黒と白
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空港から家に帰ると、直ぐに江と母さんは買い物に出た。双子同士、積もる話もあるでしょう? って、それは母さんにも江にも当てはまると思うのだが、凛は「おう」と返事して玄関まで二人を見送っていた。素直。
それからは、凛の部屋で、凛が荷物を片付けているのをぼうっとみている。春眠暁を覚えず。ああ、眠い。
凛は凛で、せっせと手を休めることなく片付けていく。無言で。すると、不意に凛がこちらも見ずに、手を動かしたまま、言った。
「つか、お前、髪伸ばさねえの?」
「凛が駄々こねたんじゃん。名前は俺と同じ髪の長さでいいのって」
「んなっ、な、何年前の話だよ!」
「だいぶ昔。それに、私も短いのに慣れたからいいの」
「……そうかよ」
みんなと同じ、赤い髪。江と凛が少しだけ色が違うように、私と江も少しだけ違う。双子だからか、凛とは全く同じ赤色。綺麗で、私はこの髪色が大好きだ。
凛が小学生の頃に言った、私の髪が肩に付くくらいになると、お前は俺と同じ長さで良いんだって、母さんが呆れるくらいのしょうもない我儘を、ずっと私は心にしまっている。大事に、大事に。
母さんは、髪伸ばしたいんだったら伸ばせば良いのにって、髪を切り続ける私にそう言ったけれど、呆れたように笑っていたから多分私が伸ばさないことをわかっているのだと思う。
凛は、小学生の頃よりも、ずっと不器用になった。
口の中で吟味してから、喋る。
なんだかそれが、──酷く、寂しい。
了解を得ずに、この日のためにと干した布団に入り込みいつかにあげたサメのぬいぐるみを抱きしめた。
「……凛、髪、伸びたね」
「おー、結べるしな」
「鮫柄の制服、届いたんでしょ? 着て見せてよ」
「はああ? なんでだよ、めんどくせえな」
「真っ白な制服とか珍しいから、見たい」
「はあー……。ったく、しかたねえな」
変わることに寂しさは覚えるが、私も変わるのだ。自分では分からないが、きっと何かが変わっている。自分の根底は同じでも、どこかで自分が自分ではなくなるように変化している。
彼が、以前のように笑わなくなったように。
私も、何かが。
のそのそと動き始めた凛は、言葉では仕方なしを装っているが、機嫌は頗る良さそうだ。
何年経とうが、妹に甘いところは相変わらず。こういうところは変わらない。笑ってしまいそうになるのを抑え、シャツを脱いだ凛を見つめる。
大きくなったなあ、なんて、タンクトップがよく似合う身体を見てそう思う。
すると、私の視線に気付いた凛が口の端を引攣らせた。
「……何で出て行かねんだよ」
「……何で」
「いいから出て行け!」
ぬいぐるみを抱きしめたまま、布団を没収され、ぐいぐいと背中を押され凛の部屋の外へ。
……女子じゃあるまいし、別に良くないか?
