯を滑り込ませて完了だ。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「お姉ちゃん行ってらっしゃい」
二回目の行ってきますを唱えたら、江の視線を感じながらリビングを出てローファーを履く。
玄関の扉を開けて、外に一歩踏み出すだけで匂いが変わる。空気が変わる。太陽の光に一瞬だけ目を細め、大きく息を吸った。
さあて、勉強頑張りますか。
一歩二歩と歩みを進めて、はたと思い出す。
結局、江は何の用があったのだろうか。
ぐぐぐっと、大きく背伸びをした。
春の麗かな日差しの当たる席は、どうしたって眠くなる。
窓の外で桜の花弁が、風に乗って踊る。
優雅な動きに目を奪われ、暖かい日差しで眠くなる。頬杖をつけば、凝り固まった表情筋も動く気がした。
ホームルームが終わり、後は帰るだけ。
部活だ何だと、騒がしく忙しない空気が少しだけ好きだったりする。
「じゃあ、葵また明日」
「うん。気を付けて行きなよ?鮫柄、男子校だしあんた美人なんだから」
「ありがとう、大丈夫だと思うけど。葵も気を付けて帰りなよ」
「分かってる。今日は朝からありがとう。ばいばい、また明日ね」
いつもとは違う駅で降りて、鮫柄に向かう。
初めてではない土地だが、あまり詳しくないのも事実で、携帯の地図に頼ることになるだろう。
視線をあちらこちらに向け、迷わないように細心の注意を払う。
ちゃんと鮫柄に行けるだろうか。
不安もあるが、こうして見知らぬ道を歩くのは結構新鮮で楽しい。
万が一迷ったとしても凛に助けを求めれば良い話だ。
そう考えると足並みが軽くなった。
ネクタイを軽く緩めて、春を満喫する。
朝と同じように、太陽の光と僅かに冷たい空気を肺一杯に吸い込む。楽しいなあ。冬が一番好きだけれども、春のこの、のどかな雰囲気も気に入っている。
桜がひらひらと落ちていく寂しさはあるけれど、桜の木が緑でいっぱいになっていく様はまだまだ遠い夏を思い起こさせる。
楽しいなあ。
迷うことなく鮫柄に着き、校門に入り歩いているとやけに見られていることに気がついた。
赤い髪は珍しいのだろうけど、そもそも男子校に違う高校の制服を着た女子という存在が珍しいのだろう。
見られる原因は分かっているが、気分の良いものではない。
校門から入り歩き進めると、整備され尽くしていることが分かり、自分の高校と比較して思わずため息が出そうになった。
綺麗な高校だ。
適当な、邪魔にならないだろうところで立ち止まり、端へ寄る。携帯を取り出し、凛へと電話をかける。
すれ違う鮫柄の生徒は、当たり前だが白い制服を身に纏っている。それを見ながら、失礼な話だがやはり凛の方が似合うなあとぼんやりと思った。失礼な話だが。
「もしもし?」
「あ、凛、着いたよ」
「ん。どこにいるんだ?」
「あー……校門入ってちょっと行ったとこ」
「お前、それじゃあ分かんねえよ……」
「来たらすぐ分かる」
「電話切んなよ、今行ってるから」
分かったと伝え、ガサガサと携帯の向こうから音が鳴るのを聞きつつ、白い制服を着た生徒達を観察する。
飽きると、空を見上げた。それにも飽きたら、周りを見廻す。段々と天気の良さに、眠たくなってきていると、慣れ親しんだ赤色が近づいてきて、少し走ったのか髪が乱れていた。
「名前」
「凛、昨日ぶり」
「おう。悪いな、取りに来させちまって」
「ううん、私が勝手に来ただけだから」
「そうだとしても、ありがとな」
「どういたしまして」
「自転車置いてあるとこ案内する」
「お願いします」
そう言って二人で肩を並べ歩き出して、成長したのだなあと思った。
肩の高さが違う。足の大きさが違う。歩幅だって、今は凛が合わせてくれているだけで違うのだろう。
それらが顕著になる度に、名前はいつだって少し悔しかった。凛が彼女のことを片割れで特別だと思っているのならば、名前にとって、凛も同様にかけがえのない存在だから。だから、段々と変わっていく声の低さや身長を見る度に、少しだけ悔しくなるのだ。
「そうだ、お前、変な奴に絡まれなかったから?」
「大丈夫。絡まれてないよ」
「なら良いけど、……着いたぞ。えーっと、……ああ、そこにあるやつな」
「ありがとう、わざわざ」
「気にすんな」
ぐしゃりと名前の頭を、少しだけ乱暴に凛は撫でると、「ほら」と言って自転車の鍵を彼女に渡した。
「ここから家まで結構あるけど大丈夫か?」
「平気。買い物して帰らないといけないし」
「気を付けろよ」
「ん、ありがとう」
「じゃあ、またな」
「そうだな、凛またね」
変わらない優しさが、嬉しい。
凛と別れ、からからと自転車を押しながら歩いていると鮫柄の制服を着ていない生徒が目についた。
何となく、理由はないが歩くスピードを落としてその三人を見つめていると、そのうちの一人と目が合い、──それから、とうとう足が止まった。
息を飲み込んで、漸く出てきた言葉はあまりにも稚拙な二つの音で紡がれ、しかしそんなことなど気にならないのは、名前も知らない男の目の色のせいだった。
「あお、」
雪に染み込んだ、青色。覗き込めば、深くて暗い、夜の水中のような、青色。
瞬きを忘れた。
鼻から吸い込んだ空気が、つんと染みる。
なんて、綺麗な──
「あの、……あの、大丈夫ですか?」
「、は?あ、……」
白色の制服、黒髪、黒い、瞳。
ばちんと、シャボン玉が弾けたように意識が戻ってきた。周りの様子が良く見えて、もうあの青色は無くなっていた。
心配していると書かれている顔をぶら下げる男子生徒に、「大丈夫です、すみません」と頭を下げて謝った。
「いや、大丈夫ならいいんですけど……」
「すみません、ぼーっとしてたみたいで」
「気をつけてくださいね、それでは」
「はい。ありがとうございます」
カラカラと、再び自転車を押して校門の外に着くと自転車に乗った。
青い青い海が、夜の海が頭の中でゆらゆらと揺れてはきらきらと月の光を浴びる。雪に染み込んだ、冷たい青色を思い出して、流れていく景色にその色を探した。
上を見ても、ない。
家の屋根には、ない。
きっと、多分だけれど、あの綺麗な青はあの男の目の中にしか存在しないのだろうなと変な確信があった。根拠など無いけれど、何故だかそう思った。
家に帰るまでの間、頼まれていた買い物は完璧にこなし事故することなく安全な運転で帰ったが、どこか違うところで私はずっと青色に囚われたままだった。
夢の中に出てきそうだ。
目を閉じたその先に、あの色があったならば私は時間を忘れて見つめ続けるのだろうな。
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