今更凛の裸を見ても何も思わないのに。
ふわあ、と、忘れかけた眠気が戻ってくる。
眠い。
コンタクトに頼ってばかりいることによってドライアイになってしまった目が乾燥して痛い。
冷たい廊下の床に座り込み、扉を背中にくっつけた。眠い眠い。重たいまぶたの裏で、麗しい美青年が「早くこっちにおいでよ」と、眠りの世界へ私を誘う。
「…………」
「は?ちょ、おい、名前!」
「ん、……」
「お前そこで寝るなよ!」
扉をがんがん開けようとするな。
痛い痛い、背中痛いから。
君について行きたいんだけど、凛の制服姿を見なければならないんだ。真っ白の、制服姿を。手招きをする睡魔に手を振って、閉じかけていた目をこじ開ける。
のろのろと立ち上がり、部屋から出てきた制服姿の凛と目が合う。
「……どうだ」
「凛、凄い似合ってる」
凛が照れている。
視線が合わない。
真っ白の制服に身を包んだ凛は、それはそれは格好良い。もともと顔がいいのも相まって、白い肌に練り込まれた落ち着いた赤い髪が映える。身長も高いし、手足も長くすらっとしている。
我が兄ながらスペック高すぎだと思う。
「凛、モテるね」
「男子校だっつーの」
「あー、そうか」
「……お前、は、どうなんだよ」
「は?」
依然として目は合わない。
何を聞きたいのか、少しの間思考を巡らせ、一つの答えが見えた。
髪と同じ色を頬に携えている凛に、本当にシスコンだなあと思う。私も、凛と江が大切なのでお互い様だけれど。
「凛が心配してるようなことは無いよ。勉強で精一杯」
「……別に心配なんかしてねえよ」
「そう」
こういうところは素直じゃない。
再び布団に入り込み、寝る体勢になった私を見て凛は文句も言わず、ただ溜息をついた。
この布団も、ベッドも、せっかく使い主が帰って来たというのに一ヶ月もしないうちに、またその使い主は他の布団もベッドに浮気しに行ってしまう。
中学生に上がり、凛は直ぐにオーストラリアに行った。夢に向かう兄の姿は大好きだ。小学六年生の時に誓った想いは本当。しかし、寂しいのも、また事実だった。
「俺も、眠くなって来た」
「寝る?私、部屋に戻ろうか」
「いや、いい。もっとそっち寄れ」
「狭い」
「うるせえ」
凛が苦しんでいたあの時だって、──今も、苦しんでいるというのに、それを分かっているだけで私には何も出来ない。
悩むことも怒ることも悲しむことも、好きじゃない。疲れる。大嫌いだ。
だけれど、凛が苦しんでいるのならば、私は一緒に苦しんで、どうしようかと解決策を探して悩みたい。
ぬいぐるみを凛との間に挟むようにして、抱きしめた。向かい合っているから、目が合う。困ったように、それでも優しく笑う凛。
「気にすんな。ほら、眠いんだろ、寝ろ」
「ん、おやすみ」
「おやすみ」
今年、何かが変わるといいな。
凛の心が、晴れますように。
大きな手に頭を撫でられ、すうっとまぶたが降りていく。
嬉しそうに笑みを浮かべる睡魔に、今度こそ近づいた。
さあ、寝る時間だ。
それからは、凛の部屋で、凛が荷物を片付けているのをぼうっとみている。春眠暁を覚えず。ああ、眠い。
凛は凛で、せっせと手を休めることなく片付けていく。無言で。すると、不意に凛がこちらも見ずに、手を動かしたまま、言った。
「つか、お前、髪伸ばさねえの?」
「凛が駄々こねたんじゃん。名前は俺と同じ髪の長さでいいのって」
「んなっ、な、何年前の話だよ!」
「だいぶ昔。それに、私も短いのに慣れたからいいの」
「……そうかよ」
みんなと同じ、赤い髪。江と凛が少しだけ色が違うように、私と江も少しだけ違う。双子だからか、凛とは全く同じ赤色。綺麗で、私はこの髪色が大好きだ。
凛が小学生の頃に言った、私の髪が肩に付くくらいになると、お前は俺と同じ長さで良いんだって、母さんが呆れるくらいのしょうもない我儘を、ずっと私は心にしまっている。大事に、大事に。
母さんは、髪伸ばしたいんだったら伸ばせば良いのにって、髪を切り続ける私にそう言ったけれど、呆れたように笑っていたから多分私が伸ばさないことをわかっているのだと思う。
凛は、小学生の頃よりも、ずっと不器用になった。
口の中で吟味してから、喋る。
なんだかそれが、──酷く、寂しい。
了解を得ずに、この日のためにと干した布団に入り込みいつかにあげたサメのぬいぐるみを抱きしめた。
「……凛、髪、伸びたね」
「おー、結べるしな」
「鮫柄の制服、届いたんでしょ? 着て見せてよ」
「はああ? なんでだよ、めんどくせえな」
「真っ白な制服とか珍しいから、見たい」
「はあー……。ったく、しかたねえな」
変わることに寂しさは覚えるが、私も変わるのだ。自分では分からないが、きっと何かが変わっている。自分の根底は同じでも、どこかで自分が自分ではなくなるように変化している。
彼が、以前のように笑わなくなったように。
私も、何かが。
のそのそと動き始めた凛は、言葉では仕方なしを装っているが、機嫌は頗る良さそうだ。
何年経とうが、妹に甘いところは相変わらず。こういうところは変わらない。笑ってしまいそうになるのを抑え、シャツを脱いだ凛を見つめる。
大きくなったなあ、なんて、タンクトップがよく似合う身体を見てそう思う。
すると、私の視線に気付いた凛が口の端を引攣らせた。
「……何で出て行かねんだよ」
「……何で」
「いいから出て行け!」
ぬいぐるみを抱きしめたまま、布団を没収され、ぐいぐいと背中を押され凛の部屋の外へ。
……女子じゃあるまいし、別に良くないか?
今更凛の裸を見ても何も思わないのに。
ふわあ、と、忘れかけた眠気が戻ってくる。
眠い。
コンタクトに頼ってばかりいることによってドライアイになってしまった目が乾燥して痛い。
冷たい廊下の床に座り込み、扉を背中にくっつけた。眠い眠い。重たいまぶたの裏で、麗しい美青年が「早くこっちにおいでよ」と、眠りの世界へ私を誘う。
「…………」
「は?ちょ、おい、名前!」
「ん、……」
「お前そこで寝るなよ!」
扉をがんがん開けようとするな。
痛い痛い、背中痛いから。
君について行きたいんだけど、凛の制服姿を見なければならないんだ。真っ白の、制服姿を。手招きをする睡魔に手を振って、閉じかけていた目をこじ開ける。
のろのろと立ち上がり、部屋から出てきた制服姿の凛と目が合う。
「……どうだ」
「凛、凄い似合ってる」
凛が照れている。
視線が合わない。
真っ白の制服に身を包んだ凛は、それはそれは格好良い。もともと顔がいいのも相まって、白い肌に練り込まれた落ち着いた赤い髪が映える。身長も高いし、手足も長くすらっとしている。
我が兄ながらスペック高すぎだと思う。
「凛、モテるね」
「男子校だっつーの」
「あー、そうか」
「……お前、は、どうなんだよ」
「は?」
依然として目は合わない。
何を聞きたいのか、少しの間思考を巡らせ、一つの答えが見えた。
髪と同じ色を頬に携えている凛に、本当にシスコンだなあと思う。私も、凛と江が大切なのでお互い様だけれど。
「凛が心配してるようなことは無いよ。勉強で精一杯」
「……別に心配なんかしてねえよ」
「そう」
こういうところは素直じゃない。
再び布団に入り込み、寝る体勢になった私を見て凛は文句も言わず、ただ溜息をついた。
この布団も、ベッドも、せっかく使い主が帰って来たというのに一ヶ月もしないうちに、またその使い主は他の布団もベッドに浮気しに行ってしまう。
中学生に上がり、凛は直ぐにオーストラリアに行った。夢に向かう兄の姿は大好きだ。小学六年生の時に誓った想いは本当。しかし、寂しいのも、また事実だった。
「俺も、眠くなって来た」
「寝る?私、部屋に戻ろうか」
「いや、いい。もっとそっち寄れ」
「狭い」
「うるせえ」
凛が苦しんでいたあの時だって、──今も、苦しんでいるというのに、それを分かっているだけで私には何も出来ない。
悩むことも怒ることも悲しむことも、好きじゃない。疲れる。大嫌いだ。
だけれど、凛が苦しんでいるのならば、私は一緒に苦しんで、どうしようかと解決策を探して悩みたい。
ぬいぐるみを凛との間に挟むようにして、抱きしめた。向かい合っているから、目が合う。困ったように、それでも優しく笑う凛。
「気にすんな。ほら、眠いんだろ、寝ろ」
「ん、おやすみ」
「おやすみ」
今年、何かが変わるといいな。
凛の心が、晴れますように。
大きな手に頭を撫でられ、すうっとまぶたが降りていく。
嬉しそうに笑みを浮かべる睡魔に、今度こそ近づいた。
さあ、寝る時間だ。